18.教養学部?
俺の提案は満場一致で採用された。
グレンさんは肩から力を抜いて、椅子に座り込んでいた。
突っ張ってはいたけど、かなり神経をすり減らしていたんだろうな。
気の毒に。
ミラス殿下もちょっとは加減してやればいいのに。
とりあえず休会することにして、お茶のおかわりなどを頼む。
ついでに軽いツマミをお願いしたら、すぐに届いた。
俺たちの扱いって、最優先らしい。
いい店だな。
これからも利用しよう。
それが狙いだったりして。
でも、ただ飯食いに来ることになるので、店の経営にはマイナスかも。
「マコトさんが贔屓にしている、というだけでかなりの宣伝効果が見込まれますよ」
ユマ閣下がおっしゃったけど、それはむしろ俺以外の人なんじゃないの?
まあいい。
ウェイターさんたちが立ち去って、ドアがしっかり閉まっていることを確認してから具体的な計画立案にかかる。
ジェイルくんが、改めて「ヤジマ学園」構想についてみんなに説明した。
資料もないのによくやるよ。
俺なんか聞かされて初めてそうだったのか、と腑に落ちるくらいなのに。
ていうか、俺の思いつきをよくそこまで具体案にまとめたもんだな。
超一流の経営者とは、ジェイルくんのことだ。
「違います。
私はマコトさんの手足ですよ」
「それはいいから」
俺とジェイルくんが言い合っていると、ハスィーが口を挟んだ。
「フレア様が留学するとして、どのようなコースが良いでしょうか」
ラナエ嬢が言った。
「ジェイルさんのお話にあった医療や警備は論外ですわね。
かといって専門技術職も違うでしょう。
強いて言えば、わたくしたちが通った『学校』のカリキュラムが一番良いと思いますが。
一種の帝王学ですし、フレア様も帝国皇女として得るところがあります」
ラナエ嬢の意見にグレンさんが反論する。
「それは無理だ。
あれを実現するのに、どれくらいかかったと思っている。
王政府はもちろん、参加した貴族家も財政的に相当なダメージを受けたんだぞ。
中には家が傾いた所すらある」
アレスト伯爵家だけじゃないのか。
無謀な挑戦だったな。
「何も、あれをすべて再現する必要はないでしょう。
今から思うと不必要な科目も多かった気がしますし」
「そうそう。
机上演習とか野外生活体験とか、皇女殿下に必要とは思えない科目もあったわね」
ヒューリアさんが皮肉っぽく言うと、ユマ閣下が微笑した。
「皆さん、忘れてはいませんか。
このコースは貴族を立派に教育しようとか、生徒を集めようとかが目的ではありませんよ?
要はフレア様が在籍するに相応しいものであればいいのです。
そこを始点にしてコースを設計すればいいでしょう」
なるほど。
さすが「略術の戦将」。
要は、ミラス殿下とフレアちゃんを不自然でなく接触させることが出来ればいいんだしね。
内容はどうでもいいのだ。
「でも、ミラスが教師というのは無理があるぞ」
グレンさんが反論した。
「あいつにそんなことをしている暇はない。
そもそも、何を教えられるというんだ。
王太子としては十分な知識と教養を持っているとしても、それを人に教える技能はないだろう。
大体、奴は教師に一番向いてないタイプだ」
そうなんだろうな。
適性があったとしたって、王太子殿下が民間の教育機関で教師をやるのは無理だ。
しょうがない。
言ってしまおう。
「その点については、俺に考えがあります」
ラノベではまず出てこない手だけど、その分現実的な方法を思いついた。
「ミラス殿下には、ヤジマ学園の名誉学園長に就任して頂きます。
もちろん実務は他の者が行いますが、いつでも自由に学園に来訪されて、何でも出来るお立場です。
不自然ではなく生徒や教職員と接触できるはずです」
乙女ゲームなら、メインルートの王太子を学園長にしてしまうのは邪道だけどね。
でも、これはラノベでもゲームでもないんだから。
「マコトさん、お見事です」
ユマ閣下が褒めてくれた。
嬉しいね。
「でも、フレア様はどのようなお立場でミラスと出会うのでしょうか」
そこまで言わせるの?
少なくともユマ閣下なら、解答が判っている気がするけど。
俺はラノベで読んだことがあるから、言えるんだけどね。
「フレアさんは、留学生兼任の補助教師として採用すればいいのではありませんか。
つまり、フレアさんが在籍するコースではなくて、フレアさんが教えたり補助したりしても不自然ではない教育コースを作るわけです。
フレアさんには『ヤジマ芸能』で帝国式のダンス教師をやって頂いたことがありますし、その他にも技能をお持ちだと思いますよ。
それらを教えるコースを作ってしまえばいい」
「……凄い」
誰かと思ったらグレンさんだった。
拳を握りしめて、なぜか俺を食い入るように見つめている。
何?
俺にそんな気はないよ?
「ユマ、俺にもやっと判った。
マコトさんについて行けば大丈夫だ」
「もちろんです。
ミラスは最初から判っていたのでしょうね。
ラミット勲章がその証拠です」
「ああ。
俺が甘かったようだ」
訳のわからない話をしている二人はほっといて、俺はさらに説明した。
「俺の世界では、『大学』と呼ばれる高等教育機関があります。
俺もそこを出ていますが、それぞれ専門的な学問を学ぶコースが設定されています」
「そういえば、マコトさんは『大学』に在籍されて、その課程を修了されていらっしゃるのでしたね」
ユマ閣下が言うと、知らなかったらしい人たちが感嘆の声を上げた。
違うからね。
こっちでいう「大学」は、地球で言うとノーベル賞受賞者が集まる研究所みたいなものらしいけど、俺はそこら辺の二流大学出だから。
ボロが出ないうちに話を進める。
「色々な専門コースがありますが、その中に『教養学部』というものがあるんですよ。
これは、特定の専門的な研究ではなく、社会の様々な知識や見識を研究したり、まとめたりすることを目的とするコースです」
よく知らないけど。
多分、そうなんじゃないかな。
「なるほど」
あいかわらずパネェね、ユマ閣下。
もうこの時点で判ったのか。
「申し訳ありません。
続けて下さい」
俺が振ろうとしたら、ユマ閣下が慌てて手を広げた。
面倒くさいから押しつけようとしたのがバレたか。
「ところで皆さんは『学校』の課程を修了されたわけですが、それぞれ得意な分野があったと思います」
俺が突然話を逸らせたと思ったのか、皆さん怪訝な顔付きになる。
ユマ閣下だけは、にっこり笑っていたけど。
ホントに怖いよね、この司法管理官閣下は。
「それはありますが……何か?」
「アレスト興業舎の『青空教室』では、読み書きを覚えた子供が、まだ覚えていない子供に教えていました。
つまり、ある程度判っている人は、その知識を他人に伝授することが可能です」
「……つまり、マコトさんは我々にそれをやれと?」
ラナエ嬢が顔を顰めた。
判ってきたらしい。
「例えばハスィーですが、王都の古い建築物について相当な見識を持っています。
ハスィー、あの知識をみんなの前で話せるか?」
「あ、はい。
出来ると思います」
無茶ぶりにも臆することなく答えてくれる美貌のエルフ。
くー!
ホントにこの美女が俺の奥さんになってくれるのか!
「そうか」
グレンさんが呟く。
この人たち、マジでパネェな。
ユマ閣下だけじゃなくて、ここにいる「学校」出の全員が優秀だ。
ジェイルくんも彼らに匹敵するしね。
多分、一番アレなのは俺だ。
「もちろん、いきなり同世代相手の教師というのは難しいでしょう。
しかし、相手が子供だったらどうでしょうか。
それも貴族の」
「……なるほど!
マコトさんは、つまり貴族向けの教養講座を作るおつもりですわね?」
ヒューリアさんにも判ったらしい。
俺は微笑んで、深く座り直した。
後はみんなで考えて貰おう。
面倒くさいから。
ハスィーが俺の手をとって微笑んでくれた。
判ってくれたらしい。
疲れるんだよ、この人たちの相手は。
気を抜けないからなあ。
「確かに、今王都にいる貴族の子弟を教育すると言えば、希望者は多数いそうです」
「家庭教師が教えている科目をまとめて学べるようにすればいいわけですか。
専門教科とは言っても、基礎くらいなら私たちでも教えることは可能と思いますが」
「授業料は抑えて、無理なく通えるようにすればいいですわね」
「最悪の場合でも、俺たち『学校』の卒業生が交代で教師役をやればいいんだよな。
足りない部分は誰かに頼もう」
「いっそ、貴族だけではなく大商人や裕福な人の子弟も受け入れるという方法もあるわね」
議論が沸騰しているようだ。
でも、何かラノベに出てくる異世界の魔法学園みたいになってきているなあ。
この世界には魔法がないから、そんな馬鹿な話にはならないだろうけど。
そもそもまだ俺の思いつきの域を出てないから、大穴がありそうだ。
あんなこと言っているけど、みんな教師なんかやっている暇ないだろうし。
教育機関というよりは、認定機関にした方がいいかも。
でも、貴族としての基本的な教養は、大勢を集めて一緒に教えればいいと思うんだよね。
安く上がるし。
とはいえ、多大な投資が必要なのは確かで、だからこっちでは計画が立てられては挫折していたらしいんだけど、ヤジマ学園の教養コースは違う。
そもそもの目的が、ミラス殿下とフレアちゃんの逢い引きだからな。
採算なんか度外視でいいのだ。
こんなの、ラノベじゃあり得ないぞ?




