20.同胞?
そのカルさんとやらは、俺の屋敷からみて貴族街を挟んで王都の向こう側に住んでいるらしかった。
ジェイルくんが「手の者」を放って確認したところ、いつ来てくれてもいいということだったので、俺は訪問客の予約が空いた時を見計らって尋ねることにした。
先方は貴族じゃないようだし、貴族街の外側なので、仰々しいお付きの馬車とかは必要ない。
従者もいらないということで、超忙しいジェイルくんはパスだ。
その他の人たちも、みんな自分の仕事でてんてこ舞いだからな。
特にジェイルくんは舎長をいくつも掛け持ちしている状態で、そのうち倒れるから早く後任を見つけろと言っているんだけど、なかなかそうもいかないらしい。
有能な人たちはもう、シルさんのアレスト興業舎とかラナエ嬢のセルリユ興業舎に拘束されてしまって、こっちには回ってこないんだよね。
ヤジマ商会は短期間に発展したから、まだ人が育っていないのだ。
俺が言うことじゃないけど。
ヤジマ芸能はソラルちゃんが頑張って何とか回しているし、キディちゃんとフレアちゃんは「ニャルーの館」に毎日通っていて、もうブラック企業状態。
ヒューリアさんも教団から呼び出しを食らって朝飯もそこそこに消えてしまった。
比較的暇なのは俺くらい。
シルさん、ラナエ嬢、ユマ閣下なども全員自分の仕事に忙殺されていて、とてもじゃないけど同行になんか誘えない。
夕食会にはみんな根性でやってくるけど、もはや仕事の話は真っ平らしく、最近は馬鹿話で終始している。
まあ、もうちょっとしたら落ち着くとは思うんだけどね。
というわけで、俺は珍しく一人で出かけた。
一人とはいっても、馬車の御者の人の他にハマオルさんがついてくれている。
ちなみにこの御者はヤジマ商会で新しく雇った若い男で、シイルの同僚だったあの二人は「ヤジマ学園」に行ってしまった。
アレスト興業舎の正舎員としてだから、昇進なんだけどね。
それでもヤジマ商会というかこの屋敷を離れるのを残念がっていた。
よく判らないけど、ヤジマ商会本舎に勤務するのってエリートの証なのだそうだ。
いや、いくらエリートでも御者とか給仕やっていては駄目でしょう。
やっぱサラリーマンは第一線で活躍してこそだよ。
書類にサインしかしない俺が言うんだから間違いない(泣)。
ハマオルさんも御者席にいるので、馬車の中は俺一人だ。
暇つぶしにあの名刺? を取り出して眺めてみる。
見れば見るほど凝った作りだ。
金がかかっているな。
そういえば、俺のも作ろう作ろうと思いながら手配してなかったりして。
こないだジェイルくんに聞いたら、この名刺もどきは自分のことを相手に覚えて貰うために渡すものなので、今の俺みたいに会う人が誰でも俺のことを知っているような場合は必要ないそうだ。
そんなもんかね。
まあ確かに、これまで俺が自分から会いに行った人っていなかったしな。
大抵は呼び出されたり、相手から尋ねてきたりしているので、名刺を渡す意味がなかったのだ。
そういえば今回も同じで、俺って呼び出されて向かっていたんだっけ。
もっとも向こうが俺に用があるというよりは、「迷い人」についてもっとよく知りたければ尋ねてこいということなので、呼び出しかどうかは疑問だ。
でも情報は多い方がいい。
「迷い人」については、まだよく判らないことがたくさんありそうな気がするし。
でも、判ったところで日本に帰れるわけでもなし、どうでもいいと言えばそうなんだけど。
そんなことを考えている間にも馬車は進み、気がつけば辺りは歴史が古そうな落ち着いた街並みに変わっていた。
ヒューリアさんに聞いた所では、この辺りは王都では貴族街の次くらいに開発された住宅地で、貴族ではないにしても上流階級が多く住む地区だそうである。
ヤジマ商会がある地区より由緒ある場所らしい。
富豪というほどではないにしても、歴史が古いとか社会的な地位が高くてそれなりのお金持ちの人たちが引退後に多く住む場所ということだった。
ギルドの元総評議長というとその条件に当てはまるから、その通りなのだろう。
並木道は広く、両側にはそう大きくはないけどいかにも高級そうな屋敷が続いている。
高齢化して身体が利かなくなったら、こういう所に住むのもいいかもしれないな。
そう思っていると、馬車はヤジマ商会の屋敷よりは小さいけどそれなりの家の門の前で止まった。
門番らしい人がいて、ハマオルさんとやりとりがあった後、門が開かれて馬車が入っていく。
厳重だな。
重要人物が住んでいるのか?
ギルドの元総評議長ならそうか。
引退したアメリカ大統領にも警護がつくようなもので。
馬車がエントランスで止まると、ハマオルさんが身軽に御者席から飛び降りてきて、馬車のドアを開けてくれた。
「ありがとう」
「いえ。
それよりご注意下さい」
ハマオルさんが真剣なので、俺も背筋を伸ばす。
「何か?」
「並の警護ではありません。
気配を絶っておりますが……。
敵意は感じませんが、私のそばを離れないようにお願いします」
「判りました」
ハマオルさんがここまで言うとは。
つまり、少なくともハマオルさんと対等にやり合えるクラスの手練れがいるということか。
敵意がないというのが救いだな。
「大丈夫でしょう。
でも用心はします。
ありがとうございます」
「何の。
主殿は命に代えてもお守りします」
怖いな。
まあいいか。
そう思いながら待っていると、エントランスのドアが開いて執事らしい人が出てきた。
「ヤジママコト近衛騎士様ですね。
主がお待ちしております。
こちらへ」
俺の前にいたハマオルさんの身体から、一瞬凄まじい気迫が発散したような気がした。
執事さんは何事もなかったように背を向ける。
「主殿。
本日のご訪問は中止することは出来ませぬか?」
ハマオルさんが押し殺したような声を発した。
「それはちょっと」
「……判りました。
では、私が合図したら全力で撤退して頂きたい。
初撃は何としても防いでみせますが、その後は判りませんので」
そんなに!
ラノベじゃないんだから、厨二的な表現は止めて欲しいのですが。
ホスさんの紹介なんだから、そんな大事にはならないと思うんだよね。
ハマオルさんにここまで言わせるとしたら、むしろ安全という気もするし。
「大丈夫だと思います。
多分」
ハマオルさんは俺を振り返って、それからなぜか顔をほころばせた。
「仰せのままに。
主殿」
俺とハマオルさんは、執事さんの後について廊下を歩き、すぐに立派なドアの前で止まった。
執事さんがドアをノックする。
「ヤジママコト近衛騎士様がいらっしゃいました」
「入って頂け」
くぐもった声がする。
あれ?
何か引っかかったけど、何だろう?
「失礼します」
まず執事さんが入室し、ドアを押さえてくれたので、俺は部屋に踏み込んだ。
ヤジマ商会の俺の書斎によく似た、居心地が良さそうな部屋だった。
奥にデスクがあり、その前にソファーが配置されている。
ご主人らしい人は、デスクではなくソファーに座っていた。
ご高齢だ。
髪の毛は真っ白で、碧い目が目立っている。
結構イケメンだな。
俺は執事さんの誘導のままに、その人の前に立って礼をした。
「ヤジママコトです。
ヤジマは家名なので、よろしければマコトと呼んで下さい」
何といったっけ、忘れたけどこの屋敷のご主人は俺をじっと見つめてから、不意に問いかけてきた。
「Was fur Auslander?」
何それ?
ええと、まだソラージュ国籍は取ってないんじゃなかったっけ?
いやララネル家近衛騎士なんだから、もうソラージュ国民だと思うけど。
「ヤジマか。
Japanischかね?」
え?
「やはりな。
私の名はCarl Schmitt。
Ost-Deutschland出身だ。
ようこそソラージュへ。
後輩」
ええええっっっ?




