6.覚悟?
海豚の人たちには後で希望などを報告して貰うことにして、とりあえず俺たちは「オランダリ通商」の作業場に戻った。
あの事務所は文字通り事務しかできないくらい小さいので、大人数で会議など問題外だそうだ。
従ってオランダリ男爵自身を含めて大部分の舎員はこっちで仕事しているらしい。
オランダリ通商の舎員たちが古ぼけたテーブルと椅子を揃えてくれたので、打ち合わせを始める。
「ヤジマ経営相談」側が俺とジェイルくんにスタッフ一同、オランダリ通商側は男爵とサラサさんだ。
レムルさんには、とりあえずこっち側に座って貰った。
一同にお茶が出て一息いれた所で俺が切り出す。
「オランダリ男爵殿は今回の案件で何か考えがおありですか?」
「いや、わしは海洋貿易のことしか知らないからな。
サーカスとか訳がわからん」
案の定、オランダリ男爵は何の役にも立ちそうになかった。
ところでこの男爵閣下の名前って何だったっけ。
「サラサさんはいかがです?」
「私も何をすればいいのか判らなくて。
あ、それはケロイたちも同じだと思います。
海豚は、あまり計画性がないので」
そんな連中がよく経営相談しようとか思ったな。
ひょっとしたら全部こっちにお任せとか言い出すんじゃないのか?
「かもしれません。
あの人たちって基本的には生活全般が自己完結しているので、積極的に新しいことをやろうとか思わないんです。
ただし好奇心と自己主張が強くて、しかも寂しがり屋なもので、何かというとまとわりついてきます。
面白いと思えば何でもやりますし」
地球の海豚と同じか。
違いは話せるだけで。
「オランダリ男爵閣下から見て海豚に人間の社会で事業が出来るとお考えですか?」
ジェイルくんがズバッと聞いた。
「単独では無理でしょうな。
現場はともかく経営や収支決算などは概念すら理解できないかもしれません。
指示してやればその通りにはしますが、それだけです」
さすがに判っていらっしゃる。
「そうすると経営は人間のスタッフが行って、現場は海豚と人間の混合ということになりますが……一つ間違えると人間が海豚を搾取するようにとられる心配がありますね」
ジェイルくんがまとめる。
そうだよね。
でもそれはフクロオオカミや猫でも同じだ。
犬類連合の時は勘違いした人が怒鳴り込んできたくらいだ。
ニャルーさんやドルガさんは幸いにして事業を経営する力量があったから何とかなっているけど、それでも人間のスタッフが必要なのは当たり前だ。
失礼だけど海豚にニャルーさんやドルガさんレベルの傑物がいるとは思えない。
そういえば海豚って群れを作る動物だったっけ?
「ケースバイケースですな。
一応、群れと呼べる程度の集団を構成することはあるようです。
ただその場合でも群れのリーダーに全員が従うということではなく、全体で舵をとる形でしょう。
何か危機的な状況とか、集団でしか出来ないことをするときには統一された行動を取りますが、基本は仲の良い数人【頭】でつるんで動きます」
これも地球と同じか。
まあ、原則的には地球とこっちで生物相が違うわけじゃないしね。
フクロオオカミとかスウォークとか地球にはいない種もいるけど、それは例外だろう。
待てよ。
必要があれば集団で動けるんだな?
「海豚は会舎に所属して働く、という概念を持てると思いますか?」
「何かを得るためには代償が必要だということは当然理解していますね。
時間的に拘束されて言われたとおりのことをやらなければならない、となればやるでしょう。
ただし気まぐれで飽きっぽいので、嫌になったら逃げると思います」
つまり日本のニートとか自宅警備員みたいなものか。
引きこもりじゃないのが幸いだけど。
「あのう、やはり海豚に事業は無理なのでしょうか」
俺が考え込んでいるとサラサさんが心配そうに聞いてきた。
まあ、今までの話だとそういう結論になるよね。
でも大丈夫。
俺には地球での経験がある。
それに、よく考えたら必ずしも事業として採算が取れるようにする必要はないのだ。
人間と野生動物との共存を図るということであれば、王政府とかから補助金なんかが出そうだし。
そのためには、やっぱりヤジマ商会とは事業を切り離しておく必要はあるけど。
「可能だと思います。
サラサさんは先ほど海豚に乗ると話されましたね?」
「あ、はい。
必然性があってやることではないのですが、綺麗な海岸などでケロイと一緒に泳いでいてふと上に乗ったことがありまして。
あの背びれに掴まって海上を走るのは凄く気持ちいいです。
気持ちが乗って来ると泳ぐケロイの背中に立ったりして」
海のトリ○ンかよ!
「それ、海豚が知らない人でも出来ますか?」
「無理だと思います。
結構人見知りするので」
そうだろうな。
でもト○トン的なことが出来る人がいるのなら、やりようはある。
学生時代にハワイに行った時、海洋公園というか遊園地を見たことがあるんだよね。
日本のマリンランドよりもっと自由な施設だった。
ペンギンのショーとかもやっていたけど、メインの出し物は海豚の劇だったんだよ。
屋外プールの中央に島が作られていて、そこに小屋が建っているのだ。
で、人間の役者さんがそこで劇をするんだけど、海豚の背に乗って島に行く。
つまりそういう芝居なわけだ。
あれはウケていた。
フクロオオカミも人間と一緒に劇に出て演技することでウケをとっていたからな。
海豚に出来ないはずがない。
「ちょっと思いついたことがあります。
こちらで計画案をまとめて、改めてお持ちするということでよろしいでしょうか?」
「はい!
それはもちろんですが」
サラサさんも男爵も、むしろ戸惑っているみたいだな。
こんなにスラスラ行くとは思ってなかったんだろう。
どっちかというと、俺を呼ぶことで海豚に対して「私らは努力した」という証拠を作りたかっただけかもしれない。
甘いね。
こっちは、これまでにもっと無理な案件を何とかしてきたんだよ。
主にジェイルくんがだけど。
「ところで一つ確認したいことがあります」
俺が真顔で言うと男爵とサラサさんが身構える格好になった。
それはそうか(笑)。
でも、これは避けては通れない道だ。
相談してきたのはオランダリ通商側だからね。
「海豚と共同で事業を行う場合、オランダリ通商は積極的に関与するお覚悟はありますか?
出資だけではなく例えば共同経営者、いやむしろ事業主として。
まず間違いなく、交易とは違った分野への参入になりますが」
男爵は渋い顔になった。
それはそうだろうな。
交易しか知らないと言っていたし。
それにオランダリさんって貴族というよりは商人なんだよね。
しかも大商人だ。
おそらく管理のしやすさを考えて、ソラージュ王政府が叙爵したんだろう。
だから儲けが出なかったり本業に影響が出そうな新事業への参入は、出来れば避けたい所だろうな。
だがこっちも引けない。
リスクは依頼主に取って貰わないと。
ていうか覚悟が知りたい。
「お父さん。
やりましょう」
サラサさんが決然と言った。
「サラサ」
「いつまでも海豚たちの好意に頼っていたら、オランダリ交易は前に進めないわ。
海豚と一心同体になるくらいの覚悟がないと、いずれ衰退してしまう。
それにリスク分散の意味でも分野違いの新規事業参入は必要よ。
まして」
サラサさんは俺たちを見た。
「これでヤジマ商会に伝手が出来るわ」
うわっ。
パネェな、サラサさん。
そのくらいでなければ海豚と一緒に事業をやるなんて考えつかないだろうし。
「よし判った。
ヤジマ子爵。
オランダリ交易は海豚と共同で事業を立ち上げる。
よろしくお願いする」
決断が早い。
さすが。
「了解しました」
「ついてはサラサをこの案件の専任とするので、使ってやってくれ。
ヤジマ商会に泊まり込みでもいいぞ」
それ、冗談だよね?




