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サラリーマン戦記 ~スローライフで世界征服~  作者: 笛伊豆
第二部 第五章 俺が真の迷い人?

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23.コサック?

 笑えない。

 近衛騎士だけでも真っ青なのに、帝国皇族だと?

「なぜそんな」

「わしにもよく判らんが、さっきも言ったように『迷い人』を皇族名簿に載せろというのは初代皇帝の命令らしい。

 そもそも皇族名簿なるものは、そのために作られた可能性がある」

 そうか。

 皇帝の血筋を伝えるだけなら、皇族名簿なんか必要ないからな。

 血統と無関係な、例えばカールさんみたいな人を皇族にするには、それしかないのか。

 何なのそれ?

「マコト殿は知らないだろうが、実はホルム帝国初代皇帝は『迷い人』であった、というのはほぼ定説でな。

 わしも勝手に皇族名簿に載せられたこともあって、ギルド総評議長時代に調べてみたことがある」

 結果は?

「間違いないと思う。

 これはホス・ヨランドにも話していないことだが、初代皇帝の遺物とされるものが帝国紋章院に保管されておる。

 他国人どころかなまじの帝国貴族にも門外不出だが、帝国皇子であるわしにはその扉が開かれておって、拝観することが出来た」

「地球のものだったんですか」

「そうだ。

 それどころか、初代皇帝の正体もほぼ特定できた。

 彼はおそらく、帝制ロシア時代のKosaken(コサック) Kavallerie(きへい)だ。

 わしは歴史が好きで、その辺りの知識はあったからな。

 特徴的な装備や帽子が残っておったよ」

 帝制ロシアか。

 今のロシアの前がソビエト連邦という国で、その前にあった国だったっけ。

「ロシア帝国の軍人ですか」

「そうだな。

 帝制ロシアは多民族国家で、少数民族もその軍に参加していた。

 Kosak(コサック)は判るか?」

「聞いたことはあります。

 騎馬民族でしたよね?」

 ゲームに出てきたことがあった気がする。

「民族というのとは少し違うが、まあそんなものだ。

 騎兵として優れていて、部族単位で行動していた。その首領というか首長はロシア帝国の貴族の爵位を与えられていたはずだ。

 初代皇帝は、Kosak(コサック)の貴族階級だったのだろう。

 だからある程度の教養もあり、また貴族としての礼儀作法も心得ていた。

 でなければ、いくら『迷い人』でもいきなり当時のホルム王国の中枢に入り込み、王女と結婚したりはできないからな」

 そうなんだろうな。

 俺なんか、あれだけ特訓しても貴族としての作法がまだ心許ない。

 ああいうのって、小さい頃から当たり前に習ってないとなかなか身につかないんだよね。

 地球とこっちでは作法が違うだろうけど、多分下地が出来ていたから、馴染みやすかったんだろう。

「帝国初代皇帝の逸話は数多いが、そもそもこちらの歴史に初めて記されたエピソードは、傭兵としてホルム王国に現れたというものだ。

 Kosaken(コサック) Kavallerie(きへい)なら当然だが、普段の服装や装備が既に軍人だからな。

 転移してきた時点で、当然武装していたのだろう。

 おそらく騎馬で」

 うーん。

 よくそれで無事でしたね。

 そんなのがいきなり現れたら、現地の軍とすぐに衝突しそうですが。

「初代皇帝の逸話で有名なのは、強力無比な武人であったにもかかわらず、直接的な武力の行使を極端に嫌ったというものだ。

 戦うのは最後の最後で、それまではあらゆる手を尽くして相手を説得しようとしたらしい。

 つまり、『戦わない傭兵』だったわけだ」

 あれ?

 どっかで聞いたような。

「ホスから聞いているだろう?

 異世界人が生き残る条件を」

「あ、はい。

 平和主義で、正直で、『いい人』だと」

「そうだったのだろうよ。

 帝国初代皇帝陛下も、な。

 正直で争いが嫌いで、まっすぐな」

 そうなのか。

 傭兵というか、軍人なのに。

「当時はロシアのみならず、世界的にまだ血筋がすべてだった時代だ。

 つまり貴族の家に生まれたら、どんなに向いてなかろうが否応なく貴族として生きるしかない。

 ましてKosak(コサック)だぞ?

 本人の性格や性向に関わらず、軍人にならざるを得なかっただろうよ。

 しかも単なる兵士ではない。

 部下を率いる指揮官としてだ」

「それで、その初代皇帝陛下は軍人として行動していたと」

「だろうな。

 そして、自分だけなのか部下が一緒だったのか判らないが、こちらへ転移した。

 場所は現在の帝国、つまり小さな所領がお互いに争い合っていた場所だ。

 どんなに嫌でも、戦うしかなかっただろう」

「そんな中でも、出来るだけ戦闘を避けようとしたんですね」

「そうらしい。

 初代帝国皇帝になったほどの男だ。

 優しいだけではなかったはずだ」

 「迷い人」の第一条件が「いい人」で、その次が「正直」なんだとしたら、確かにすぐに戦い始めるような人では駄目だろうな。

 でもそんな人が「帝国」なんか作りますかね?

「やむを得ない事情もあったのだろうし、そもそも彼の知っている国のあり方が帝国しかなかったということもあるだろう。

 百年以上前の軍人だぞ?

 当時の地球はまだKolonialismus(しょくみんちしゅぎ)が当たり前だったし、王制や帝制がむしろ主流だった。

 Demokratie(みんしゅしゅぎ)やKommunismus(きょうさんしゅぎ)は、まだ実験段階のあやふやな制度だったのだ。

 いかにまっすぐで優しい男だったとしても、国を統一して平和を維持するためには帝国を建国するしかなかったのは判る。

 そしておそらく、彼は最後に思ったのだろうな。

 出来れば自分の次に現れる『迷い人』に後を継いで欲しい、と」

 それで皇族名簿か!

 身勝手な!

 ていうか、むしろ無謀だぞ。

 カールさんにしても俺にしても、帝国の皇帝になる気なんかゼロだし。

「まあ、強制ではないからな。

 条件は整えるから、好きにしろというところだろう。

 お互い、助かったな」

 カールさんはそう言って笑ったが、俺はそれどころじゃなかった。

 このままでは下手すると帝国の皇族にされてしまうかもしれないじゃないか!

「可能性としてはもう一つある。

 自分が『迷い人』だっただけに、条件さえ揃えば『迷い人』がこちらの世界でどれほどのことを成し遂げることができるか、身にしみていたことだろう。

 だから身内にしてしまい、自分の子孫を守ろうとしたのかもしれん」

「ああ、そうか。

 よそでのし上がられるよりは、取り込んでしまえと」

「それでも安全とは言いがたいが、帝国以外で力を伸ばされて、敵対されるよりはマシだと思ったのかも、な」

 つくづく迷惑な人だな、初代帝国皇帝。

 帝国を建国するなんて、あんた以外には出来ませんって。

 ていうか、そもそもやりたくないし。

 少なくとも俺は、小さくてもいいから安定した会社の正社員になりたいだけなんだよ!

 もう無理だろうけど(泣)。

 俺は、ふと思いついて言った。

「そういえば、ホスさんか誰かからちらっと聞いたことがあるんですけど、『迷い人』の扱いを間違えると危険だ、というような話は本当ですか?

 それで国が滅んだこともあるとか」

 カールさんはため息をついて、ソファーに背中を埋めた。

「ああ、知っている。

 私が転移する前に起きた事件で、こちらの世界中を震撼させたらしい。

 極秘の報告書が残っていたよ。

 Streng(トップ) geheim(シークレット)だ。

 私も、ギルドの評議員になって初めて読んだくらいだ」

「そんなに」

「民衆や下級貴族の大部分は知らないだろうな。

 かえって商人たちの方が詳しいかもしれん。

 『迷い人』の扇動によるRebellion(はんらん)だよ」

「反乱、ですか」

 でもそれって、出来るのか?

 魔素翻訳で内心が丸わかりになってしまうんだぞ?

 群衆を扇動するようなことは無理な気がするけど。

「北方の小さな国でのことだ。

 ある『迷い人』というか、転移者が圧制者を打破して民衆が主役の理想社会を作ると宣言して、貧しい階層を率いて立ち上がったのだ。

 たまたま飢饉などで不満が溜まっていたことも運が悪かった。

 Rebellen(はんらんぐん)は地方領主を襲い、警備隊員や騎士を捕らえて処刑した。

 最終的にはその軍勢は王城に迫り、王の要請で派遣された周囲の国の軍隊がその連中を鎮圧したらしい。

 転移者も処刑されたそうだ。

 Rebellen(はんらんぐん)のリーダーたちもことごとく捕らえられたが、民衆にあまりにも多数の犠牲者が出て王家が支持を失ったことと、支配層が壊滅したことで国家として立ちゆかなくなり、結局その国は分割されて周辺国家に併合された」

 そんなに。

 あり得るんですか、そんなことが。

「あったのだ。

 その転移者はまだ若い男で、人を引きつけずにはおかない熱意と純真さに溢れ、我々は鎖を断ち切って民衆が主役の社会を作り出さねばならない、と演説した。

 理論的にも情緒的にも正しい論理を振りかざしてな。

 そして宣言したそうだ。

 これは『Kommunistsche(きょうさん) Revolution(かくめい)』である、と」

 共産主義者の迷い人か!

 やっぱロシアの方の人だったんだろうか。

「理想に燃えた初期のKommunistsche(きょうさん) Partei(とう)の若き党員だったのかもしれん。

 Kommunistsche(きょうさん) Revolution(かくめい)の後、次に何が来るのかを知らない世代だったのだろう。

 わしには嫌悪感しかないがね」

 カールさんは、吐き捨てるように言った。

 東ドイツの秘密警察(シュタージ)に怯えて暮らしていたとしたら、そうだろうなあ。

 俺も賛成だ。

 革命なんか真っ平だ。

「『迷い人』が監視されるのは、そういう理由もあるのだ。

 さっきは『迷い人』が自由だと言ったが、思想的な行動を取ると当局が介入してくる可能性がある。

 マコト殿も、何かの思想を広める際には注意することだな」

 しませんよ!

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