15.英雄?
息切れした俺がようやく話を止めた時には、馬車が建物のエントランスに着いていた。
というよりは、着いたから話が止まったようなもので。
ハマオルさんが馬車の扉を開けてくれて、俺とジェイルくんがそれぞれハスィーとヒューリアさんの手を取って馬車から降ろすと、ラナエ嬢が待っていた。
さすがにここではトレードマークのフリフリドレスは着ていない。
あれはラナエ嬢の戦闘服みたいなものだからな。
事務作業という戦場での。
ここはまた別の種類の戦場なので、動きやすそうなツナギを着ていた。
スタイルがいいのが丸わかりだな。
「あいかわらずですのね。
でも、なぜ息を切らしていらっしゃるのですか?
ヤジマ子爵閣下」
いきなり皮肉を効かせてくる所なんか、ラナエ嬢だなと思わされるよね。
さすがにこの人は有能だなあ(違)。
アレスト興業舎の時と違ってギルドにはハスィーがいないし、事業部にシルさんもいないし、騎士団や警備隊の担当者もいないのに。
全部一人で取り仕切っているのか。
「そうでもありませんわよ。
ちょうど、王都中央騎士団の担当者がいらしています」
エントランスから進み出てきたのは、俺がよく知っている人だった。
「ロッドさん!
こちらにいたんですか」
「お久しぶりです。
ヤジマ子爵閣下」
あいかわらず細身のイケメンであるロッドさんは、全然変わっていなかった。
いや、ちょっと違うか。
何か不機嫌というか、苛ついているように見える。
気配りのロッドさんが珍しいな。
「お久しぶりです。
ロッド正騎士……いえ騎士長。
昇進なさったのですね」
ジェイルくんが言うと、ロッドさんはそっけなく頷いた。
「現在は王都中央騎士団の野生動物運用テスト班所属であります。
ジェイル近衛騎士殿には、ご機嫌麗しく」
どうしちゃったんだろう。
ずっとアレスト興業舎で一緒にやってきた仲なのに。
それに騎士長って、ヤジマ芸能で出会ったあの偉そうな人と同じ階級になったのか。
あの人はノールさんと同期だという話だから、凄い出世なんじゃないの?
ロッドさんの後ろには、十人近い騎士が整列していた。
みんな部下らしい。
どうも、俺を出迎えるために並んでいたようだ。
ロッドさんの命令で彼らが解散すると、俺たちは固まってエントランスに入った。
その途端、ロッドさんが泣きついてきた。
「マコトさん!
何とかして下さい!」
「え。
何でしょうか」
何だ何だ。
何があったのだ。
「私は何度も除隊願いを出したんです!
でもどうしても受け付けて貰えずに、挙げ句の果ては王都に召喚されて若い奴らの世話係ですよ!」
昇進がご不満らしい。
そういえばロッドさん、ずっと騎士団を辞めたがっていたからな。
駄目だったのか。
「今もアレスト市では、シルレラ舎長の指揮で様々な野生動物との交流が行われています!
フクロオオカミだけでもあれほど素晴らしかったのに!
なんで私がその楽しい作業から引き離されて、王都なんかでもう出来ることが判っている野生動物との共同作業の確認なんかしてなきゃならないんですか?」
いやそう言われても。
でもそうか。
アレスト市における騎士団とフクロオオカミの共同運用の成功で、ソラージュの当局も本格的な導入の検討に入ったのだろう。
で、まずは王都の中央騎士団でフクロオオカミの運用なんかをテストしていると。
でも前例がない作業なので、司法当局としては経験者であるロッドさんを召喚して、担当に据えたという所か。
昇進させて。
ロッドさんは、その作業を担当する分遣隊を率いてセルリユ興業舎に赴任しているんだろうな。
しかしロッドさんにしてみれば、色々な野生動物が次々にやってきているアレスト興業舎から引きはがされて、退屈で代わり映えのしない作業を延々とやらされているとしか思えないと。
「ロッド騎士長。
これは必要なことで、あなたが一番の適任であることは判っているはずではありませんか。
いい加減に諦めて下さい」
ラナエ嬢も容赦ないな。
「ですが何で私が」
ロッドさんって、こんな性格だったっけ。
まあアレスト市にいた頃は、暇さえあればボロボロの服を着てフクロオオカミと戯れていたからな。
部下がたくさん出来てしまって、だらしない格好が出来なくなってストレスが溜まっているのかも。
「王都でも新しい野生動物と交流できますでしょう。
それも重要なお仕事だとは思いませんの?」
ロッドさんはそれでもご不満なのか、苦虫をかみ潰したような表情でブツブツ言っていた。
でもここはラナエ嬢が正しいと思うよ。
そういう仕事ってロッドさん以上の適任者はいないのではないだろうか。
ソラージュの騎士団が野生動物と本格的に共生していくとしたら、ロッドさんは出世し放題だろうし。
いや、それはむしろ嫌なのか。
偉くなってしまったら、現場に出られなくなりそうだからな。
俺なんか、そっちの方がいいような気がするけど。
ラナエ嬢に案内されて着いた部屋には、もう一人懐かしい人が待っていた。
「お久しぶりです。
ヤジマ子爵閣下」
「フォムさん!
あなたも王都に?」
ギルド警備隊のフォムさんだ。
あいかわらずマッチョだな。
王太子近習のモレルさんには遙かに劣るけど。
「はい。
といっても王都のギルド警備隊ではなく、セルリユ興業舎の所属ですが。
警備部長を拝命しました」
ニヤッと笑ってロッドさんの方を見る。
ロッドさんはしかめっ面をさらに深くして、そっぽを向いた。
フォムさんはアレスト市ギルド警備隊を退職して、セルリユ興業舎に就職したわけか。
しかも、警備事業の責任者。
それはロッドさんが羨ましがるわけだな。
でもロッドさんの立場も、やりようによっては美味しいと思うけど。
だって、今後のソラージュ騎士団の方向性を自分である程度決められるかもしれないんだよ?
「そうなんですが、こいつはとにかくフクロオオカミと戯れていたいだけなんですよ。
責任感というものがない」
「五月蠅い!
お前こそ、好き勝手やっているだけじゃないか!」
おいおい、随分気安くなっているな。
ここには身内しかいないので箍が外れるのは判るけど。
ハスィーやヒューリアさんが目を丸くしているぞ。
ジェイルくんは笑っているが、ラナエ嬢は呆れて手を広げていた。
「楽しそうですね。
アレスト興業舎のノリは健在ですか」
「ここでだけです。
人目が多ございますから」
幹部が親しいのはいいことだよね。
ハマオルさんとリズィレさんが素早く部屋をチェックし、それぞれ配置についた。
用心しすぎなのでは。
まあ、それが仕事だしな。
それ以外の人たちがテーブルを囲んで座ると、早速ラナエ嬢が切り出した。
「お茶も出せずに申し訳ございませんが、人手不足で」
「それはいいのですが、ご相談というのは?」
ハスィーが言ってくれた。
「実は、アレスト興業舎と違って今回はフクロオオカミだけを相手にしていれば良いというわけではございません。
夕食会では申し上げませんでしたが、シルレラ舎長から無理難題を突きつけられております」
シルさん、あいかわらずか。
本人も苦労しているだろうから、しょうがないけど。
「具体的には?」
そこにフォムさんが口を挟んだ。
「新しく協定に加わった野生動物が、こちらに次々に送られてきております。
フクロオオカミを除いて、既に五種族の野生動物が適応訓練中です」
それは凄い。
フクロオオカミの時も、アレスト興業舎総掛かりで随分苦労したのに。
「まあ、今のところは代表が数人【頭/羽】ずつ来ているだけですが。
でも、それぞれ生態も違えば考え方も様々で、こちらも試行錯誤で対処するしかなく、行き詰まっているとまでは言わないまでも、成果が遅々としてしか上がっておりません」
そうだろうな。
でも、だから俺たちにどうしろと?
「マコトさんのお知恵を借りたいのですわ。
とりあえず、野生動物の代表たちに会っていただけませんか」
「それはいいですが、俺にすぐにいい考えが浮かぶとも思えませんけど」
「それでもです。
どうもそれぞれ、種族の族長から『他の種族に負けるな』と命令されているらしく、妙に競争心が強いというか。
わたくしどもの言うことも、あまり聞かない傾向にあるのです」
「そんなの、俺が言っても同じなのでは」
俺が逃げようとすると、ラナエ嬢を初めロッドさんやフォムさんたちが一斉に苦笑した。
ハスィーはきょとんとしているけど、ヒューリアさんは思い当たったようで、頷いている。
何なの?
「マコトさんは野生動物の間では有名ですのよ。
一種の英雄と言ってもいいでしょう。
マコトさんのおっしゃることでしたら、彼らも素直に聞くのではないかと」
あーっっ!
シルさんから前に聞いたぞ!
「フクロオオカミ山岳救助隊2」だっけ。
確か難民救助の事を、俺がやったみたいに描いた絵本がベストセラーになっていると言っていた。
何てことだ。
ラナエ嬢のせいじゃないか!
睨み付けると、ラナエ嬢はそっぽを向いて口笛を吹く真似をしていた。
確信犯かよ!




