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サラリーマン戦記 ~スローライフで世界征服~  作者: 笛伊豆
第二部 第八章 俺が経営コンサルタント?

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9.客は誰?

「『クイホーダイ』の店には、市民だけではなくて大商人や貴顕の方々もちょくちょくいらっしゃるようです」

 ジェイルくんが優雅な手つきでパンをちぎりながら言った。

「そうなの」

 それは不思議だな。

 そういう階層の人たちって、そもそも街の市民向け食堂自体を知る機会もないと思うけど。

「ヤジマ商会つまりここでランチを食べて、やみつきになるようなんですよ。

 食材が美味しくて豊富だし、好き嫌いが激しくても大丈夫だし、何より気を遣わなくてもいいことがウケるようです。

 街の高級レストランなどに行くと、どうしても堅ぐるしくなりますからね。

 どこかにお呼ばれする時も同様ですし。

 『ヤジマ食堂(レストラン)』は、比較的安価で好きなものが食べられる上に、開放感が凄いと評判です」

 そうなのか。

 ジェイルくんのことだから、既に調査したんだろうな。

 なるほど。

 確かにソラージュには、というよりはこっちの世界では低価格の外食文化が発展しているとは言い難い。

 まだ中産階級がはっきりと形成されていないので、外食で金を使う人たちが少ないからだ。

 よって「楽園の花」みたいな超豪華なレストランか、庶民向けの炊き出しや屋台みたいな店しかない。

 前者は金持ちしか入れないし、後者は日雇い的な仕事をしている人専用になっている。

 それ以外の人は、弁当を持ってくるか、屋台で買い食いするしかないんだよね。

 日本の街の食堂やファミリーレストランのような店が皆無なのだ。

 懐に多少余裕がある人たち向けの店がなかったわけで。

「『ヤジマ食堂(レストラン)』は、そういう人たちの需要を満たすわけか」

「まあ、さすがに毎日というわけにはいかないでしょうが。

 それでもギルドや商家に勤める人たちが週に一度か二度くらい、いらっしゃっているようです。

 そのくらいなら、負担に耐えられます」

「でも、食べ放題だと今度はこっちが損するんじゃ?」

「ランチに来られる方たちは、そんなに長期間居座りませんから。

 しかも、やはりお昼時は混みますが、最近ではお客様の方で時間調節して、待たずに利用できる時間帯をそれぞれ勝手に設定しているとのことです。

 中には朝に近い時刻から店の前で待っている方もいらっしゃるようで、開店時刻を早めたと聞いています」

 うーん。

 こっちには決まった昼休みの時間帯、という概念がないからね。

 日本のファミレスなんかだと、ランチの時だけ激混みで、あとはガラガラというのが一般的だけど、こっちでは客の方で昼飯の時間を調整するわけか。

 回転率もいいし、人手と言えば食材を用意して並べて、少なくなったら適当に補充して、後は汚れた皿を洗うくらいだしね。

 いい商売、見つけたなあ。

 でもさっき気になることを聞いたぞ。

 貴顕や大商人は、ヤジマ商会でクイホーダイを知るって?

 そんな人たちが使用人食堂を使うの?

「商談に来られた方で、まだお食事をされていない方には、ここをお勧めしていますの」

 ヒューリアさんがこともなげに言った。

「ヤジマ商会といえば、今や王都でも最新流行のトレンドですから。

 少し臭わせただけで、それならひとつ体験してみよう、とおっしゃる方がほとんどです」

 何やってるの!

 社交秘書ってそこまでやるのか。

「わしやフルー議員がおるので、安心するようじゃな。

 使用人たちに混じって食事することが、別に品位を落とすことにはならないと思うらしい。

 で、一度味わってしまえばもう病みつきになると」

 カールさんが豪快にパスタを掻き込みながら言った。

「無料だしな。

 これ目当てにヤジマ商会に来たがる奴らもいる」

 そんなに。

「そういう方には『ヤジマ食堂(レストラン)』チェーンをご紹介差し上げております。

 というわけで、富裕階級にも常連客が増えつつあります」

「口コミでも広まっているようですわよ」

 ヒューリアさんがスプーンでデザートを切りながら言った。

「若い貴族や商人の間では、もうトレンド化しているとか」

 ジェイルくんが食後のお茶を入れながら言う。

「アンケートをとったところ、もう少し安ければ毎日行くのに、といった声が多いそうです。

 それに応えて、『ヤジマ食堂(レストラン)』では食材を制限した低価格チェーンを計画中とのことです」

 さいですか。

 もういいです。

 俺には関係ないもんね。

「ちなみに、既に黒字化してますよ。

 いつもながら、マコトさんの事業は凄いです」

 俺のじゃないだろう!

 いい加減にして欲しい。

 いや、別に怒っているとか不快というわけではないんだけどね。

 時々、変に虚しくなるんだよ。

 俺何やってるんだろうって。

 これは北聖システムで働いていた時にも感じていたから、俺が本質的に労働に向いてないということなのかもしれない。

 ジェイルくんたちみたいに、情熱を持って仕事に邁進するということができないんだよなあ。

 ビジネスマンとして、何か欠けているんじゃないだろうか。

「そんなことをおっしゃって。

 動けばそれが商売になるマコトさんとも思えません。

 王都では、マコトさんはもはや崇拝の対象と化しています。

 マコトさんの絵姿を拝んでいる若い商売人もいるらしいですよ」

 止めて!

 まあ、それは戯れ言だろうけど、とにかく俺がひどく誤解されているらしいことは判った。

 ペーペーのサラリーマンなんだけどなあ、俺。

 だって特別なことは何もしてないでしょう。

 やっているのは人に会って書類にサインすることだけだし。

 虚像って奴だね。

 みんな、俺の周りに居る凄い人たちが勝手にやったことで。

 それを記号化されたヤジママコトという名前でまとめているだけなんだろうな。

 ほっとけばいいか。

 3日後、「ヤジマ経営相談(コンサルティング)」の会議室で、俺とジェイルくんはスタッフたちの提案を聞いた。

 オランダリ男爵から届いた資料は全員に配布してあるので、それを元にした提案が多かった。

「海豚宅急便や水先案内業か。

 採算がとれるかな」

「それは、やってみないことには」

 うん。

 経験の無さが出てしまっているね。

 俺も北聖システムに入社したときはそうだったけど、自分がやりたいとか出来るとか思っている事って、実は商売においては無意味なんだよ。

 客が何を望んでいるか、ということがすべて。

 それを採算割れしないように提供できるかどうかで、事業がうまくいくかいかないかが決まる。

 もちろん、それはスタッフたちにも判ってはいるのだろうけど、今回はまず海豚という素材を使わなければならない、という所から出発しているからね。

 無理があるよなあ。

 だって、こっちの世界にはそんな商売はまだ存在してないんだもんね。

 俺が判るのは、インチキしているからだ。

 地球で実例を見ているから。

 もっとも、ハワイの海洋遊園地をそのまま持ってきても仕方がない。

 あれは観光客向けで、つまり裕福な人たちが娯楽のために観て金を払うということを前提にしている事業だ。

 だから独立採算でやっていけるわけで、正直ソラージュで同じ事をやっても無理だろう。

「マコトさんのお考えは?」

 ジェイルくんが代表して聞いてきた。

 仕方がないか。

 俺みたいなのが言うことじゃないんだけどね。

「この場合、海豚事業の『客』は誰か、ということから考えた方がいい。

 君は誰を想定している?」

 俺が適当にスタッフを指すと、その男は詰まりながら答えた。

「セルリユ市民、でしょうか」

「他には?」

 誰も何も言わない。

 ああ、嫌だ。

 こんなの柄じゃないのに!

「俺の考えでは、客は『王政府』だ」

 意表を突かれたのか、みんなあっけに取られた顔付きだ。

 ジェイルくんですらそうなのはちょっとがっかりだったりして。

「王政府、ですか」

「うん。

 普通に考えて、海豚と共同事業をしても現時点で採算が取れる方法なんかないよ。

 だけど、事業というものは独立採算が必須というわけではないんだ。

 それ自体は赤字でも、他で金を引っ張ってこられればいい」

 アニメなんかもそうだったりして。

「……そうか!」

 いきなり、小柄な男が叫んだ。

 何と言ったっけ。

 商人の息子だったよな。

 名前忘れたけど。

「アレスト興業舎のサーカスですね!」

 判ったみたいだね。

「……どういうこと?」

 プラチナブロンドで眼鏡のティナさんが聞く。

「王政府は野生動物との共存を推進している。

 だけど、ほとんどの人は野生動物が存在していることすら気にかけていない。

 だから、アレスト興業舎ではまずフクロオオカミを使ったサーカスで、その存在を認知させたんだ」

「つまり、フクロオオカミがきちんと人間と共存できる、と?」

「なるほど!

 王政府の補助金か!」

「そうか。

 海豚と共存できることを証明する事業なら、政府は援助しないわけにはいかない!」

「……凄い。

 そんな方法があったなんて」

「さすがはヤジマ子爵閣下!」

「商売の神様だ!」

 違うよ!

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