23.インターミッション~ラヤ~
週に一度はヤジマ商会の敷地内にある仮教堂に集合します。
ソラージュ王都に在住する僧正は他にもいますが、我ら3体が勝ち取った権利です。
本当を言えば我のみがこの特権を甘受したかった所なのですが、さすがにごり押しは無理でした。
本物の「迷い人」というめったにない観察対象なのですから。
増して我は帝国を追われてソラージュに落ち延びてきた身。
最初からソラージュに根を張っていた我らを無視することは出来ません。
もっとも最初に目をつけた者としてヤジママコトの第一観察者としての立場はしっかり確保できましたが。
「大教堂建設の進捗具合はどうか」
レンが聞いてきます。
この我は我らの中でも最年長の一人です。
ソラージュの教団本拠でも重きを成す我であるので、逆に大教堂建設といった現場の案件には直接関われません。
重きを成すのも善し悪し。
「順調です。
ヤジマ商会の伝手で建設資材や労働者などもスムーズに確保出来ているのが大きいかと」
カリ僧正が、大教堂建設事業の担当者です。
マコトを口説いて建設用地の確保に成功した功績は、どの我も軽視できませんでした。
落成の暁には堂主の立場につくことでしょう。
マコトが「楽園の花」に来たときにたまたま滞在していたという幸運のせいとはいえ、これはソラージュ王都の我らに大いなる嫉妬を巻き起こしました。
人望は急落です。
まあ大した問題ではありませんが。
「それは重畳。
建設資金が不足するようならいつでも申しつけて欲しい」
「わかりました」
一応、我らの間でも取引めいたことはあります。
マコトにはあえて説明しませんでしたが、スウォークは人間が言う聖人などではありません。
むしろ自分の欲望を満たすためには浅ましく動く、世俗の塊といってもいい生き物です。
従って人間が使うお金のことについても十分以上に理解しています。
教団は清廉潔白の城のように思われておりますが実は裏で色々と商売をやっていて、その資金力は相当なものです。
お金を儲けたり、それを使ってあれやこれやしたいという欲は人間と同様にあります。
ただし人間と違って我には個人で富を蓄積したり子孫にそれを残したりという欲望はないのですが。
我らが卵生であることが大きいように思います。
昔、反乱を起こした「迷い人」が説いたという共産主義とやらの思想に近いでしょうか。
これは人間にとっては無理とは言わないまでも不自然な思想で、おそらくうまくいかないでしょう。
肉親への情というものがある以上、絶対的な平等はあり得ませんから。
我なら自然なのですが。
「ラヤ。
最近、ヤジママコトに会ったか?
どうされている?」
レンの質問に我は事実を述べました。
「会っておりません。
我も少し動いておりましたもので」
「そうか。
ヤジママコトの第一観察者である我は常に一緒に居ても良いのだが」
我はスウォークの中でも世俗に染まっていない方ですのでそんなことを言われますが、人間は四六時中行動を共にしたからといって理解できるものではありません。
それに、我にはマコトのためにやるべきことがあります。
後方支援、という概念はスウォークにはあまり馴染みませんが、ユマと知り合って我も大いに啓蒙されました。
「我はヤジママコトのために動いております。
いずれはっきりするでしょう」
「そうか。
ソラージュのギルドや司法省に接触しているのがそれと思うが、あまり目立っては良くない。
ほどほどにしておくことだ」
さすがレン。
知っていましたか。
「我は人間と野生動物の協定に立ち会いましたもので、何かと相談されるのですよ。
ヤジママコトの行動を邪魔するようなものではございませんので、ご安心を」
レンは何も言いませんでしたが、内心は苛立っていることでしょう。
もちろん表面的には鏡面のようなさざ波一つ無い、澄み切ったお心に見せておりますが。
ご存じないと思いますが、我らは複数の並列思考が可能でございます。
というよりは手前と奥、といった概念で説明できる心境を維持することができるため、内心で何を考えていようが外部からはめったに察知されません。
強力な我なら相手の奥まで読み取れることもあるわけですが、少なくとも僧正の位階を得たスウォーク同士なら、お互いに心を隠すことが出来ます。
生まれながらの陰謀家と言えましょう。
それにしても、あの人間つまりララネル家の令嬢は大したものです。
ほぼスウォークと同様の複数並列思考が可能とは。
あれほどの人間はめったにいないでしょう。
見えすぎるということは、人間にとっては辛いものです。
マコトに会わなかったら、将来どうなっていたのか見当もつきません。
いずれ何か破滅的な方向に向かった可能性もあります。
幸いにして今はマコトという興味の対象に夢中で、その危険性はほぼ無くなったと見ています。
そのユマから示唆された、マコトに迫る危険。
これは見過ごせません。
我の欲望にかけて阻止してみせます。
我は、マコト担当のスウォークなのですから。




