8.叙爵ラッシュ?
ハスィーの演説は見事だった。
アレスト市のギルドでも似たようなことはやっていたんだろう。
注目を集めて聴衆を踊らせる技能はピカイチだ。
もっともそれは純粋な技能というよりは、容姿やカリスマの部分が大きいとは思うけど。
傾国姫が何か話し始めたら、もう聞かずにはいられないんだよね。
マジでハスィーがその気になったら、ソラージュ一国くらいはひっくり返せそうな気がする。
ハスィーの演説が大盛況のうちに終わり、それで式典は解散となった。
「これからどうする?」
「簡単に事情を説明して、終わったらここに来て頂けるように手配しました。
みんなが解散して目立たなくなるまで、ここで待機しましょう」
さすがジェイルくん。
俺は待っていればいいわけか。
ため息をついて、近くの椅子に座り込む。
子爵か。
とりあえずハスィーには伝えないとね。
「おそらくですが、もう知っておられますよ」
ジェイルくんが言った。
「どうして判る?」
「ハスィー様は演説で、理事長つまりマコトさんの事を近衛騎士ではなく、子爵と呼ばれました。
王太子殿下も当然事前にご存じでいらっしゃったでしょうから、先にお聞きしたのかと」
あいかわらず耳が良くて頭が回る人だなあ。
しかもイケメン。
俺もこのくらい出来る男だったら人生変わっていただろうな。
「マコトさんが私程度の人間になってどうするんですか。
こちらの世界に来られて2年もたたないうちにソラージュの世襲貴族にまでなられた方が、そんなことを言わないで下さい」
いや、それは誤解とラッキーが重なった結果であってだな。
そのとき大勢が近づいてくる気配がした。
ハマオルさんがさりげなく俺をガードする位置に移動する。
大丈夫だと思うけどね。
ハスィーやヒューリアさんの声が聞こえたから。
「マコトさん!」
真っ先に部屋に入って来たのは、やはりハスィーだった。
そのまま俺の胸に飛び込んでくる。
この北方種、もう全然人目を気にしなくなっているな。
まだ婚約しているだけなんだぞ。
対外的には。
ハスィーの護衛役のリズィレさんが素早く滑り込んできて、ハマオルさんの隣に立つ。
さすが。
「おめでとうございます」
続いて入ってきたヒューリアさんが、ちょっと足を引いて貴顕に対する挨拶をしてくれた。
フレアちゃんも帝国式らしい礼をとってくれる。
みんな知っているらしい。
グレンさんとモレルさんが入ってきて素早く左右に控え、その後から悠然と現れたのはミラス王太子殿下だった。
名誉学園長も来て下さったのか。
ミラス殿下の護衛らしい人が数人、部屋に入ってすぐに散開する。
モレルさんがいれば、必要ない気がするけど。
最後にユマ閣下が後ろの人たちに何か言って、ノールさんがドアを閉めた。
大勢がついてきたんだろうな。
でもここからは王太子殿下のプライベートだから。
グレンさんが辺りを素早く見回してから緊張を解き、ミラス殿下に合図した。
「大丈夫だ、ミラス」
その途端、ミラス王太子殿下は銀河英雄伝説のライ○ハルト皇帝を止めてミラスさんに変身した。
「疲れた。
ずっと注目されっぱなしなんだもん。
もう二度と式典なんかには出ないぞ」
その場にいる人たちは護衛も含めて一斉に苦笑した。
みんな、プライベートモードのミラス殿下のことが判っているらしい。
フレアちゃんだけはちょっと目を見張っていたが、何も言わなかった。
ムト子爵モードのミラス殿下を知っているからね。
ジェイルくんやハマオルさん、リズィレさんには当然話してある。
ここにいるのはそういう意味ではみんな身内だな。
「名誉学園長なんだから我慢しろ。
それよりマコトさんに言うことがあるだろう」
ミラス殿下は、あっそうかという表情で俺を見てちょっと頷いてくれた。
「おめでとう、マコトさん。
陛下に聞かされたのが直前だったもので、お知らせできずに済みませんでした。
大丈夫でしたか?」
「疲れましたが、大丈夫です。
ご足労願って、申し訳ありません」
「いえ、僕も用がありますから。
それにしても、陛下はセコい事をすると思いませんか?
僕とマコトさんが親しくしているのを聞いて、慌てて動いたみたいなんですよ。
こんな風にいきなり叙爵しなくたって、いくらでも方法があるはずなのに」
陛下が?
慌てているって?
「あの、それはどういう」
「このままでは、マコトさんを僕に取り込まれると思ったんじゃないかな。
子供っぽい所がある人ですけど王様としては凄いから、政治的にまずいと判断したのでしょう。
ラミット勲章も押しつけられませんでしたか?」
「あ、はい。
頂きました」
「やっぱり。
そういう所は子供なんだよなあ。
僕やユマに張り合っても仕方がないのに」
ミラス殿下がブツブツ言っても、誰も何も言わなかった。
だって王陛下の話だよ?
下手に突っ込んだら不敬罪か何かになりそうだし。
「ミラス、また本筋からずれているぞ」
グレンさんに言われてミラス殿下は肩を竦めた。
「うん。
時間もないし、やってしまおうか」
何をするのでしょう?
ミラス殿下はユマ閣下に目配せか何かをしたようだった。
ユマ閣下が頷く。
それを確認して、グレンさんとモレルさんが動いた。
「皆さん、ちょっと空けて下さい」
机と椅子を動かして空間を作ると、まずミラス殿下が端の方に立った。
その後ろにグレンさんとモレルさんが控える。
ユマ閣下とノールさんがその横に立ち、俺も呼ばれて反対側に立たされた。
その他の人たちが回りを囲むように配置される。
何が始まるんだろう?
でも対象は俺じゃないみたいだな。
全員が位置についたことを確認してノールさんが進み出た。
浪々たる声で述べる。
「近衛騎士の叙任は、王族および公爵以上の高位貴族が執行できる権利である。
略式では、見届け役として正騎士以上の騎士位2名、および立会役として授爵者と直接利害関係のない高位貴族1名が必要となる」
ええっ?
聞き覚えがあるぞ。
これって近衛騎士の叙任式か?
「叙任者」
ミラス殿下がはっきりとした声で応えた。
「ソラージュ王国王太子、ミラス・ソラージュ」
「確認しました。
見届騎士を申告します。
近衛騎士叙任執行役を兼ねます。
ララネル公爵家近衛騎士ノール・ユベクト」
やっぱりだ。
でも見届騎士役がもう一人必要なのでは。
「マコトさん、申告して下さい」
ユマ閣下が微笑みながら言った。
俺?
あ、俺って近衛騎士だったっけ。
「ララネル家近衛騎士、ヤジママコト」
子爵になったんだけど、いいのか?
いいらしい。
まあ、貴族の爵位は複数兼ねることができるはずだからね。
納得しているとノールさんが言った。
「立ち会い役」
誰を?
すると意外にもフレアちゃんが進み出た。
「ホルム帝国皇女、フレア・カリーナ・ミレニア・ホルムです」
そうか。
フレアちゃんも帝国皇女なんだよね。
あらかじめ聞かされていたらしくて、フレアちゃんに戸惑いは見られない。
まあ、立ち会うだけだからな。
もう公的にソラージュに留学していることになっているし。
問題はないか。
ノールさんが言った。
「ジェイル・クルト。
ミラス殿下の御前に」
ジェイルくんか!
振り返ると、ジェイルくんが驚愕して立ち竦んでいた。
君も知らなかったわけね。
判るよ、うん。
でも、世の中ってそういうものらしい。
しょうがないよね。
ジェイルくんが突っ立ったままなので、苦笑したヒューリアさんが背中を押してミラス殿下の前まで連れて行く。
ヒューリアさんは知っていたのか。
ハスィーも?
いつの間にか俺の腕を軽くとっていたハスィーがにっこりと笑った。
あちゃー。
「学校」仲間は全員グルか。
それはそうだろうな。
ジェイルくんがよろよろと跪いて頭を下げる。
ミラス殿下が手を伸ばして、手にした短剣でジェイルくんの両肩を叩いた。
「ジェイル・クルト。
汝をソラージュ王国近衛騎士に任じる」
良かったね、ジェイルくん。
貴族仲間にようこそ。
言っとくけど、すげー面倒くさいよ?




