17.名誉犬類?
言うだけ言うと、野生動物の人たちは一斉に開いていた引き戸から外に出て行ってしまった。
残されたのは唖然とした俺たちと済まなそうに横を向いているロッドさんやフォムさん、それから淡々とした表情のラナエ嬢。
「何だったんですか。
今の茶番は」
堪りかねた俺が聞くと、フォムさんが言った。
「連中、マコトさんに『会った』という事実が欲しかったんですよ。
マコトさんは野生動物の間では伝説ですからね。
セルリユまで来てマコトさんにすら会えない、という状況が問題だったようで」
まだ判らん。
俺に会って何をするまでもなく逃げてしまったぞ?
ていうか、そもそも俺は何のために呼ばれたわけ?
「今のは前座というか、ちょっとした義務のようなものですわ」
ラナエ嬢がさらに判らないことを言い出した。
「あの連中は問題ではありません。
あくまでもテスト要員ですので、最悪の場合でも生きてさえいれば役目を果たせます」
「野生動物たちが、王都でもやっていけるかどうか、という確認のために送られてきたようなんですよ」
フォムさんが説明してくれた。
「あの連中は、フクロオオカミと同じで群れで生活するタイプの野生動物です。
長老が群れを仕切っているのですが、フクロオオカミたちが人間と関わってうまくやっているのを見て、我も我もとアレスト市に押しかけてきたわけです」
シルさんがそんなことを言っていたっけ。
アレスト興業舎はそっち方面の仕事でてんてこ舞いだと。
しかし、なんで王都に?
「フクロオオカミが王都での活動を始めていることを知って、出遅れたと思ったようですな。
しかし、いきなり王都とやらに大挙して出て行くにはリスクが大きすぎる、という意見が強かったらしく。
お互いに話し合ったあげく、それぞれ代表としてまず数人【頭/羽】ずつが来たわけです」
ああ、生存テストということか。
最悪死んでもいい奴が送り込まれてきたわけね。
道理で、ちゃらんぽらんな印象だと思った。
つまり、あいつらはフクロオオカミのツォルみたいな立場にいると。
「もっと酷いです。
ツォルは一応目的を持っていましたが、あの連中はただもう命令されたから来たというだけで」
「でも、それならなぜ俺に会いたいとか言うわけですか?」
フォムさんが吹き出した。
ロッドさんも苦笑している。
ラナエ嬢の表情は動かなかったが、身体が少し揺れていた。
そんなに可笑しいの?
「連中にしてみれば、王都でやっていけることが判ればお役御免なわけです。
最初は嫌々やってきてすぐに帰りたがったんですが、飯を食わせた途端に態度が一変したんですよ。
ご馳走してやりましたからね。
まあ、セルリユ興業舎としては野生動物になるべく居心地良く働いて貰うために、待遇を良くしようとしただけなのですが」
なるほど。
野生生活で、生肉とか木の実とかそこら辺に生えている草とかを食っていた連中がいきなり料理された飯に出会ったらそうなるかもな。
最後の方は必死だったけど、つまりお役御免で生息地に帰されると、セルリユ興業舎の飯ともお別れということか。
でもまだ判らん。
俺に会ってどうしようというのだ。
「先ほど申し上げた通り、野生動物たちにとってマコトさんはある意味、英雄なわけです。
そのマコトさんと知古を得ていれば自分も粗末に扱われないはずだ、と考えたようですわね。
ない知恵を振り絞ったというところでしょうか」
ラナエ嬢、ちょっと皮肉が強すぎない?
ああいう連中に振り回されて、ストレスが溜まっているのは判るけど。
「なるほど。
つまり俺と会って話した、というだけでもそれなりの値打ちがあるということですか」
フォムさんが可笑しそうに応える。
「逆に、あまり長く話すと地金がバレて拒否されるかもしれないと怯えているんですよ。
具体的な事は何も言わなかったでしょう。
これで連中の目的は達成されたのですから、もう煩わされることもないと思いますよ」
何だよそれ。
馬鹿にしているなあ。
まあいいけど。
で、これでおしまいってわけじゃないよね?
「もちろんですわ。
これからが本番です。
こちらへ」
ラナエ嬢が言って、歩き始めた。
俺とハスィーは顔を見合わせてから続く。
何か複雑怪奇な状態になっているようだ。
しょうがない。
ここは腹をくくるか。
ロッドさんやフォムさんもついてくるので、それなりに重要な問題ではあるらしい。
ラナエ嬢が案内してくれたのは、この建物の中でも割合に高級な部屋のようだった。
応接室?
部屋に入ると、ソファーに座っていた人? が立ち上がった。
じゃなくて、座り直した。
犬?
「セルリユ東地区の群れを統括していらっしゃる、ドルガさんです。
ドルガさん、こちらがヤジマ商会のマコト会長です」
「ドルガと申す。
お初にお目にかかる」
「あ、ヤジママコトです。
マコトと呼んで下さい」
反射的に挨拶を返して、頭を下げる。
ドルガと名乗った犬は、でかかった。
体重は五十キロくらいはありそうだ。
犬種はよく判らないが、獰猛そうな顔付きだった。
ブルドッグ?
「わしは雑種じゃよ。
というか、純粋な犬種はもういないのではないかな。
セルリユでは長いこと、無秩序に交配を続けていたからの」
ドルガさんも心を読むのか。
ニャルーさんと同じくらい言葉が達者だ。
つまり、思考が明晰で人間並かそれ以上に抽象思考に長けているのだろう。
そうか。
猫がいるんだから、犬もいるよね。
今まで気づかなかったのが不思議なほどだ。
でも、どうして今になってセルリユ興業舎に?
「ドルガ氏はセルリユ興業舎に正式に相談を持ち込まれました」
ラナエ嬢が言った。
「セルリユ興業舎としては他の野生動物とは違う対応が必要と判断したわけです。
ドルガ氏は既に王都の犬類の一部を群れとして掌握しておられますし、セルリユ興業舎が単独で商売上の問題として扱うべきではないと思いましたので」
それで、言わば親会社であるヤジマ商会に持ち込んできたわけか。
でも、それならなぜ俺をここに呼び出す必要がある?
「わしがお願いして、マコト殿にお出まし頂いた。
お忙しい所を申し訳ないが、我々の実情を見て頂いた方が良いと思ったのでな。
ラナエ殿にも賛成して頂いた」
ラナエ嬢を見ると、頷かれた。
そういうことなら吝かではないけど、実情というのは何なのか。
「こちらへ」
再びラナエ嬢の案内で、応接室? を出て廊下を進む。
何か仰々しいな。
屋外に出ると、そこは空き地だった。
だだっ広くて何もない場所だが、今は違った。
目の前に、大量の犬が綺麗に整列してお座りしていたのだ。
おい、騎士団並だぞ?
「きおつけーっ!」
犬の群れを統率しているらしい、巨大な白犬が吠えた。
ザザッという音と共に、犬の群れが一斉に立ち上げる。
といっても四つ足だが。
俺が立ちすくんでいると、ドルガさんが進み出た。
「ドルガ総長、およびヤジママコト殿に礼!」
白犬が再び吠え、その直後にそこにいる犬たちが一斉に頭を下げる。
「伏せ!」
白犬の号令で全員【全頭】が伏せた。
凄い。
騎士団より訓練されているかもしれない。
「王都の東部地区の群れの一部です」
ドルガ氏が俺の方を向いて吼えた。
といっても犬なので顔の位置が低くて、どうしても俺を見上げる形になるんだよね。
これは失礼なのではないか。
俺はとっさに跪いてドルガ氏と顔の位置を合わせ、相対して答えた。
「見事な統率です。
騎士団にも劣らないと思います」
並んでいる犬たちからざわっという声なき声が聞こえてくる。
何?
「なるほど。
あなたがマコト殿。
噂は正しかったということですな」
ドルガ氏が意味不明な事を言って座り直す。
「皆の者、見たな?
これがヤジママコト殿だ!」
犬たちが一斉に吼えた。
「「「はい! 総長!」」」
耳が痛いぞ、おい。
「マコト殿。
我らセルリユ東地区犬類連合は、これより貴君を名誉犬類として受け入れる。
どうか、我らを導いてくだされ」
何なの?




