22.婚約の意味?
ヤジマ学園とは実はまだ概念上のものであって、実体は「小学校」とかハマオルさんの警備関係の道場みたいなものがあちこちに点在しているだけだった。
冬の間中かかって、それらをヤジマ学園になる予定の例の郊外の空き地に統合することになった。
具体的にはもともとあった倉庫とか屋敷とかを改造して教室をでっち上げ、それぞれ目的別に校舎にしたんだけどね。
これ、考えてみたら日本の大学に近いかも。
敷地内に学部ごとに別々の建物があって、それぞれ勝手に講義を行っているという。
ただしそもそもの目的が「ミラス殿下とフレアちゃんが不自然でなく会える環境を作る」というものなので、俺が知っている学校の開校とは全然違う方法で立ち上げることになった。
理念とか目的とかそういう立派な事は後回しにして、とりあえず講義や授業を始めてしまうという方法だ。
もともと「小学校」は絵本があればどこでも出来るわけだし、ハマオルさんの警備学校も似たようなものだ。
ジェイルくんが立ち上げようとしていた医療関係の学校は時間がかかりそうだったけど、そういうのは担当を決めて別個にやって貰うことにして、俺たちは「ヤジマ学園教養学部」の設立に走った。
「仮」が取れて正式名称になったわけで。
それでも何も決めないでいきなり始めることは出来ないから、俺の提案で単位制の授業を行うことになった。
在学期間は定めない。
入学したら退学か卒業しない限り在学生となる。
休学も可能だ。
卒業は必修単位と卒業単位を取れば可能ということにする。
卒業しないで研究室に残ることも出来るけど、その場合はもちろん授業料が必要だ。
卒業論文とかはないがホスさんなどの専門性が高い講義の単位を取る場合は、ホスさんが納得する研究成果をあげなければ卒業単位が貰えないということになる。
つまり論文発表等の実績が必要ということで。
そういうカリキュラムを並べて見せたらみんな感心してくれたけど、実際には大半がでっち上げだった。
そういう講座があるというよりはあったらいいな、という願望のようなものだ。
つまり適当な教師が見つかれば発足するけど、いなければ「準備中」が続く。
なお地球の大学に習ってヤジマ学園の専門課程を正式に卒業すると、「学士」の称号を名乗れることにした。
別にソラージュ王政府が認めた公式のものではなくて、ヤジマ学園がそう言っているだけなんだが。
「専門課程を卒業して学士号が取れても、それで何がどうなるわけでもないのでは」
もっともな疑問を呈したラナエ嬢に対して、ジェイルくんは自信たっぶりに説明した。
「学士の称号自体に実質的な価値はありませんが、担当教師が卒業単位を与えたということは、つまりその分野での専門家であると認められたことになります。
教師が就職先を紹介したり、業界で職を得ることが容易になるはずです」
そんなにうまくいくかどうか判らなかったけど、考えてみたらこれはある意味、教師が師匠で生徒が弟子とする子弟制度なんだよね。
自分の弟子である生徒に対して学士号を与えるということは、教師がその生徒の身元・能力保証をすることになる。
だから卒業単位を与えることができる教師は相当の権威が求められるわけで。
何か日本が明治維新の後に大学とか作った時と似てきたような気がする。
夕食会でそういったことを言うと、みんなは頷いた。
「なるほど。
つまりヤジマ学園の専門課程の教授や講師になるということは、少なくともその分野では権威ある学者や研究者であると公に認められたのと同じですね。
それを喧伝すれば教師なんかほっといても集まってきますよ」
ジェイルくんが黒い表情で言ったが、まさかね。
「ジェイルさんの言う通りですね。
逆にヤジマ学園の専門課程で教えられないようでは、学術界において重きを成せないということになります。
もちろんそういった風潮に反発する方も多いでしょうが、それとは別にヤジマ学園で講師を担当することは学者さんには大きなメリットがあります」
ユマ閣下がにんまりと笑った。
「どういうことですの?」
「ヤジマ学園で複数の生徒を教えることで、若者を比較出来るわけです。
しかも全員、自分の研究分野に興味と情熱を持っている者ばかりです。
その中から、優秀な者を弟子なり後継者として選べるということです」
「なるほど!」
そういうものですか。
まあ、確かに弟子入りを希望してくる者を付け届けの額だけで決めたら、見込み違いということもあるだろうな。
教師として教えながらじっくり選べるのなら、そっちの方がいいだろう。
そういう議論を重ねながら、俺たちはヤジマ学園教養学部の設立に奔走した。
といっても走り回っていたのはジェイルくんや部下の皆さんで、俺はあいかわらず出資希望者と面談したり、書類にサインしていただけだったけど。
年末にヤジマ商会の会舎組織への移行が行われて、俺は会長に就任した。
今までは自称会長だったらしくて。
個人事務所で勝手に「所長」と名乗っていたようなものだったらしい。
ハスィーは正式に副会長兼渉外担当役員に就任し、これで俺の面談回数は激減した。
出資希望者だって俺なんかより傾国姫と会った方が嬉しいだろうし。
おかげで出資額が増大しました、とジェイルくんが憂鬱そうに報告してきた。
知らん。
そのジェイルくんも正式に「大番頭」なる職位に就任したけど、これはかなり強力な役職で、実質的な会長代理だ。
必要なら会長権限まで代行できるからね。
もういっそジェイルくんが俺を追放してヤジマ商会を乗っ取ってくれたらいいのにと言ったら、笑い飛ばされた。
「そんなことしても誰もついて来ませんよ。
あっという間に出資金を引きあげられて倒産です。
ヤジマ商会はマコトさんの名前でもっているんですから」
さいですか。
まあとにかく、俺の借金を減らしてくれるのなら何やってもいいから。
ちなみに、このタイミングでアレスト興業舎の王都支店長だったマレさんもヤジマ商会に移籍した。
役職は経理部の部長待遇だ。
これでハスィーの両腕が揃ったわけだ。
ヤジマ商会の営業と経理は完璧だね。
年始には王城で儀式があって、俺とハスィーも近衛騎士とその婚約者という立場で出席した。
もちろん貴族の中では一番下っ端なので、後ろの方で立っていただけだったけど。
でも回り中から注目を浴びまくったのには参った。
俺はともかくハスィーがメチャクチャ目立つからなあ。
辺りを圧する美貌は健在で、周りの人たちの感想ではアレスト市にいた頃からさらに凄味と迫力を増しているそうだ。
俺は毎日見ているのであまり感じないけど、いきなり見たらほとんどの人が棒立ちになるレベルらしい。
ハスィーは平然としたもので、俺の腕に手を絡めて落ち着き払っていた。
なんだか最近周囲に関する関心が薄れているような気がする。
俺に関すること以外はどうでもよくなっているらしい。
これは本人が言っていたけど、どうなんだろうか。
その後、ギルドの新年会にも王都在住の有力な実業家とその婚約者ということで招待されて出席し、そこで元総評議長のカールさんに色々な人に紹介された。
王太子殿下やその近習も護衛付きで出席していたので、当たり障りのない挨拶を交わす。
ちなみにフレアちゃんは「ニャルーの館」勤務を辞めてヤジマ学園の設立委員会スタッフになったので、その打ち合わせと称して時々会うことで、ミラス殿下には我慢して貰っている。
何とかミラス殿下の「ニャルーの館」通いを止めることが出来て、グレンさんがあからさまにほっとしていた。
早々に引き上げて、その夜はアレスト伯爵邸で夕食をご馳走になった。
その席で俺とハスィーの婚約式が執り行われた。
みんなで飯食っておめでとうとか言われただけだけど。
それでも形式に則った正式な婚約式なんだそうで、これでようやく俺たちは公式に婚約したことになったらしい。
実を言えば貴族の間でもこういうのはあまり重要視されていないらしく、やらなかったからといって婚約していないということにはならないそうだ。
何でもよそから横やりが入りそうな場合などに、婚約の事実を公にするために行うものだということで。
俺たちのように最初から周知されている場合は、あまり意味がないらしい。
でも一応、アレスト伯爵家は貴族なのでやっといた方がいいと。
これで一安心か。
帰り際にフルー・アレスト前貴族院議員にこっそり呼ばれた。
この人はもうヤジマ商会の顧問に就任していてヤジマ商会内に自分の執務室を持っているのだが、屋敷ではあまり会わないんだよね。
しょっちゅう外出して人に会っているらしくて。
何かやっているのだろうか。
「ところでマコト殿。
ハスィーとはもう、ヤッたのですかな?」
いきなり何を!
絶句していると、フルーさんがため息をついた
「その様子ではまだと見た。
マコト殿、僭越ながらひとつ忠告をさせていただきます」
「あ、はい」
そう言うしかないよね。
「マコト殿の世界ではどうか知らぬが、こちらでは貴族は婚約したら早々にヤるのが常識ですぞ。
そうしないと、婚約そのものに不満があると解釈される恐れがある」
「なぜそんな」
「決まっておる。
そもそも結婚は、次代を残すためのものだからじゃよ。
貴族の場合は特に。
よって婚約中に子供を作り、その結婚が有意義であることを内外に証明する必要があるわけじゃ」
「するといつまでたっても子供が出来ないと?」
「結婚する意味がないということで、最悪の場合は婚約解消じゃな。
まあ子供ができるかどうかは運もあるし、出来なかったからといって駄目になるとは限らないがの。
それ以前に、ヤらないのは結婚する意思がない、と宣言しているに等しい。
ハスィーはマコト殿がその常識を知らないことが判っていて待っておるようじゃが、わしが見たところ相当苛ついておるぞ。
早急に対処されよ」
ほっほっほっと越後のちりめん問屋のご隠居のように笑いながら去って行くフルーさん。
そんな常識が!
全然気づかなかった。
ハスィーに何て失礼なことをしてしまったのか。
いやこの悪寒は何だ?
ただならぬ気配を感じて振り向くと、ハスィーが立っていた。
判ったから!
そんなに濡れた目で俺を見ないで!
「……今夜から俺の部屋で寝る?」
「はい!」
こんなんでいいのか?




