4.トモダチ?
仕事に関する大抵の事はジェイルくんの権限で処理できるはずなので、つまりこれは俺に関係することなのだな、と判った。
しかも、どうやら極秘に属することのようだ。
なぜなら、ジェイルくんが説明しないからだ。
人前では言えないことなのだろう。
俺はとりあえずハマオルさんだけを連れてジェイルくんに従った。
ジェイルくんもヤジマ学園の理事なので、別に不自然ということもない。
事務処理や式典の進行については、ヤジマ学園のスタッフが担当しているはずだ。
俺やジェイルくんは「ニャルーの館」の時と同じで、どっちかというと傍観者なんだよ。
ジェイルくんに連れられて事務棟の最上階に行く。
この階は理事室とかそういう部屋しかないので、関係者以外立ち入り禁止のエリアのはずだけど。
階段の所で、ごついガタイの人たちに阻まれた。
何なの?
目立たない格好しているけど、明らかにプロだよね。
護衛の能力ではハマオルさんほどではないだろうけど、それが複数いるんだし、これは無理だなと思っていたら、ジェイルくんを認めてスッと道を空けてくれた。
ただし、ハマオルさんは通せないようだ。
ハマオルさんも察したらしい。
何も言わないうちに、壁際に控えてくれた。
それにしてもジェイルくん、顔パス?
「さきほどお会いして、マコトさんを呼んでくるように仰せつかっただけです」
ジェイルくん、声が硬いよ?
緊張しているのか。
王太子殿下を前にしても平気だったジェイルくんが、ここまでになるとは。
嫌な予感がする。
ジェイルくんは、理事長室の前で止まった。
ノックする。
「誰か?」
「ジェイル・クルトです。
ヤジママコト近衛騎士をお連れしました」
おい。
ここって俺の部屋なんじゃないの?
違うらしい。
その証拠に向こう側からドアが開いた。
「どうぞ」
ジェイルくんは動かない。
軽く手で勧めるので、俺は覚悟を決めて部屋に踏み込んだ。
そんなに広い部屋ではないけど、一応はソファーセットがある。
奥にはデスクだ。
俺の。
だが、その人物はソファーに座っていた。
その両側に直立不動の男たちが立っている。
その他にも、部屋に散らばるように何人か。
あー。
判ってしまった。
いや、俺だって自分が住んでいる国のナンバーワンの顔くらいは知っているからね。
絵姿を描いたものが結構あったりして。
俺は、その人物の正面に立つと、片膝をついて頭を下げた。
「ララネル家近衛騎士ヤジママコト。
参上しました」
この辺はラナエ嬢に叩き込まれた。
機会がないとは言えないので、絶対に覚えるようにということで。
それにしても、万が一に備えて赤いハンカチを胸ポケットから出しておいて良かった。
「面を上げよ」
渋い声が響いた。
顔を上げると、惚れ惚れするようなカッコいい中年のイケメンの人がゆったりと座っていた。
シンプルだが着心地が良さそうな服を着ている。
お忍び用の衣装だろうな。
ソラージュ王国国王、ルディン陛下。
初めてお会いしました。
でもすぐに判った。
ミラス殿下が成長したらこうなるだろうな、と思える顔の造形なんだよね。
体格は違うけど。
ミラス殿下が小柄でむしろ華奢なのに対して、ルディン陛下はがっちりとした体形だ。
背が高いので、堂々たる威厳がにじみ出ている。
その上で美形。
あの遺伝子を受け継いでいるということは、エルフの血はミラス殿下より濃いはずだ。
でも純粋なエルフと違って、荒々しさのようなものも感じる。
アレスト家の皆さんとは方向性が違うイケメンなのだ。
俺がぼーっと見とれていると、何か合図があったのか、ルディン陛下の後ろに控えていた二人を含めて部屋の中にいた人たちがドアに向かい、全員出て行ってしまった。
不用心な!
俺が暗殺者だったら、どうするつもりだよ?
「それはないと踏んだからこそ、外させた。
二人きりで話したくてね。
座りたまえ。
ヤジママコト近衛騎士」
バリトンの声に促されて、俺は立ち上がってソファーに腰掛けた。
ちなみに、こっちの世界というか少なくともソラージュでは、許可があれば国王陛下の御前でも座ることができる。
昔読んだ外国の小説では、国王の前で椅子に座るというのは凄い特権だったらしいけど、地球とは違うんだろうな。
「そう硬くなるな。
何か話してくれよ」
ざっくばらんな国王陛下らしい。
それではお言葉に甘えて。
「ヤジマは家名なので、よろしければマコトと呼んで下さい」
言っちゃった。
大丈夫だよね?
「承知した。
マコトでいいか?」
「はい。
陛下」
言葉が続かない。
どうしよう?
「困ったな。
いや私が悪いのだが。
不意打ちでいきなり来てしまったからな。
よってこの会見は非公式だ。
私のことは、国王ではなくて君の友人の父親と考えて欲しい」
ルディン陛下にそこまで言われてしまったら、もう仕方がない。
俺は少し姿勢を崩して言った。
「判りました。
初めまして。
ミラスさんには、色々お世話になっています」
ルディン陛下は、ちょっと驚いたように目を見張った。
自分で言っておいて、俺がそこまで馴れ馴れしくしてくるとは思ってなかったらしい。
ヤバい。
やり過ぎか?
だがルディン陛下は面白そうに笑ってくれた。
「そうか。
君は『迷い人』だったな。
異世界人には、こちらの権威など通用しないか。
それとも、そちらの世界ではマコトもそれなりの身分なのか?」
いやあ、そうではないんですけれどね。
「身分は平民でしたが、私も権威ある方との接見には慣れておりますので」
適当に言っておく。
身分はない、というのはちょっと説明しにくいからね。
「ふむ。
やはり会ってみるものだな。
ミラスの話からでは判らないことが色々納得できた」
どんな話をされたんだろう?
それはそれとして、俺がミラス殿下やルディン陛下に対面してもそれほど臆することがないのは、やっぱりあれが大きいと思うのだ。
就活だよ。
ほんの2年くらい前には数限りない就職面接をこなして、その中には圧迫面接も結構あったからね。
あれで、大抵の相手には面と向かえることが出来るようになった。
腹が据わったというか。
就職してからも、偉そうな大企業の部長や中小企業の経営者と平気で話せたのは、あの経験があったためだと思う。
こっちの世界だと、平民どころかなまじな貴族でも国王陛下と一対一で対面したら硬直すると思うけど、俺は大丈夫だ。
でも、国王陛下は何しに来たんだろうか。
お忍びということは、何か目的がありそうなんだけど。
それを察したのか、ルディン陛下が姿勢を正した。
「マコトには迷惑だったかもしれぬが、一度は直接話しておきたかったのだ。
普通に呼びつけるのでは公式の謁見になってしまうからな。
こういった機会でなければ、本心で語り合えないだろう」
「そうですね。
私はいつも本心ですが」
だって魔素翻訳があるからな。
しかも、俺には「心の壁」がないと来ている。
全部お見通されなんだよ。
「その話は聞いている。
だからこそ、マコトは信用できる。
こちらも変に隠すこともないからな。
よって、これはミラスの父親としての、私の本音だ。
ミラスと友人になってくれて感謝する」
「こちらこそ、ミラス殿下にはとてもよくして頂いて」
「そうではないだろう?
ミラスは言っていたぞ。
マコトは自分の友人だと。
利害関係ではなく、友情で結ばれた仲だとな」
そんなことを?
王太子殿下が俺を友達だと言っているって?
あり得ないだろう!
「ん?
ではマコトはミラスを何だと思っている?」
ルディン陛下がニヤニヤ笑いながら聞いてきた。
中年の美形のイケメンの癖に、しかも国王なのに、そんな下世話な表情は止めて下さい。
「それは……ソラージュの王太子殿下ですし」
「違うだろう。
どう考えても、この『ヤジマ学園』の設立は臣下としての分を越えている。
利害関係だけでは、ここまではやらんよ。
だから感謝している。
ミラスのために、ここまでやってくれるマコトは、奴の真の友人だ」
国王陛下に断言されちゃったよ!
俺って、王太子のトモダチなの?




