5.授爵?
俺は、失礼とは思ったが反論した。
「ミラス殿下には、私などより遙かに頼りになる方がいらっしゃると思いますが」
グレンさんやモレルさんは、俺など到底及ばないミラスさんの仲間ではないか。
「近習たちのことを言っているのなら、違う。
彼らの忠誠と信頼は疑うべくもないが、やはり『臣下』であって対等な関係ではないのだ。
例えば、グレン・ルワードやモレル・レベーリはミラスに対して指図することが出来ない。
しかも、何かをする場合も常にミラス本人のためというよりはソラージュ王家としての利益を考えてしまう。
近習だからというよりは、貴族とはそういうものだ」
そうなのか。
確かに、ミラス殿下がフレアちゃん恋しさに「ニャルーの館」通いを続けても、グレンさんたちは直接は動けなかったもんな。
彼らはあくまで「参謀」であって、ミラス殿下に忠告は出来ても指図は出来ない。
フレアちゃんの身分の件もあって、身動きがとれなかったのだ。
どう動けばソラージュ王国にとって最善か、判断出来なかったからだ。
だから俺に依頼した。
なるほど。
「そうですね。
私の行動は、そういう意味ではあまりソラージュ貴族として相応しいとは言えなかったようです」
ミラス殿下をけしかけて、フレアちゃんとの交際のための舞台装置まで作ってしまったからな。
間違っても臣下がやることじゃない。
何か謀略を企んでいると思われても仕方がない行動だった。
「だが奴にとって、それがどんなに嬉しいことだったか、敢えて言うまでもあるまい。
わざわざ私に謁見して報告してきたのだが、会っている間中、マコトのことを話し通しだったぞ。
何か変な感情でもあるのではないか、と誤解しかけたほどだ」
困りますよミラス殿下!
ソラージュのナンバーワンに睨まれたりしたら、亡命でもするしかなくなるよ!
「もちろん、そんなことはないという報告は受けている。
『傾国姫』とうまくやっているそうではないか」
ルディン陛下のニヤニヤ笑いは止まらない。
そんなに面白いんですか?
「いや。
奴には立場上、苦労をかけるばかりで助けてやることも出来なかったからな。
おかしなスキャンダルに巻き込まれても、私は直接には動けなかった。
歪みはしないかと心配していたのだが、幸い良い近習に恵まれたことと、後は奴も私の息子だけあって強かだからな。
そして、最適なタイミングでマコトが現れてくれた」
「はあ」
そうなのかもな。
さすがに傾国姫を盾にして結婚から逃げ回るのも限界に来ていただろうし、いつまでもスキャンダルを引きずっているようでは将来の国王としての資質を疑われかねない。
俺が頷いていると、ルディン陛下が真面目な顔に戻って言った。
「というわけで、私の方はこんな所だ。
この際だから聞いておこう。
マコトの方から何か要望はあるかな?
こんな機会はめったにないぞ」
凄い。
一国の国王に直接物申すチャンスだ。
でも、何もないなあ。
俺は今の生活に概ね満足しているし。
満足できなかったとしても、国王陛下に何とかして貰えるものじゃないだろう。
ラノベじゃないんだから。
日本で言えば、例えば日常生活が不備だったとしても、総理大臣とか天皇陛下に直接訴えてもどうしようもないのと同じだ。
レベルが違いすぎて、対処しようがないんだよ。
「特にありません。
ああ、ミラス殿下には色々物申すことがあるかもしれませんが、駄目なら仕方がないですから」
失礼な言い方だったか?
だけど、ミラスさんとは確かにもう「主君と臣下」の関係じゃなくなっている気がするんだよな。
ミラス殿下も命令とかしてこないし。
俺から何か頼んだりすることはあるけど、友達同士でゲームを貸し借りしている程度の関係だ。
いや、貸しとか借りとかも意識していないな。
そうか。
確かにもう、俺とミラス殿下は友達なのかも。
そういえば、最初に会った時にミラス殿下は「友達になって欲しい」とか言っていたっけ。
いつの間にか実現してしまったのか。
俺が感慨にふけっていると、ルディン陛下は何とも言えない表情を見せた。
でもそれは一瞬で、テーブルの上に置いてあった鈴のようなものを取り上げて鳴らす。
間髪を入れず、ドアが開いて男が顔を入れてきた。
「ここに」
「トゥーレとロムを呼べ。
サマレスもだ。
それから例のものを」
「お心のままに」
符丁めいたやりとりがあって、男が引っ込む。
え?
何かやった?
ここは、無理にでもお願いするべきだったのかも。
せっかく何かしてやると言っているのに、断られるって国王陛下に対する侮辱だったのでは。
不敬罪とか?
「失礼します」
俺が悩んでいると、ドアが開いて数人の男が入ってきた。
そのうち二人は堂々たる威厳を纏った中年の男性で、誰かに呼びつけられて駆けつけるような身分には見えない。
でも呼びつけたのが国王陛下だからね。
しょーがないのか。
「トゥーレ、ここに」
「ロム参りました」
「ご苦労。
やはり思った通りだった。
ここで済ますぞ」
「お心のままに」
何を済ませるんですか?
聞けるわけがないよね。
俺が唖然としていると、後から入ってきた初老の男性がルディン陛下に一礼した。
その後ろから現れた男たちが壁際に並ぶ。
これって何?
「ヤジママコト殿。
お立ち下さい」
初老の男性が言った。
俺は言われた通り立ち上がる。
ソファーから離れて、空いた場所に立たされるとルディン陛下が俺の前に来た。
その両側に何とか言う偉そうな人たちが控える。
さらに、ルディン陛下の斜め後ろに初老の人が控えているのが見える。
「跪いて」
言われるままに片膝をつく。
何が始まるんだ?
って、もう判ったよ。
またアレだろう。
今回も俺の意思は無視か。
大方、ラミット勲章でも授与して俺が国王陛下の紐付きになったことを内外に示すという所だろうな。
まあ、そのくらいならいいだろう。
もうミラス殿下にラミット勲章を貰っているし、今更国王陛下の紐付きになったところで大した違いがあるとも思えない。
どっちにしても、断りようがないけどね。
だったらここは素直に従っておくか。
頭を下げていると、正面の国王陛下が何かしているのが感じられた。
やけに手間取るな?
ミラス殿下の時は簡単だったのに。
「面を上げよ」
命じられて、顔を上げる。
正面に、ルディン陛下が立っていた。
何か凄い派手なマントを纏っておられるんですが?
簡易版らしいけど、王冠も被っているし。
剣まで下げている。
抜き身じゃないのが救いだけど。
でも、これって?
ルディン陛下が詠うように言った。
「ララネル家近衛騎士ヤジママコト。
その方、アレスト興業舎およびヤジマ商会なる企業を興し、ソラージュの経済界に多大な貢献を為したのみならず、私財を投げ打ってヤジマ学園なる画期的な総合教育機関を設立、運営せんとすること、まことに天晴れなり。
その献身と忠誠を称え、ここにソラージュ王国国王ルディン・ソラージュが子爵の爵位を授ける。
今後もその知恵と力を、ソラージュおよびすべての国に生きる人々のために使うことを命ずる」
何?
混乱してぼけっとルディン陛下を見上げている俺の肩に、陛下の持つ剣が軽く落とされた。
右と左に、二度ずつ。
ちょっと待って!
「ソラージュ王国侯爵トゥーレ・ロクラス。
ヤジマ子爵の授爵を確認した。
子爵の前途に幸あらんことを」
「ソラージュ王国伯爵ロム・メサ。
同じく確認しました。
子爵の前途に幸あらんことを」
形式的な宣言だな。
ていうか、何が起こったので?
ルディン陛下が剣を控えていた人に渡し、代わりにでかいペンダントみたいなものを受け取って、かがんで俺の首にかけてくれた。
小さく囁いてくる。
「ラミット勲章も後で渡すからな。
いつでも会いに来て良い」
そのまま身体を起こし、俺の前に堂々と聳え立つ。
初老の人が、ルディン国王陛下に一礼して言った。
「ソラージュ王国宮内庁審議官サマレス・ウィド子爵。
略式にてヤジマ子爵が授爵されたことを宣言します。
ヤジマ子爵閣下。
おめでとうございます」
「立ちたまえ。
ヤジマ子爵」
トゥーレさんだかロムさんだかの声がして、俺はよろけながら立ち上がった。
正面のルディン陛下を見る。
陛下はニヤリと笑いかけてきた。
笑い事じゃないでしょう!




