11.変装?
「マコトさんの私的な会合だということは判っているんですよ」
グレンさんが肩を竦めた。
「でも、それを聞いたミラスがどうしても出たい、と」
わがまま坊やか。
いやそう言ってしまっては失礼だ。
王太子なんかやらされて、ストレスが溜まっているんだろうな。
何とかしてやるか。
ハスィーを振り向くと、難しい顔をしていた。
「ミラスは、どこまで本気なのですか?」
「本気も本気。
燃えているよ」
グレンさんも真面目に応える。
あちゃー。
ヤジマ学園でフレアちゃんとお話しできるようになったために、かえって燃え上がってしまったわけね。
しょうがないな。
ダイレクトに命令して来ないだけ、まだ理性は残っているとみるべきか。
それにしても、ミラス殿下って賢くて自制が効く人だと思っていたけど、むしろ暴走しやすいタイプだったらしい。
そういえば王陛下の側近の人たち、ええとトゥーレ侯爵とロム伯爵も似たようなことを言っていたような。
陛下の暴走に振り回されてばかりだと。
あ、俺ルディン陛下の側近の名前覚えてる!
インパクトあったからなあ。
何せ、突然子爵にされてしまったのだ。
男でもあれだけの大事件と一緒に出てくれば、ちゃんと記憶できるらしい。
先のことは判らないが。
話を戻すと、つまりミラス殿下も父上と同じで、暴走してはその度に側近が奔走するタイプということだね。
よし判った。
何とかしましょう。
というよりは、直々に相談されたら断れないよね。
「もともとヤジマ邸の夕食会は、ごく親しい人たちが私的に集まっているだけの食事会です。
ですから、ミラス殿下が私やハスィーたちの知り合いということで参加されるのは一向に構わないのですが」
「問題は、王太子殿下がヤジマ邸にいらっしゃるという事自体ですね」
ジェイルくんが引き継いでくれた。
ありがたい。
俺が何かをしようとすると、大抵はジェイルくんが出てきて片付けてくれるからね。
近衛騎士になっても、ヤジマ商会というより俺の従者、いや側近を辞めないでくれるといいんだけど。
「ミラスは、普段は王太子府にいるのでしょうか」
ハスィーが聞くが、グレンさんは俺に向かって答えた。
「そうです。
というよりは、ほとんど外出しません。
あの中で、一通りの生活が出来るようになっていますから」
要塞だもんね。
反乱か何かで包囲されても、しばらくは持ちこたえられるようになっているはずだ。
「『ニャルーの館』に行く時は、どうされていたのですか?」
ジェイルくんが聞くと、グレンさんは苦笑した。
「影武者です」
やっぱりいるのか。
「ミラスの従者の一人で、髪の色以外はそっくりの奴がいるんですよ。
鬘を使えば遠目には見分けがつきません。
今日も帰りの馬車に乗っていたのはそいつです。
『ニャルーの館』に行く時は、そいつに執務室を任せて、俺が付き添って目立たない馬車で行っていたんですが」
ため息をつく。
「さすがにそろそろ限界です。
まだバレてはいないとは思うんですが、『ニャルーの館』の特別室で凄い美少年を見たとかいう噂が出ています。
まあ、フレア様が『ニャルーの館』を退職されたので、もう行くことはないと思いますが」
「ヤジマ邸通いが始まったら同じことですか」
苦労しているんだなあ。
ラノベじゃないけど、昔の小説とかでは王子様がお城を抜け出して遊びに行く設定がよくあった気がする。
でも、現実には難しいよね。
それでなくても、ミラス殿下は目立つんだし。
「マコト殿。
良いお知恵はありませんでしょうか」
誰かと思ったら、モレルさんだった。
今まで一言もしゃべらなかったから、つい忘れていたけど、この人身長が2メートル以上ある巨漢なんだよね。
その存在を忘れたらイカンでしょうが。
ていうか、この人も来ていたのか。
あまりにも目立つ上に忠臣なので、この人がいる所にミラス殿下ありと知れ渡ってしまって、ほとんどランドマークと化していると聞いているけど。
でも存在が巨大すぎて、かえって何かの置物みたいでむしろ目立たなかったりして。
「殿下は常に大きなストレスに曝されておられます。
フレア様は、そんな殿下の癒やしなのです。
出来るだけご希望を叶えて差し上げたいのです」
凄いね。
マジでいい人だ。
グレンさんが「忠臣」っていってたっけ。
うん。
ここまで言われたら、アイデアを出すしかないな。
地球人、というよりは日本人だからこその発想だ。
念のために確認する。
「王太子府からミラス殿下が出なければ、というよりは外出することが判らなければいいのですね?」
「それと、ヤジマ商会に入る事もバレないようにした方がいいですね。
マコトさんも、ある意味注目の的ですから」
グレンさんが言った。
そうか。
「王太子府から目立たない馬車で外出することは出来ますか?」
「出来ます。
ただし、警備の者が乗っている全員を確認します。
帰りも同様です」
それはそうか。
繰り返すけど、ミラス殿下は目立つからな。
警備員は命令すれば黙っているかもしれないが、何度も繰り返せば絶対に情報が漏れる。
つまり、ミラス殿下が外出した事自体を無かったことにしないとね。
俺は意を決して言った。
「方法がないこともありませんが……ミラス殿下とグレンさんたちに、ちょっとご苦労をかけることになります」
「方法があるのなら、何でもやりますよ。
ミラスも」
ほほう。
ではやって貰おうか。
「まず、グレンさんとモレルさんにヤジマ邸夕食会の参加権を差し上げます。
お二人のどちらかが夕食会に参加するときに、ゲストとしてご友人をお連れ下さい」
グレンさんとモレルさんが怪訝な表情を作った。
「友人ですか。
それは、いないことはありませんが」
「女性をお願いします。
秘密を守れて、多少無理を言える方がいいでしょうね。
ご親戚や『学校』の知り合いなどにいませんか?」
「難しいですが、ニ、三心当たりはあります。
ですが、ミラスは」
「なるほど」
ジェイルくんが口を挟む。
「マコトさんも、えぐいことを考えますね。
確かに、その方法が一番面白……いえ、有効でしょう」
気づいたか。
さすがは俺の従者。
「その女性を王太子府に呼んで、夕食前に一緒にヤジマ邸にいらっしゃって下さい。
帰りも一緒に王太子府に戻って、その夜はお泊まりして翌日帰宅していただければ」
「そうですね。
それよりはむしろ、王太子府の住み込みの方がよろしいかもしれません」
ハスィーも口を出す。
可笑しそうに笑っているということは、判っているな。
いいよね俺の嫁さん。
ユーモアがあるって素晴らしい。
「それがミラス殿下とどういう」
そこまで言って、モレルさんが絶句した。
グレンさんは、難しい表情で考え込んでいる。
と思ったら違った。
笑いを堪えているらしい。
「……なるほど!
それはいいですね。
いや俺は構わないんですが、ミラスは」
そこで笑いの発作に襲われたようで、口を押さえて身体を折った。
「しかしそれではあまりにも」
「この方法しかないと言うのなら、ミラスも了解するさ。
しないのなら夕食会の参加はなしだ」
グレンさんは了解したようだ。
モレルさんはまだ困惑しているけど、それはもう王太子側の問題だよね。
「ヤジマ邸は、いつでもお待ちしています。
あ、着替えは用意して頂いた方がいいでしょうね」
「判りました。
ありがとうございます。
ミラスの奴も、それしかないとなれば納得すると思います。
それにしても」
グレンさんがまた身体を折った。
いや、似合うと思うよ?
あれだけの美少年なんだし、背も高くないし、華奢だし。
美少女になるんじゃないかな、ミラス王太子殿下は(笑)。




