15.ドワーフ?
困った。
俺からは断れない。お世話になっている人から進められた話は、よっぽどのことがないと拒否できないのだ。これはサラリーマンというか社会人としての常識だ。
マルトさん自身が紹介して、ジェイルくんも立ち合って、冒険者チームのマネージャとの面接でどうか、と言われる。
これはもう詰みだ。
いや、俺に他の就職先があるなら断ったってかまわないのだ。だが、ジェイルの奴に「就職先が限られる」と断言されてしまっているし、もうどうしようもない。
あとは、このシルさんの方から断ってもらうという方法もあるけど、この調子では無理だな。
断るなら、もっと前に言っているはずだ。
そもそも、ギルドの有力者であるマルトさんから話がいった時点で、『栄冠の空』にとっては仕事になってしまっている。
つまり俺を採用することで、マルトさんに貸しができるわけだ。
この場合、俺の能力とか資格とかはあまり関係がないわけで、つまりアレだ。政治家の紹介でどこぞのおぼっちゃまを企業が採用するという、コネ入社なんだよな。
もちろん、日本と違って正社員で受け入れるというわけではないし、使ってみて駄目ならすぐに首だろう。
それでも、とりあえずマルトさんの要求を聞いたわけだから、『栄冠の空』にとっては美味しい仕事ということになる。
駄目か。
しょうがないか。
いや、もうちょっと抵抗してみるか。
駄目もとで。
「あの、私に出来るような仕事が、『栄冠の空』さんにあるんでしょうか」
「そうだな。もちろん、荷物運びなどの労働職があるが、それだけではない。マコトには、我が『栄冠の空』の業務全般について観てもらって、出来ればアドバイスなどしてくれたらと考えている」
そうか。
やっぱ荷物運びか。
俺に出来るかな……って、何を言っているんだ? アドバイス? というような意味のことを言っているんだろうけど、俺風情が現役の冒険者に対して何を言えと?
「いや、アドバイスなど、とても無理でしょう」
「マルトさんから聞いたが、マコトはアイテイとかいう専門技能を持っているとか。我々としても、他の専門職の視点からのチェックは非常に有益であると考えている」
マルトさん!
何いい加減なことを言ったんだよ!
アイテイって何だよ!
絶対誤解してるな。
それにしても、単なる肉の壁としての採用ではないらしいのは助かった。
アドバイスか。
適当なことを言っていれば、もしかしていいのか?
どっちにしても、もう断れないだろうし。
俺としても、いつまでもプーでは困るしな。
仕方がないか。
まあ、駄目だったら駄目でしたと言ってまたマルトさんを頼ればいいか。
ここが社会人の不思議なところで、今回の場合、俺の希望を聞かずにマルトさんの都合で仕事を紹介されたわけなので、もし駄目だったとしても俺のダメージは少ない。
駄目でした、と言えるわけだ。
これが、自分から希望して仕事を紹介して貰った場合は、やっぱり駄目でしたでは通らないことが多い。
まあ、シルさんもインターンだと言っていたしな。
どうせ何か仕事しなきゃならないんだから、やってみようか。
「判りました。お役に立てるかどうか何とも言えませんが、よろしくお願いします」
シルさんは、ほっとしたように言った。
「それは良かった。あ、ところで形式的だが一応、面接を受けてもらう。当社の現場職の連中の顔通しの意味もあるからな」
現場の連中って、つまりは冒険者ね。
荒事専門の。
まあ、一緒に仕事する奴を見定めるというのは当たり前か。
日本とは違うのだ。
下手な奴を仲間にすると、パーティが全滅する可能性もあるしな。
いやいや!
俺はそんなクエストは拒否するから!
拒否できるよね?
釈然としないまま、俺はとりあえずシルさんから出来るだけ情報を引き出した。
シルさんが所属する冒険者のチームは『栄冠の空』、正メンバーは45名。これは、冒険者のチームとしては大きい方だという。
というよりは、この街でベスト3に属するチームで、冒険者としては大企業といっていい。
ラノベだと『大規模パーティ』とか『クラン』とかいうんじゃないのか。もっとも俺の耳にはチームと聞こえるので、そういうものなのだろう。どういうものなのかは判らないが。
チーム『栄冠の空』には複数のパーティが存在するが、ラノベに出てくるような個人的な繋がりによるものではなく、日本で言うプロジェクトみたいなものらしい。
俺の耳にプロジェクトと聞こえないということは、もちろんプロジェクトではない。何とも訳しようがないのかもしれないな。
冒険者のパーティと言えば、ラノベだと大抵主人公がリーダーで、あとはハーレム要員兼主人公スゲーのサポーターと決まっていると思うけど、もちろんこっちではそんなことはない。
基本的には、ギルドなどから仕事を受注することで、その仕事に合ったパーティが組まれるそうである。
パーティのリーダーもその都度決まる。
といっても、大抵その仕事を担当するリーダーは固定されていて、メンバーを集めるということになる。そのメンバーもほぼ固定で、今までなかったような仕事が来た時だけ、新しく人を集めるそうだ。
『栄冠の空』の正式メンバーは、そのリーダーと副リーダー、あと必要に応じて数人で、その他は俺みたいな臨時雇いで揃えるらしい。
もちろん、いきなり素人を持ってきて担当させるわけにはいかないので、契約社員とか派遣社員みたいな人がほとんどだということだ。
つまり、俺は『栄冠の空』にしてみれば特殊な例であり、受け入れること自体が仕事といっていい。
多分、マルトさんが俺を試す意味でやったんだろうな。
死なない程度にしごいて、根を上げるかどうか試すわけだ。
だったら俺としては、駄目なら駄目でいいというわけにはいかなくなる。
困ったなあ。
まあいいか。何とかなるだろう。
会社に入ったときも、右も左も判らなくてずいぶん人に迷惑かけたけど。
主任、ごめんなさい。
恩を返す前に異世界に来てしまった。
多分だけど、もう会えない気がしますが、あなたに叩き込まれた社会人スキル(さぼり方、ごますり、言い逃れ、責任転嫁、開き直りなど)を駆使して、こっちの世界でも頑張ります。
ちなみにシルさんは、マネージャというよりは会社でいうと渉外担当という役割らしい。営業と広報と総務が混ざったような仕事で、つまりは事務職だという。
いいなあ。
識字率が低い社会における事務職って、ストレートにエリートだよね。
何より、ダンジョンに挑んだり盗賊から商隊の馬車を守ったりしなくていいのが素晴らしい。
と思ったら、手が足りない時はシルさんも現場に出るそうだ。
戦闘員としても有能ということだろうか。そんなラノベみたいな人もいるんだなあ。
とにかく、最初の取っつき悪さが嘘のようにうち解けた俺たちは、そのままみんなで昼飯になだれ込んだ。
シルさんと俺、ジェイルくんの3人だが、ジェイルくんが「ここは私に任せて下さい」というので助かった。
もっとも、場所は昨日と同じ食堂だったけど。
食いながら、ふと思いついてシルさんに聞いてみた。
「そういえば、ギルドのハスィーさんにお会いしたことがありますけど、あの方はエルフなんですってね」
「そう聞いているが」
「『栄冠の空』にも、エルフやドワーフといった方はいるのですか?」
「いるよ。ちなみに、私はドワーフだ」
な、なんだってーっ!




