16.動物会議?
ラナエ嬢の甘言に乗せられてのこのこやってきてしまったことを後悔したが、来てしまったものは仕方がない。
俺がしぶしぶ了解すると、ロッドさんがあからさまにほっとした顔になった。
あっ、ロッドさんも脅されていたな?
俺に断られたら、あの難民救助の真の主役がロッドさんだったことをバラすと言われていたに違いない。
本当の英雄がロッドさんだと知ったら、野生動物たちも態度を変えるかもしれないからね。
実際にもそうだもんなあ。
俺なんか、最後の最後にフクロオオカミのミクスさんに乗ってちょっと山に登っただけで、実際の仕事はほとんどロッドさんがやったんだし。
そうだ、そこにはハマオルさんもいたっけ。
振り返ると、ハマオルさんは視線を逸らせた。
くそっ、やっぱ駄目か。
ラナエ嬢が怖いのだろう。
ハスィーはきょとんとしているが、この美貌のエルフは圧倒的なカリスマこそあるものの、謀略についてはラナエ嬢に到底及ばない。
「傾国姫物語」などという絵本で食い物にされても、いつの間にか有耶無耶になっているくらいだもんな。
俺たち夫婦(予定)って、しょせんはマリオネットみたいなものか。
「こちらです」
ラナエ嬢が足取りも軽く、ドアを開けた。
その部屋は工房か何かだったらしく、反対側の扉が大きく開かれていて、外が見える。
そしてそこには、半円形に並ぶ形で色々な野生動物が待機していた。
フクロオオカミはいないけど、銀色の羽のでかい鳥とか、灰色の流線型な猫科の大型獣などが見える。
全員、俺たちを見た途端に喧しく喋り始める。
いや、鳴き声やら吠え声だけど。
「マコトさんだ!
ヤジママコトさんだ!」
「ようやく現れたか!」
「聞いてくれ!
長老が」
「黙りなさい!!!」
ラナエ嬢の一括で、そこにいた全員が一斉に黙った。
かなり恐れられているな。
何をしたんだラナエ嬢。
「マコトさん。
この方【動物/鳥】たちが、新しく協定に加わった種族の代表というか、とりあえず送り込まれてきた者たちです」
失礼な紹介の仕方だが、誰も何も言わない。
「アレスト市では、もっと多くの方が訓練を受けているはずですが、これからの事業の主力が王都だと聞きつけた各種族の長老方がよこしました。
シルレラ舎長にも止められなかったらしく」
何かの権限がある人たちではないのか。
てことは、この人【動物/鳥】たち自身はあまり偉くないと?
「そうです。
スパイか、偵察隊員だと考えた方が良いと思います。
要するに見て聞いて覚えて情報を持ち帰る、という役目ですね。
後は『来た』という証拠でしょうか」
そうなのか。
まあ、フクロオオカミにしたって最初に来たのはツォルたちだったからな。
三番長老のミクスさんがついていたけど、第一陣はどう見ても特攻隊か使い捨ての下っ端くさかったし。
アレスト市ですらそうなのだから、協定に加わってあまり時間がたたないうちに王都に送り込まれてくる連中は、それに輪をかけて重要度が低そうだ。
でも、だからといって無視していいわけではない。
この人【動物/鳥】たちの報告によってそれぞれの野生動物側の態度が多少なりとも変わるかもしれないからね。
てことは、真面目に対応するしかない。
いいでしょう。
ヤジマ商会がインチキじゃないってことを教えてやろうじゃないか。
あまり自信はないけど。
俺自身がインチキくさいからな。
まあ何とかなるだろう。
俺は咳払いしてから言った。
「皆さん、初めまして。
私がヤジママコトです。
マコトと呼んで下さい」
家名とか言ってもあまり意味ないしな。
野生動物たちがまた一斉に喋りかけて、ラナエ嬢の一睨みで押し黙る。
恐怖政治かよ!
「マコトさん、ご紹介させて頂きます。
左から『ヤマコヨーテ』のケレさん、
『ユニコーン』のスイラムロトさん、
『夜鴉』のネオさん、
『銀鷲』のアムベルトさん、
そして『砂豹』のワッロさんです」
ラナエ嬢が一気に紹介してくれたが、そんなに一度に言われても判りません。
ていうか、どうもみんな男みたいだから、多分覚えられないぞ。
まあ、確かに個性的なメンバー(種族)たちではあるんだけど。
特に砂豹と紹介された人は、若いフクロオオカミに近いくらいでかいし。
ユニコーンと呼ばれた人【動物】は、一見するとただの馬なんだよね。
確かに角があるけど。
「失礼な!
馬などと一緒にしないで頂きたい。
連中と違って、我々は抽象思考を得意とする高度種族だ!」
ユニコーンの何とかさんが激高して嘶いた。
あなたも俺の心を読めるんですか?
「む。
これは失礼した。
マコト殿があまりに判りやすいものでつい」
本当に失礼な人だなあ。
でも、確かにホトウさんのチームにいた馬のボルノさんとは段違いの言葉使いだ。
こんな人が群れを率いたら、凄いことが出来そうだな。
「いや……私などは大したものではなく……」
ユニコーンの人が言いかけたが、ラナエ嬢が遮った。
「あまり時間がないので、打ち合わせを始めたいと思います。
まずは自己紹介をお願いします」
ラナエ嬢の指示で、野生動物たちが左から素直に話し【鳴き/吼え】始める。
調教されているのか。
「ヤマコヨーテのケレです。
山は我々の舞台です!
次の難民救助は是非!」
「あ、はい。
判りました」
絵本を読んだらしいな。
そんなに都合良く難民なんかいないと思うけど。
「ユニコーン・スラト氏族のスイラムロトだ。
我々は馬ではない。
もっと知的な労働を希望する」
いや、それはもういいですから。
「ネオ、夜鴉と言います!
有名なマコトさんに会えて感激です!」
どうも。
「銀鷲は、誇り高き空の王者なんです。
決して目立ちすぎて狙われやすいから群れで生活しているわけではありません。
あ、アムベルトといいます」
誇り高いのか臆病なのかよくわかりませんが、こちらこそよろしく。
「最後は私か。
ワッロだ。
砂豹がフクロオオカミに劣るものではないと、ここに断言しておく。
以上だ」
はあ、そうですか。
一応の自己紹介が終わると、辺りはシーンと静まりかえった。
何なの?
俺に何か用があるんじゃ?
意味が判らなくて黙っていると、夜鴉と名乗った鳥が覚束ない口調で鳴いた。
「……これで、マコトさんとお話ししたことになるんですよね、ラナエ舎長?」
「そうですわね」
ラナエ嬢、呆れるか苦笑するか、どっちかにしてあげて下さい。
「よし!
私はヤジママコトさんと知り合った!」
「俺はやったぜ!」
いや、だから何を?
すると、見たところ少しでかいキツネといった格好のヤマコヨーテさんが吼えた。
「私ら、ここにいたいんです!」
「そう!
飯が美味いし」
「一度味付けして料理された肉を食ってしまったら、もう生肉には戻れない……」
砂豹さんが歯を食いしばるように吼える。
「もう硬くて不味い木の実は嫌だ」
「厳選され調理された草のディナー……。
それは天国の香り」
ユニコーンの人が頭を上げて、遠くを見るようなポーズをとる。
そっちは屋根裏だぞ。
「縄張りに帰るのは嫌なんですよ。
飯が不味い。
ここに居たいんです。
マコトさん、お願いします!」
銀鷲の人が、地面に這いつくばるようにして言う。
だから、何をお願いされているんだよ俺は?




