3.ネコミミ?
俺は目をこすって、すぐに勘違いに気がついた。
そこにいたのは、十代らしき女の子だった。ソラルちゃんと同年代に見える。
ケモ娘に見えたのは、髪の毛が逆立っていたからだ。ちょうどネコミミのように、頭に2本突っ立っている。
顔は、ケモ娘らしく愛嬌があって幼かった。ラノベって、結構正しいんじゃないかと思ってしまった。いやケモじゃないし。
だが、俺はちょっと衝撃を受けていた。
その娘は、スカートを履いていたのだ。
初めてじゃないか、こっちの世界でスカートを見るのって。
ソラルちゃんもハスィーさんもシルさんも、こっちで出会った女性は今まで誰一人としてスカートなんか履いてなかった。
ひょっとしたら、そういう衣装がないんじゃないかと思っていたくらいだ。
でもまあ、よく考えたらハスィーさんやシルさんは仕事中、それもガチで人とやり合う(いや、比喩的に)状況だった。
ハスィーさんは、今思うとギルドの制服と思われるきちっとした服装だったし、シルさんは、今もそうだけどもともとスカートなんか履くタイプじゃなさそうだし。
ソラルちゃんも、仕事中は気合を入れていたはずだ。俺のような異邦人を相手にする以上、活動的かつ隙のない服装をするのは当たり前で、当然スカートなんか持っていても履いてこないだろう。
だが、このケモじゃなくて事務員らしい女の子は、受付の担当だ。
顧客にしろ何にしろ、訪問者を迎えるのに女性らしい服装をするのはむしろ当然と言える。
だからもう、何というか、スカートが久しぶりだったので、ちょっと感動していたりして。
いや、こっちの世界にスカートがあったというだけで感激だったり。
そういえば、ラノベでは当たり前のように美少女はスカートで出てくることが多いけど、冒険者にスカートは無理なんじゃないか?
某アニメのヒロインは甲冑に戦闘用スカートという恐ろしい衣装だったが。
何か合理的な理由があるのかもしれないけど、どう考えてもズボンの方が実用的だよね。
「あ、あの、いらっしゃいませ!
不在で済みません!」
ケモじゃなかった受付の女の子が慌てたように声を掛けてきた。
いや俺じゃなくて、隣に座っているジェイルくんに。
多分、これまでにも顔を合わせたことがあって、お得意様だと認識しているのだろう。俺はおそらく、従者とか助手の扱いだな。
「それはいいから、お茶を入れてくれ」
シルさんがちょっと怖い声で命じる。
「はい! すぐに」
女の子が奥に駆け込んでしまうと、シルさんは頭を掻きながら俺に言った。
「すまないな。
あいつがうちの看板娘のキディだ。
悪い奴じゃないし、よく働くんだが、慌て者なのが玉に傷だ。
よろしくしてやってくれ」
おおっ、ラノベの設定ではないか。
でも、これって現実にもよくあることなんだよね。
中小企業、というより家族でやっているような零細企業だと、よく若い女の子が店番していたりする。人件費の関係で人が雇えなくて、オーナーの娘とかがやっているのだ。
そういう娘って、大抵は小遣い目当てというよりは、自分の生活費や学費がかかっているから必死だ。
大企業のOLより真面目で頑張っていることが多いんだよなあ。
その分、色気とかはまったくないんだけど。そっち方面に気がある娘は、親の会社の店番なんかやってないで、合コンに走って稼ぎのいい旦那ゲット命だし。
俺も、これで結構社会の裏側を見てきていると思わない? 入社2年目のぺーぺーなのに。
「ちなみに、キディは代表の娘だ。
現場には出ないが、内向きを一手に引き受けている」
あ、やっぱり。
ラノベだと准ヒロイン役だが、もちろんラノベじゃないので俺には関係がない。
そもそも、食っていくことができるかどうかの瀬戸際で美少女に走る奴がラノベ以外でいると思うか。
現実は甘くない。
シルさんが俺の向かい側に座ってからしばらくすると、キディちゃんが飲み物を運んできた。何度も言うようだが、こういうのって世界が違っても変わらないものだね。
これとそっくりの状況を経験したことがあるぞ。その時の俺は、営業に出ていた先輩にくっついていた研修中だったけど。
キディちゃんは、飲み物を配り終えると受付の机に座って何かやりはじめた。きちんと仕事しているところからして、お飾りというわけではないようだ。零細企業には、マスコットのドジ娘を雇っておく余裕なんかないからな。
あまりジロジロ見るのも失礼なので、時々ちらっと見をしているが、どう考えてもあの髪の毛はおかしい。
いや、もちろんケモ耳じゃないよ。
髪の毛であることは間違いないけど、自然とは思えない逆立ち方をしているのだ。
ひょっとして、あれって何かのおしゃれなんだろうか。
テレビで見たけど、アフリカの女の人のおしゃれのうちの一つは、髪の毛を複雑に編み込んで、頭中が縫い目だらけみたいになるようなものらしい。
キディちゃんの髪の毛も、それと同じで複雑な結い方をした化粧の一種だという可能性がある。
まあ、個人の自由だからいいんだけどね。
でも、見るたびにどうしてもネコミミを連想してしまうんだよなあ。キディちゃん自身は、別にシッポに肉球があるようなケモ娘じゃないんだけど。
「キディが気になるのか?」
シルさんがニヤニヤしながら言った。
「いえ、あの髪の毛が」
言っちゃった。
「ああ、あれか。
猫獣族のおしゃれというか、アイデンティティみたいなものだな。
気にするな」
猫獣族て!
いるの、そういうのが。
魔物はいないと聞いたけど、エルフやドワーフは当たり前にいるんだもんな。
ケモ娘がいてもいいか。
いやいやいや!
あれはネコミミじゃないし、大体キディちゃんは髪の毛以外に猫らしいところなんかないだろう。
だが、俺に猫獣族と聞こえたということは、そういう種族、というよりは民族がいるのか。
少なくとも、こっちの人たちの認識では猫系の民族なんだろうな。
あ、でも、だとしたら猫もいるのか。
今まで見なかったけど。
「猫獣族って……珍しいのでしょうか。
俺のいた所では全然見ませんでしたけど」
「別に珍しくないぞ。
この地方でも、エルフやドワーフと同じくらいはいるだろう。
うちにも、代表の他に数人いるし」
そういや、『栄冠の空』の代表はキディちゃんの親父だと言っていたから、つまり猫獣族の人か。
ネコミミオヤジなのか。
ラノベでは、あまり出てこないたぐいのキャラだな。
萌えないし。
冒険者チームの代表だもんなあ。ゴツイ親父にネコミミが生えていたら、吹き出してしまうかもしれない。
面接の時にはいなかった気がするけど。
そんな強烈なキャラがいたら、絶対に気づいたはずだ。
とにかく、事前に教えて貰って良かった。いきなりネコミミオヤジを見てしまったら、何か粗相をしでかすところだった。
俺がぐじぐじと考え込んでいる間に、人が増えていた。
社員? が出勤してきたらしい。
あまり広いとは言えない受付の前は、たちまち人でいっぱいになる。
何人かは面接の時に見た顔だったが、あとは初対面だ。みんな、俺とジェイルくんをちら見しながらコソコソ話している。
シルさんは、もうこれ以上は無理、となる寸前で立ち上がると、手を叩いた。
「この辺でいいだろう。
注目してくれ。
今日からインターンとして働いて貰う、ヤジママコトだ」
俺はすぐに立ち上がると、ぐるりと回りながら頭を下げた。我ながら器用だ。
いや、だって部屋の中央にあるソファーに座っていたんで、周囲360度に人がいるんだよ。
「ヤジママコトです。
ヤジマは家名ですので、マコトと呼んでください」
それだけ言ってまた頭を下げる。
下っ端の挨拶は、そのくらいでいいのだ。
専門職として雇われたのなら、得意分野や技術を披露するべきだが、俺はど素人のお荷物だからな。
俺に冒険者なんか、できっこないだろう。
周囲の人たちからは、ぶつぶつと返す言葉が漏れただけだった。誰かがパチパチと手を叩きかけたけど、すぐに止んでしまった。
いたたまれない。




