16.王妃の条件?
その日の夕食会ではお茶を濁したけど、数日後の昼間に集まって貰った。
フレアちゃんは「ニャルーの館」に行っているので、それ以外の夕食会メンバーだ。
ヤジマ商会の最高意思決定機関と言っていい。
それに加えて、今回はゲストがいる。
いや機関と言っても、全員がヤジマ商会に所属しているわけではないんだけどね。
それどころか司法省の幹部職員や王太子の側近まで混じっていて、もう何かの癒着としか思えないメンバーなんだけど。
「マコトさんを囲む会でいいんじゃないでしょうか。
全員に共通する要素って、それくらいでしょう」
ラナエ嬢が言うと、みんなは頷いた。
やっぱ俺かよ。
まあいい。
俺はテーブルについている人たちを見回した。
全員若いけど、ソラージュ社会では相当な力を持っている人たちばかりだ。
封建主義って、こういう時は効率がいいよね。
最初から貴族に生まれていれば、才能次第で年齢なんか関係なく活躍が出来るのだ。
能力がないと悲惨だけど。
「最強はマコトさんですね」
そういうのはいいから!
気を取り直して話す。
「皆さん、お忙しい所を済みません。
よく集まってくれました。
緊急、ではないのですが、事態の重要さから早急に打ち合わせておきたいと思いまして」
するとグレンさんが立ち上がった。
「マコトさんはああ言われたけど、実は今回の会合は俺の方から依頼した。
ちょっと、みんなの知恵を借りたい」
そう、今日はミラス王太子殿下の近習であるグレン子爵公子が参加しているのだ。
ここは高級レストラン「楽園の花」の王都本店特別会議室。
いつもは教団のラヤ僧正様たちが使っている部屋だ。
お願いして使用権を譲って貰ったんだよね。
快く了承してくれた。
それどころか、お店の料理なども今後はいつでも無料で出すと言われてしまった。
教団の大教堂の土地を寄進したことで、ヤジマ商会の関係者はVIPになったらしい。
嫌だなあ。
俺は何もしてないのに。
それはまあいいとして、今日の会合は参加メンバーがメンバーなだけに、ヤジマ商会でやるわけにもいかなかったのだ。
ヤジマ商会の俺、ハスィー、ジェイルくん、ヒューリアさんに加えて、セルリユ興業舎舎長のラナエ嬢、司法管理官のユマ閣下、そして前述のグレン子爵公子。
俺とジェイルくん以外は、「学校」の同級生たちだ。
議題は言わずとしれたミラス王太子殿下。
その恋の行方である。
「それで、どうなのですの?
ミラスは」
ラナエ嬢が言った。
ぶしつけだけど、まずはそれだよね。
グレンさんがブツブツ言った。
「どう、と言われてもな。
別に変わったことはない。
仕事は熱心にこなすし、ミスが減った。
それどころか、明るくて精力的になった。
ただ」
「ただ?」
「それが全部、フレア様との逢い引きに行きたいが為というのが問題だ」
「問題なのでしょうか?」
ハスィーが言う。
「ミラスとフレア皇女殿下なら、身分的にも釣り合っていますし、問題はないのでは」
「ハスィー、フレア様はここにいないことになっているんだぞ。
正式に亡命したわけでもない。
そんな中途半端な状態で、堂々と交際なんか出来るはずがないだろう!」
グレンさんが怒鳴る。
相当苛立っているようだ。
「グレン、落ち着きなさい」
ユマ閣下に言われてどさっと座り込むグレンさん。
うん、判るよ。
グレンさんにとっては直属の主の問題だもんね。
俺たちにとっては、ある意味他人事だけど。
「つまり、要約するとヤジマ商会としてこれからどうすればいいのか、ということですか」
ジェイルくんが言った。
一番問題から遠い立場なだけに、冷静な突っ込みが出来るのだろう。
俺も似たようなものだが、俺の場合はシルさんからフレアちゃんの保護を任されているからなあ。
正直、ミラス殿下よりフレアちゃんが大事だ。
万一の場合は、例え王太子殿下を犠牲にしてもフレアちゃんだけは救い出さないと。
「ヤジマ商会の対応を決める前に、王太子の近習がどう考えているのか、お聞かせ頂きたいものです。
それが定まっていないと、こちらも動きようがありません」
ハスィーも容赦ないなあ。
傾国姫スキャンダルの件で、そもそもミラス殿下や王政府にはあまりいい感情を持っていないからな。
ある意味、どうでもいいと思っているのかも。
ハスィーはそういう意味では一番純粋で、俺を守るためならミラス殿下とフレアちゃんをまとめて生贄にしかねない。
この無敵の傾国姫を止めるのは、やっぱり俺の役目だろうな。
グレンさんが頷いた。
「近習としては、もちろんこの話がうまくいって欲しいと考えている。
あれから調べてみたが、考えれば考えるほど、フレア様は理想的だ。
あの方以上の王太子妃、さらに将来のソラージュ王妃はいないとしか思えない」
「帝国の皇女殿下が?」
「みんなも判っているとは思うが、王太子妃選びは難しいんだ。
未来の王妃だぞ?
国内の貴族の令嬢から選ぶと、将来的にその縁戚の力が増すことになる。
王妃が子供を産んだら、その王妃の親は未来の王族の祖父母だからな」
「それは、大した問題ではないのでは」
ラナエ嬢が言った。
そういえば、ラナエ嬢のミクファール家は過去に王妃を出したことがあると聞いたことがあるな。
「ミクファール家の場合は、当代が賢明にも王家に対して二歩も三歩も引いていたからだ。
横やりを入れようとすれば、いくらでも可能だ。
しかも、ミクファール家は王妃になった娘に対する援助で財政が傾いたと聞いている」
「ええ、それは一族のトラウマになっています」
ラナエ嬢が身震いした。
「だから、お父様はわたくしに対して『くれぐれも王太子の目に留まるな』と」
グレンさんは頷いて、水をがぶりと飲んだ。
「国内の貴族家から王太子妃を選ぶのは、最後の手段だな。
だが、だからといって外国の王族や貴族から選ぶのも難しい。
縁戚になった家の発言力が増すことには変わりはないからだ。
下手に外国の王家から嫁を迎えたりしたら、将来的な禍根を残しかねない。
そこのところをどう対処するか、というのが実は王太子としてのもっとも重要な任務だと言ってもいい」
そうなのか。
ラノベやレディコミなんかだと、大抵は宰相なんかが「この方とご結婚が決まりました」と言ってくるんだけど。
ソラージュでは、王太子が自分で花嫁を選ぶのか。
「もちろん王政府や議会の承認を得る必要はあります」
グレンさんが肩を竦めた。
「つまり、王様になるに相応しいかどうかのテストみたいなものなんですよ。
選ばれる嫁はいい迷惑ですが」
それはそうか。
王太子から嫁になれと言われても、王政府が拒否したら駄目だもんね。
その時点で、将来が真っ暗になる。
「ああ、だからハスィーは」
「違います!」
俺の不用意な言葉を、ハスィーが激しく遮った。
「わたくしはミラスからそんなことは一言も聞いておりません!
全部捏造です!」
「わかった!
わかったから!」
慌ててハスィーの手を握って落ち着かせる。
俺の中にあった傾国姫のイメージがどんどん崩れていくなあ。
普通の女の子なんです、という台詞は正しかったのかも。
「話を戻しますが」
グレンさんが咳払いをした。
「フレア様は、その点をすべてクリアされておられます。
ご身分は申し分なし。
帝国の皇族とは言っても傍系で、余計な縁戚はないに等しい。
お父上は現皇帝陛下の弟君ですが、既に亡くなられている。
現在の皇帝陛下からの干渉も、まずないでしょう。
さらに」
グレンさんはニヤッと笑った。
「フレア様の母君は帝国の有力な領主の娘であるだけでなく、ご本人も相当な資産を有しておられます。
実家から相続した分に加えて、夫である故皇弟殿下の資産も受け継いでおられますから。
フレア様はその直系の長子ですので、すでに相続した分に加えて母君の資産のかなりの部分を受け取れるはずです。
帝国政府も拒まないでしょう。
それだけの資産があれば、次の皇帝レースに影響が出る可能性がありますからね。
そんなことになるくらいなら、帝国外に持ち出してくれた方がいい。
つまりフレア様が将来的に王妃となられても、財政的な問題はまったくないことになります」
パネェ。




