14.開館?
いよいよ猫喫茶……じゃ既になくなっているような気もするけど、とにかくニャルーさんが店長を務める「ニャルーの館」一号店の開館日がやってきた。
いや、もう店の規模じゃないんだけどね。
強いて言えば施設かなあ。
内容的には大規模な健康ランドとしか思えないし。
それでも下働き従業員はともかく、メインの接待要員が猫という前代未聞の施設だ。
例によってジェイルくんやキディちゃんに丸投げしたので、正直俺は未だにその内容をよく知らない。
今までの事業にしても、最初のトリガーと青写真は俺なんだけど、俺のいい加減な説明やら希望やらを現場担当者が勝手に解釈して、出来上がったらとんでもないものになっていることが多かった。
というよりは、全部そうかも。
まさかドリトル先生やもの○け姫があんなことになるとは、誰も思わないよね。
最近ではアイ○スやらアニメに出てくる「学校」があんなことになったし。
それは俺のせいだけど。
というわけで、もう懲りた俺は猫喫茶については一切口を出さず、キディちゃんたちの思い通りにやらせたのだった。
というよりは放置したんだけど。
報告は聞いていたけど、よくわからなかったしな。
でも、予算が当初予想したより二桁くらい上になったことや、猫は別にして人間の従業員もやはり数十倍以上に増えたことだけは知っている。
そりゃ、喫茶店やるつもりで健康ランド作ったらそうなるよね。
怖いしカカワリアイになりたくないので知らない振りをしていたら、俺の借金の金を湯水のように使って凄いことになったらしい。
もういいよ。
ジェイルくんも何も言ってないしな。
でもジェイルくんによれば、ヤジマ商会は上手くいきすぎていて困っているので、ここらで一発大赤字を出したいとのことだったけど。
今回も駄目みたいだね。
「そうですね。
まあ、それはそれでありがたいことなのですが」
俺の隣で呟くのはヤジマ商会の大番頭たるジェイルくんだ。
「ニャルーの館」の事務棟の二階から見ているんだけど、やはり凄い事になっていた。
「アレストサーカス団を思い出すよね」
「あっちの方が、まだましだったような気がします」
人が門の前に溢れていた。
前にも言ったけど、こっちの世界では何かの施設や機関はいつも決まった時刻に開くということはない。
もの凄くアバウトで、人が集まったから開こうというような話がまかり通っている。
つまり、開場予定時刻などというものがないため、早く入ろうと思ったら早く来て並ぶしかないのだ。
だからだと思うけど、初日に既にパンク間違いなしの人数が押しかけていた。
この辺、王都でも郊外の方なんだけどなあ。
こんな得体の知れない施設によく押しかけるもんだよね。
「やはり、ヤジマ芸能の入場券を割引に使えると宣伝したためでしょうか」
「それもあるとは思うけど。
でも、入場券に『ニャルーの館』の地図まで載せたのはやり過ぎだったかもしれない」
そうなのだ。
ヤジマ芸能の劇場に入るためには入場券が必要なのだが、その半券を持ってくると「ニャルーの館」の料金が割引になるサービスを行っているのだ。
いや、前代未聞の猫喫茶なるものに最初から人が集まるとは思えなかったので、客寄せしようと思っただけなんだけどね。
ここまでとは。
「ギルドの建物や、関連施設にポスターを貼ったのも間違いだったかもしれません」
「しょうがないよ。
最初から閑古鳥が鳴くのはやっぱり困るし」
猫喫茶なんてものはこっちの世界には存在しない。
だから、どれくらい反響があるのか判らなくて、とりあえず地味に宣伝したんだよね。
アレストサーカス団の時は、何だかんだ言ってフクロオオカミが有名になっていたし、色々噂が流れていたからあれだけ人が押しかけたと思っていたんだけど。
忘れていた。
王都の人口はアレスト市とは桁違いなのだ。
しかも、どちらかというと商業中継都市であるアレスト市と違って、王都は芸術や学問、あるいは政治経済に従事する人の割合が多い。
貴族や上流階級、あるいは大商人などの裕福な階層の人数も段違いだろう。
その分、こういった新しい試みに飛びつく人も多数いることを考えるべきだった。
今更どうしようもないけど。
「開けるしかないか」
「そうですね。
では、開館を指示します」
そう言ってジェイルくんが去ると、俺はがらんとした部屋を見回してため息をついた。
全員、出払っているんだよね。
事務職員まで総動員して開場準備だ。
今日は様子見のつもりで来たけど、なるべく早く逃げた方がいいかもしれない。
「あ、マコトさん!」
「ニャルーの館」の制服を着た女の子が叫んだ。
しまった。
捕まった。
「ニャルー店長が呼んでます!」
あの猫又、親会舎の会長を呼びつけるのか。
しょうがないな。
「判った。
どこ?」
「ご案内します!」
張り切っているなあ。
この娘もアレスト興業舎からの出向で、もともとはアレスト市で採用されたんだっけ。
名前は確かサリさん。
ソラルちゃんのコネで入舎したと聞いたから、商家の係累なんだろう。
事務棟の廊下を歩きながら声をかける。
「サリさん、仕事はどう?」
「楽しいですよ!
まさか私が王都で働けるなんて。
それだけでもう、感謝感激です!」
そうなのか。
まあ、江戸時代だからね。
地方都市出身の女の子がいきなり王都に出てきて仕事があるというのは、確かに希有な状況かも。
「アレスト市からこっちに来てかなりたつからなあ。
アレスト興業舎も大きくなったんだって?」
「はい!
もう、ギルドを除けばアレスト市で最大の団体と言ってもいいです。
就職先として大人気で、募集があるともの凄い競争率だって聞きました!
あたしはソラルのコネで上手いこと滑り込めて、ラッキーでした!」
そうか。
マルト商会関係の人なんだろうな。
こっちの世界の就職はコネだからなあ。
それも、誰かを知っているというだけじゃなくて、信頼できるかどうかにかかってくる。
例えばこのサリさんが何かをやらかした場合、ソラルちゃんの信用に関わってくるわけだ。
入舎できたということは、サリさんも信用できる人なんだろう。
「こちらです」
案内されたのは、猫喫茶とは思えない広大なエントランスだった。
ニャルー店長以下、副店長のフレアちゃんや護衛のサリムさん他の「ニャルーの館」の従業員たちが並んでいる。
それだけではなくて、奥の方にずらっと猫が整列していた。
法被のようなお揃いの制服を着ている。
いや、猫にそんなことが出来るとは思ってなかったぞ。
「お呼びだてして済まない、マコト殿」
ニャルーさんが畏まった声で言ってきた。
いや発音はニャーだけど。
「何か?」
「これからお客様をお出迎えするのじゃが、どのようにしたら良いのか教えて欲しいのじゃ。
今更だが、このような店舗の運営は誰も経験したことがないからの」
いや、俺だって知らないけど。
だけど、何か言わないと駄目か。
もうお客さんが向かってきているみたいだし。
「とりあえず、入ってきたお客様には猫が一人ずつついて、まずは喫茶スペースにご案内して下さい。
そこで簡単にシステムの説明をして、後は自由にして貰えばいいと思います」
「だ、そうだ。
説明係と案内係はまごつくでないぞ。
お客が暴れたり文句を言うようだったら、すぐに警備員を呼ぶように」
あっ、この猫又俺に責任を押しつけやがったな?
これで何かあったら俺の指示が悪かったということになるわけか。
何という姑息な。
猫はやっぱり悪魔の使いに違いない。
「それでは開館します」
誰かが言って、次の瞬間開け放たれたドアからお客様が押し寄せてきた。
同時に、ずらっと並んだ猫たちが一斉に歓迎の挨拶を放った。
ニャーニャー五月蠅いのなんのって。
俺は素早く避難する。
気がつくとジェイルくんが隣にいた。
「逃げよう」
「もちろんです」
俺たちはさりげなく事務棟に向かった。
後は知らん。
「ああ見えて、ニャルーさんはさすがですよ。
ハマオルに要請して『警備学校』から研修中の生徒たちを回して貰っています。
指揮はサリムが執るようですね。
もちろんフレア様の護衛が最優先でしょうが」
「大丈夫なのかな」
「他にも数名、ハマオルのお仲間がいるようです。
シルレラ皇女殿下に命令されて王都に来た人たちが『警備学校』に赴任したとか。
あそこの舎長は私ですが、もうほぼノータッチですね。
近いうちに企業として独立させます」
そうですか。
まあ、俺には関係がないことですね。
「舎長はハマオルさん?」
「違いますよ。
ハマオルをマコトさんから引きはがすためには、殺すしかないでしょう。
多分、帝国から来たシルレラ皇女殿下の配下の誰かがなるはずです。
帝国の兵部省の官僚だった人もいるようですから」
もう聞きたくないような。
でも、そういうのって全部ヤジマ商会の配下なんだよなあ。
どうすりゃいいんだよ。
どうしようもないか。
しょうがない。
俺、こればっか(泣)。
「さあて、ヤジマ商会に帰りましょう」
「そうだな。
早く休みたい」
「午前中にお約束が2件と、あと午後はムトラク伯爵家およびタランス子爵家のご訪問予定が入ってます。
今日もよろしくお願いします」
鬼が!




