15.猫マネージャー?
「そういえば、少し気になる報告が上がってきています」
ジェイルくんが発言した。
堂々たるものだ。
俺が言うことじゃないけど、ここにいる人たちはジェイルくん以外は全員が貴族か皇族だからな。
普通の人では、萎縮してしまって何も言えないかもしれない。
なんちゃって近衛騎士である俺がいい例だ。
やっぱジェイルくんって、少なくとも近衛騎士くらいの風格はあるよね。
「『ヤジマ芸能』に出向しているソラルさんが、最近館内で猫をよく見かけるというのですが」
「あら、そうですの?
私は最近、『ヤジマ芸能』には行っていないもので気づきませんでしたけど」
「私も、『ニャルーの館』の方に入り浸りですので」
ヒューリアさんとフレアちゃんは、知らないようだ。
ダンス教師として頑張ってくれた二人だけど、もう社交ダンスの基礎はヤジマ芸能に根付いているからね。
ロイナさんやシリーンさんたちは、社交ダンスという方向ではなくなっているし。
いずれは社交ダンスの技能を持つアーティストを揃えたいところだけど、現時点ではとてもじゃないけど手が出せない。
次々にデビューするユニットの世話と、近いうちに開催予定の大規模コンサートの準備でソラルちゃんは寝る暇もないと言っていたっけ。
きちんと健康管理出来ているだろうな。
「私の方で注意していますから、大丈夫です。
ソラルさんに限らず、激務になりそうな舎員は『ヤジマ医療』の薬剤師が定期的にチェックしていますから」
ジェイルくんがこともなげに言った。
「ヤジマ医療」って、何?
「マコトさんの指示で設立した、医療専門の会舎ですよ。
『ヤジマ学園』の医療部門の講師を集めると同時に、試験的に実際の医療機関としても動かしています。
本来は野生動物の医療が目的なのですが、同時に人間の治療も行う予定で、その方面の専門家を集めました」
さいですか。
俺の不用意な一言が、また大発展しているわけね。
「そんな顔をしないで下さいよ。
『ヤジマ医療』は、ヤジマ商会の希望の星なんですから」
「そうなの?」
「はい。
現在の所、唯一大赤字が期待できる事業です。
連結決算の時には、大いに役に立ってくれると思います」
ジェイルくん、誇らしげだね。
別にいいけど。
話が逸れた。
「で、『ヤジマ芸能』に猫が増えているって?」
「ソラルさんの報告では、ただいるだけではなくて、アーティストと行動を共にしているそうです。
ダンスチームの女の子たちが一人【匹】ずつ連れていたという話もあります」
何それ。
また変な事が始まっているのではなかろうな?
「あ、それは少し聞いたことがあります」
意外にも、フレアちゃんが応えた。
「『ニャルーの館』の大広間で、余興として『ヤジマ芸能』のアーティストが演っているのですが、休憩時間にダンスチームの人たちと従業猫が意気投合してお付き合いを始めたという噂があります」
「猫と人間がですか?」
ハスィーが聞いた。
この中では、一番野生動物に疎いからな。
アレスト興業舎でも、舎長の立場とは裏腹に現場作業にはほとんど関わっていなかったし。
猫喫茶事業にも関係していない。
ニャルーさんとの面識もなかったっけ?
「いえ、そのお付き合いではなくて、友達のような関係ですね。
アーティストの方々って、お仕事でストレスが溜まるらしくって。
『ニャルーの館』に仕事で来て、猫撫でにハマる方が多いらしいです」
「なるほどね」
ヒューリアさんが頷いた。
「『ニャルーの館』で余興を演るアーティストの方は、あまり裕福とは言えませんものね。
つまり、自費で頻繁に『ニャルーの館』に来られるような立場ではない」
「それがどう結びつくんですの?」
ラナエ嬢の質問に、ユマ閣下が答えた。
「つまり、その方々は個人的に猫従業員と話をつけたのではありませんか。
猫の方は、別に『ニャルーの館』にしかいないわけではないでしょう。
従業猫を引き抜くわけにはいかないでしょうが、まだ仕事についていない猫を紹介して頂いて、お友達になって貰ったのかもしれません」
さすがに頭が切れるな、ユマ閣下。
そうなんだろうな。
俺にも判る。
多分間違いなく、「ヤジマ芸能」の女の子たちについている猫は雄だ。
そもそもニャルーさんも言っていたけど、猫喫茶で仕事しようなどと考える猫は雌が多いのだろう。
雄の方は、そんな面倒な事は真っ平だと思っているはずだ。
そこに、「ヤジマ芸能」で働く可愛い女の子から一緒に暮らしませんか? と誘われたら?
ウハウハでついて行く猫がいても不思議じゃない。
「それが本当なら、ちょっと困りますね」
ジェイルくんが言い出した。
何で?
「ひとつは『ニャルーの館』で働いている猫従業員に示しがつかなくなるかもしれないということです。
働きもしないで、ただ人間の世話になっているだけで贅沢が出来ると思われるかもしれません」
でも猫だからなあ。
本来はそういう生き物だし。
「もうひとつは、無断で従業員以外の者を舎内に連れ込んでいることになります。
舎内の状況が筒抜けになるかもしれません」
うーん。
考えすぎだと思うけど。
でも、確かに勝手に猫を会社に連れ込むってのは、日本でもあり得ないよね。
なら、いいか。
「じゃあ、勝手にじゃなければいいんじゃないか?」
俺が言うと、みんなは一斉にこっちを見た。
何だよ。
恥ずかしいじゃない。
「と言われますと?」
「その猫の人たちも、『ヤジマ芸能』で雇えばいいだろう。
アーティストのマネージャ扱いで」
「マネージャですか」
ジェイルくんが、意表を突かれたような顔をした。
他のみんなも途方に暮れた表情だ。
そんなに変か?
「マネージャというと、給料を払うのですか?」
ヒューリアさんが疑わしげに言った。
「当然です。
そもそも、ニャルーさんの目的は猫に仕事を与えることだったんですから。
その回答のひとつが猫喫茶だったわけですが、それ以外の就労方法があってもいいでしょう」
「ですが、猫にマネージャ業が出来るでしょうか」
「それはやってみないと判りませんが、どっちみち既に女の子についているのでしょう?
だったら、体調管理や万一の場合の対処などを依頼してみてもいいのでは」
ややあって、ジェイルくんが言った。
「……判りました。
ニャルーさんに打診してみましょう」
そうなるよね。
名目上とはいえ、「ヤジマ芸能」の舎長はまだジェイルくんだし。
「面白いかもしれませんね」
ユマ閣下が笑った。
「マネージャ業だけでなく、アーティストとしても猫を使ってみてもいいかもしれません。
どういったものになるのかは判りませんが」
無責任に言ってくれているなあ。
でも、可能性はある。
それも言っておいてね。
俺は関わらないけど。
「ではそういうことで」
結局はジェイルくんに丸投げになったけど、いつものことだ。
少しでも経費がかかるわけで、赤字にしたいジェイルくんにも役立つ話だし。
とにかくこれで猫の話はおしまいにしよう。
それより重要なことがある。
俺は慎重に切り出した。
「フレアさん。
『ニャルーの館』で紹介したムト子爵閣下とは、どういった話をされましたか?」
「あら、報告を忘れていました。
ごめんなさい」
フレアちゃんが謝った。
いやそれはいいのですが。
「ムト子爵というと、あの方ですか?」
ユマ閣下が聞いてくる。
知っているな、これは。
「はい。
偶然『ニャルーの館』でお会いしたので、フレアさんにご紹介したんですよ。
帝国の話を聞きたいということでしたので」
これだけで判るはずだ。
案の定、ユマ閣下とラナエ嬢が頷いた。
二人とも「学校」でミラス殿下と同級生だったんだし、ムト子爵が誰なのか知っているだろうからな。
ヒューリアさんも当然判っている。
ジェイルくんは? な顔をしているけど、俺が目配せで黙らせた。
後で教えるから。
「そうですね。
ムトさんはとても内気なご様子で、ご自分からはあまりお話しされませんでした。
結局、私が帝都のことなどを少しお話ししただけで終わってしまって」
おいおいミラス殿下。
何、思春期の純情少年やってるの?
「でも、明日もいらっしゃるそうで、またお会いすると約束してしまいました。
マコトさんの大切な取引相手と聞いていたので、よろしいですよね?」
純情な割に、押しが強いなミラス殿下。
やっぱ本気?




