3.家臣?
とはいえ、確かに「ヤジマ経営相談」は面白そうだった。
仕事というよりは、遊びに近いような。
まず依頼があった案件をジェイルくんが率いる「ヤジマ経営相談」のスタッフ会議で検討する。
必要なら調査をして、俺に上げるに足る案件かどうかをチェックするらしい。
中には相談にかこつけて自分の娘とかを俺に会わせたいだけの依頼なんかも混じっているとかで、そういうのを排除するのだ。
そうやって本当に経営相談で、しかも「ヤジマ経営相談」で対応できる種類の問題なのかどうかをある程度把握した上で、該当案件が簡単な調査報告書と共に俺のデスクに提出されるわけだ。
俺は、その中から好きな(違)案件を選んでスタッフとともにその会舎に行くことになる。
コンサルだから、現場を知らなければ対処しようがないからな。
つまり俺が面白そうだと思ったり、興味を引かれた案件だけを引き受けることが出来るわけで、ジェイルくん天才だよ!
人を喜んで働かせる術を知っているぞ。
北聖システムでもジェイルくんみたいな人が上司だったら、さぞかし楽しかったに違いない。
まあ、あっという間に出世するから、ペーペーの平社員なんか相手にして貰えないだろうけど。
俺が自分の書斎でレポートを読んでいると、ジェイルくんが来て聞いてきた。
「どうです?
『ヤジマ経営相談』の第一号案件に出来そうなものはありましたか?」
「うん。
みんな面白い……じゃなくて興味深いけど、このオランダリ通商の依頼がいいね」
オランダリ男爵という貴族が家業として経営している会舎らしい。
主に海洋貿易を扱う交易商で、大型の貨物船を何隻も持っていて、ソラージュの海臨都市や海外との物資輸送を行っている会舎だ。
それはいいんだけど、どうも何に困っているのかよく判らないんだよね。
「ヤジマ経営相談」が調べたギルドの資料でも、売り上げや営業利益は伸びているとは言えないまでも例年並みだし、大量の従業員が離籍したということもない。
借金がかさんでいたり、新規事業を始めたり、業種転換を行おうとしているわけでもない。
つまり表面的には事業が順調で、問題がないように見えるのだ。
それでいて、オランダリ男爵は是非ともヤジマ子爵にご相談したいことが、の一点張り。
相談内容が判らない。
「なのに面白い、ですか」
「つまり、大っぴらに言えない悩みというか問題なんじゃないか。
本業じゃないくさいし」
「この件は、スタッフの一人がどうしてもというので加えたんですが。
マコトさんが興味を持ちそうだといって」
「その人、よく判っているよ。
普通の経営相談なんか、つまらないじゃない?」
ジェイルくんは不満そうだったが了承してくれた。
「……マコトさんがそうおっしゃるのなら、アポを取りますが」
「よろしく」
俺は命令するだけだから楽だ。
もちろんジェイルくんも自分で手配するわけじゃなくて、部下に命じるだけなんだけどね。
俺たちは貴族だから、自分の手を汚したり(違)しないのだ。
ちなみに「ヤジマ経営相談」のスタッフたちとは、会舎が立ち上がった後で顔を合わせていた。
ジェイルくんは、最初スタッフ選考を俺に投げようとしたんだよね。
俺が面接して部下にしてもいいという人を選ばせようとしたらしいんだけど、俺が断った。
部下って、自分の好みで選ぶもんじゃないからね。
ジェイルくんの人を見る目は信用できるし、そもそもスタッフは俺のじゃなくてジェイルくんの部下になるんだから、将来も考えてジェイルくんが選ぶべきだと思ったからだ。
当たり前だろう?
でもジェイルくんは頭を下げて、その通りですマコトさん私が浅はかでした、とか言い出したので慌てて止めた。
そういうのはいいから!
というわけで、俺はスタッフが揃ってから全員と一度に会って挨拶した。
なぜか、みんなガチガチになっていて、しかもその上で燃えていた。
「ヤジマ子爵閣下!
頑張ります!」
「閣下のおそばで働けるなんて光栄です!」
「よろしくご指導下さい!」
いや、そういうのはいいから。
俺の虚像が一人歩きどころか全力疾走しているらしくて、もはや伝説の人物扱い。
俺と直接会ったことがない人たちは、俺のことを怪物か何かと勘違いしてないか?
「それは仕方がありません。
マコトさんは、まったく無名の平民から2年足らずで近衛騎士、そして子爵にまでなったんですよ。
今やソラージュ全体でも有数の企業グループを率いていらっしゃいますし。
もはや勇者といっても過言ではございません」
ヒューリアさんがしらっと言うけど、実感が沸かないんだよね。
俺がやったことと言えば、書類にサインしているだけのような。
って、今何て言った?
勇者って?
「伝説に語られる英雄のことです。
辺境より出でて、余人には成し遂げること叶わぬ偉業を達成し、美姫を娶る。
ぴったりではありませんか」
ヒューリアさん、口調と表情が合ってないぞ。
でもそうか。
勇者というのはアレだが、そういう意味では世間的に見たら俺が異常な人物に見えるのも仕方がないのか。
日本で言うと、ホリエ○ン的な立場に見えるのかも。
当局に睨まれてなきゃいいけど。
「そのためにユマがいるのです。
ソラージュの司法当局は、ユマがいる限りはマコトさんに敵対しません」
ハスィー、凄いこと言うね。
俺も賛成だけど。
ミラス殿下とか、王陛下とも癒着しているし、俺って何なんだよ。
「マコトさんはマコトさんです。
子爵閣下で近衛騎士。
自由にやってください」
もういいよ。
考えないことにしよう。
ジェイルくんから、オランダリ男爵のアポが取れたという連絡が入ったので、早速出かけることにする。
「ヤジマ経営相談」の正式なお仕事なので、貴族としての立場ではなくて、業務用の馬車だ。
忙しいジェイルくんも、第一回だからということで同行した。
ハスィーやヒューリアさんは別の用件で出かけてしまっていたので、ジェイルくんと二人きりの出張になった。
他のスタッフは別の馬車に乗っている。
「こうやってマコトさんの従者として一緒に出かけるのは久々ですね」
ジェイルくんの方から話を振ってきた。
「お供は増えたけどね」
「はい。
スタッフだけではなくて、ヤジマ警備の馬車が2台ついているはずです。
マコトさんと私に、それぞれ一台ずつ」
「そうなの」
「フルー様に釘を刺されてしまいました。
私も近衛騎士なので、護衛なしでの外出は品位に関わるから止めるようにと」
ジェイルくんはため息をついた。
そうでしょう。
俺が近衛騎士にされた時の苦労が判った?
「本当なら私にもハマオルのような専任の護衛が必要なのだそうですが、なかなか適当な者が見つかりません」
「シルさんに相談してみたら?」
俺の時も、シルさんの命令でハマオルさんが来てくれたんだよね。
ハスィーの護衛としてリズィレさんもつけてくれたし。
「ハマオルは、自ら志願してマコトさんの専任護衛になったはずですよ。
自分から望まない限り、マコトさんのそばから離れることはないという条件で。
もうアレスト興業舎ではなく、ヤジマ商会の正規職員になっていますし」
そうなの?
聞いてないけど、まあ当然か。
王都に出ずっぱりだから、アレスト興業舎から給料を貰うのも変だろうし。
あれ?
でもハマオルさんってシルさんの臣下なんじゃ?
「その辺はよく知りませんが、少なくとも今はマコトさんの臣下といった方がいいんじゃないでしょうか。
そういえば、マコトさんも世襲貴族なのですから、そろそろヤジマ家の家臣が必要ですね」
そうなのか。
まあ、そうなんだろうな。
全然実感沸かないけど。
「もちろん、ヤジマ子爵家の第一の家臣は私ですから。
この立場は、他の者には絶対に譲れません。
マコトさんの一番は私です」
ジェイルくん。
今の言い方、ちょっと気持ち悪かったから止めて。




