1.赤字事業?
まずは、独断で決めてしまったカールさんのヤジマ商会非常勤顧問就任について、ジェイルくんに報告しないといけない。
俺は自分の書斎に落ち着くとすぐ、使用人にジェイルくんを呼んで貰った。
幸いジェイルくんはヤジマ商会に戻っていたらしくて、すぐに来てくれた。
「というわけで、元ギルド総評議会議長で帝国皇子のカール・シュミットさんを雇うことになった」
「判りました」
いいの?
「いいも何も、ヤジマ商会はマコトさんの個人会舎ですからね。
何でも自由にするのが当然です。
もっとも」
ジェイルくんは含み笑いをした。
何だよ。
怖いよ。
「さすがマコトさんというか何というか。
本当に呆れてものも言えません。
どうやったら、そんなコネの塊みたいな人を引っ張ってこれるんですか?」
「いや、俺が引っ張るんじゃなくて」
「まあいいです。
マコトさんのやることにいちいち驚いていたら、ヤジマ商会の大番頭など勤まりませんから。
そのカル・シミト帝国皇子殿下は、ヤジマ商会に常駐するわけではないんですね?」
「非常勤顧問をお願いしたから。
でも個室を用意しろとか調度は自分で持ってくるとか言ってたから、毎日出てきそうだなあ。
あ、その用意もお願いね」
出てきて何をするつもりなのか。
そもそも顧問、それも非常勤って俺の常識だと、めったに会社に出てこなくて給料だけ貰う名誉職なんだよな。
某サラリーマンの出世漫画に出ていたけど、経営者って社長を引退したらまず会長になり、それを引退すると相談役になるんだよね。
顧問というのは、そういった出世コースを辿らないどころか、本来はその会社に関係がない偉い人が就く職で、役員待遇だけど仕事はまったくないはずだ。
何かあった時に社長とか会長の相談を受けたり、コネを利かせて取引をサポートしたりという、カールさんにぴったりの職だと思ってそう言ったんだけど。
あの様子だと、それだけで済みそうにないなあ。
まあ、それについてはジェイルくんに何とかして貰おう。
俺は関係ないということで。
そんな俺の黒い思惑をよそに、ジェイルくんは持っていた書類をめくっていた。
渋い顔をしている。
「何か?」
「いえ、先日のホス・ヨランド様にも、ヤジマ商会の顧問をお願いしていたのですが」
「そうなんだ」
あの人も、学術方面のコネや知識は凄そうだからな。
近衛騎士だし。
「それは快諾いただけたのですが、報酬はいらんと言われてしまいまして」
「何と」
「その代わりに、学術調査などをするときには便宜を図って欲しいということでした。
資金面では迷惑はかけないからと」
「いいんじゃないの?」
ヤジマ商会はともかく、アレスト興業舎なんか野生動物の協力が得られるわけだから、発掘調査とか山奥なんかでも役立ちそうだけど。
「私の思惑では、ホス様が持ち込んでくる経費ばかりかかってまったく利益が上がらないプロジェクトを推進できるかと思っていたんですが」
何それ。
「ですから、ヤジマ商会の事業が順調すぎて困っているんですよ。
今やっている事業は、すでに全部黒字化しています。
このままでは大幅な利益超過に陥りそうです」
「それの何が悪いのか判らないんだけど」
俺が言うと、ジェイルくんは泣きそうな表情で言った。
「いいですか。
今ですら、資本参加や投資したいという大商人や貴族が押しかけてきているんです。
集まった資金を使い切れません。
しかもヤジマ商会の事業が初年度からうまくいってしまっていて、投資に対する配当が莫大なものになりそうなんですよ」
「でも金があるんなら、払えるんじゃ」
「それはそうです。
ですが、もし初年度から配当が高率で支払われたらどうなると思いますか。
次年度はさらに投資の申し出が殺到するのは目に見えています。
そんなことになったら、今ですら使い切れていない金が積み重なってしまって、下手をすると金余りで破綻ということになりかねません」
よくわからん。
税金か何かのせいか?
それとも政府の介入とか?
まあそれはともかく、ジェイルくんの不安の理由は判った。
つまり、大赤字を出しそうな事業を新しく始めればいいんだよね?
「前からそう言っているじゃないですか。
理想を言えば、全体としてみると毎年度多少赤字が出る程度の事業を展開して行きたいんです。
なのに、マコトさんが始める事業はどれもこれも最初から大当たりで」
そんなの知らん。
大体、俺が始めているんじゃないだろう。
でも、赤字を出せばいいのなら簡単だ。
俺だって、日本ではサラリーマンとしてきちんと給料を貰っていた男だ。
赤字を出すにはどうすればいいのかくらい、身にしみて判っている。
経費を使いまくってその成果が利益に繋がらなければいいんだよ。
むしろそうならないようにする方が遙かに難しいぞ。
「よし判った。
じゃあ新事業を始めよう」
「本当ですか!
絶対に赤字になる事業でしょうね?」
「任せてくれ。
利益が出るにしても、遠い未来のことだ。
しかも、それは収入としては入ってこない。
完璧だろ?」
「そんな仕事があるんですか?」
ジェイルくん、疑り深くなってしまっているなあ。
今まで何度も俺に裏切られてきたせいか。
悪いことをしたな。
でも大丈夫。
これは絶対、儲からない仕事だ。
「専門教育をやろうと思うんだ」
俺の言葉に、ジェイルくんは怪訝な顔を向けてきた。
「教育事業ですか。
それはすでにヤジマ学園という形で計画済みですが」
「今考えているのは基礎教育と技能教育だろう?
そうじゃなくて、総合的な専門家育成機関を作るんだよ。
高度な技能職とか、経営・管理者とかを育てる」
ジェイルくんは、宙を見つめてブツブツ呟いたかと思うと、いきなりくわっと目を開いた。
「そうか!
『学校』ですね!」
判ったみたいだ。
「その簡易版だけどね」
「確かに!
膨大な経費がかかる割に、リターンがすぐには望めない!
それでいて、最終的な成果は望外なものになる可能性が高い。
さらに、やる大義名分も完璧だ!」
「ハスィーたちを育てた時みたいな、教師として最高峰の人材や設備を投入するつもりはないんだ。
『学校』は、どうもオールラウンドな人材を育てようとして過剰な投資をやったみたいだけど、あそこまでは出来ないしね」
ハスィーもそうだけど、ラナエ嬢やユマ閣下を見ていれば判る。
ミラス殿下や近習のモレルさん、グレンさんも成功例だろう。
だけど、もともと資質があった人以外にはその投資が無駄になってしまっている例が多いんじゃないかなあ。
王太子を育てるために高度すぎる教育を施したんだけど、ついていけなかった人が大多数だったんだろう。
そこら辺の高校のクラス全員をハーバードやオクスフォードとかに入れても、大多数が落ちこぼれるのと同じだ。
だから、生徒は選ぶ。
「すると?」
ジェイルくんが、いつの間にか七つ道具のメモ帳を手にしていた。
このイケメンこそ凄いよね。
「学校」に行ってないのに、ラナエ嬢たちと互角にやり合えているのだ。
貴族に生まれていたら、今頃はグレンさんたちと一緒にミラス殿下の近習をやっていたんじゃないかな。
いや、ちょっと歳が合わないか。
「俺が今考えているのはまず、野生動物医療の専門家の養成だね。
つまり獣医学校を作りたい。
人間向けじゃなくて野生動物の治療やケアが出来る人と、後は野生動物から治療方法を学んで人間向けにフィードバックできる人材を作る」
「なるほど。
今後どうあっても必要になりますからね。
それでいてすぐに利益が上がらない、と」
「うん。
それから、野生動物と共同して警備したり作業したりする専門家も育てたいな。
後はもちろん、管理職や経営者の育成」
「なるほどなるほど。
確かに、どれもこれも短期的には利益が望めそうに無いですね。
しかも経費は膨大になりそうだ……」
ジェイルくんが不気味な微笑みを浮かべて皮算用を始めるのに少し引きながら、俺は続けた。
「貧乏でも優秀な生徒は奨学金で集めたいね。
生活費込みで。
卒業後に返して貰うか、一定期間ヤジマ商会関係で勤務して貰うのが条件」
「凄い!」
「それだけじゃないぞ。
そこで使う教科書や教材の開発・生産費用、ヤジマ学園自体の建物や設備、その維持運営費……」
「そうか。
その費用も経費に計上できますね!」
驚喜するジェイルくん。
マジでキャラ変わってない?




