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サラリーマン戦記 ~スローライフで世界征服~  作者: 笛伊豆
第二部 第五章 俺が真の迷い人?

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11.インターミッション~ロイナ~

 あたい……いや、もうヤジマ芸能の正舎員になったんだから「あたし」か。

 そろそろギルドに登録する必要があるから、家名を決めろと上から言われているんだよね。

 あたしに家名なんて、未だに信じられないんだけど。

 物心ついた時には、旅芸人の一座で劇の端役をやっていた。

 もちろんそれだけじゃなくて、細々した用事をやったり母親の手伝いをしたりと、どっちかというと遊びながらだけど働いていた。

 ちょっと大きな村や小さな街でしばらく滞在しながら公演をやって、それから馬車を連ねて次の公演地に向かう。

 あたしがいた一座は、それなりに規模が大きかったので、どこにいってもある程度は歓迎されたと思う。

 大きくなってから知ったんだけど、少人数や一人(ソロ)でやっている旅芸人の場合は、なかなか信用して貰えなくて苦労することがあるらしい。

 まあ、突然どこからともなくやってくるんだからね。

 泥棒か、あるいは盗賊の手先かもしれないと思われても仕方がない。

 その点、あたしがいた一座くらいの規模になると、そういう疑いはかからない。

 そんな人数で悪事を働いても、意味がないから。

 すぐに通報されて騎士団が出てくるよ。

 大人数だから、逃げ切れるもんじゃない。

 それに、公演の前にはその土地の地権者に挨拶するし、終わった後は次の土地の地権者に紹介状を書いてもらったりして、信用を積むことも重要だ。

 あたしの母親は、一座の花形女優だったからそういう席にはよく座長に同行して花を添えていたっけ。

 最終的には、そういう席で知り合った商人の人の後添いに入れたんだから、やっぱ美人は得だよね。

 程度問題にしても。

 あたしは母親似だと言われているけど、それってむしろ化粧が上手いからかもしれない。

 実際、母親の美貌もそっちに近いし。

 そういうわけで、あたしは一座の中で下働きから順調に出世して、最終的には助演女優くらいにはなっていたわけ。

 その時の花形は二十代前半の美人のお姉さんだった。

 あと5年くらい演ったらどこぞの小金持ちを捕まえて引退する気満々で、だからあたしは待ってさえいればいいはずだったんだけど。

 座長が病気になって、すぐに亡くなってしまったんだよね。

 跡継ぎとか、その後の体制を整える暇もなかった。

 奥さんはいたんだけど、とても一座をまとめる器量はないし、そもそも本人にその気がなかった。

 ついでに言うと、子供や親類で後を継いで座長になりたい人もいなかった。

 いても駄目だっただろうけどね。

 それ以外の人は論外。

 というわけで、一座はあっけなく解散。

 みんなは伝手を辿って別の一座に雇われたり、あたしの母親みたいにどっかの家に入り込んだりしたけど、困ったのはあたしみたいなどっちつかずな立場の者だ。

 引退するには早すぎるし、かといって旅芸人を続けるのも無理。

 今さら街の人みたいな仕事が出来るはずもない。

 あたしは一応、助演女優つまり一座でナンバー5くらいの位置にいたからね。

 他の旅芸人一座には、そんな者を採る理由がないんだよ。

 その程度の役者なら既にその一座にいて、むしろ余っているから。

 母親の旦那になった人は、自分の家から嫁に出してやると言ってくれたけど、その人には前の奥さんの子供がいたからヤバいと思って断った。

 母親も面倒は持ち込むなという目つきで睨んでいたし。

 だからあたしは、貯めていたお金を持って身一つでソラージュの王都に出てきたんだよね。

 なぜソラージュだったのかというと、特に意味はなかった。

 強いて言えば、一座が解散した場所がソラージュだったからかなあ。

 王都にも近かったし。

 あたしたち旅芸人は、原則としてどこの国にも所属していないことになっている。

 だから、国民としての税金はかからない。

 税金は一座が払うんだ。

 一人(ソロ)でやっている場合や、少人数のグループは、税金としては払ってないと思う。

 まあその場合は鑑札とかで払うんだけどね。

 ギルドの営業許可をとらないと、公演はできないから。

 それ以外は無税だ。

 でも、一人(ソロ)は何かと面倒なんだよね。

 大体、自分一人で出来る芸もないし。

 プロの吟遊詩人とかなら何とかなるかもしれないけど、あたしはあいにく役者だ。

 だから、あたしは来る者拒まずでやっていたセレス芸能に入ったんだけど、これは失敗だった。

 というよりは、あたしが考えていたほどこの世界は甘くはなかった。

 まず、あたし程度の実力の役者はいくらでもいた。

 コネもないので、端役しか回ってこない。

 幸いあたしは旅芸人として鍛えられていたから、何とか通用する程度の歌や踊りから吟遊詩人の真似事、演出の手伝い、あるいは劇場の下働き・雑用まで何でもこなすことで、最低限度の生活を維持できる程度の稼ぎはあった。

 でも将来がまったく見通せない。

 これからどうしたらいいのか判らない。

 そんな時だよ。

 マコトさんがやってきたのは。

 そのかなり前から、セレス芸能が危ないという噂は聞いていた。

 赤字がかさんでもう身売りしかない、いや買ってくれる所もないという話で、将来どころか今日明日が危ぶまれていたくらいだった。

 ヤジマ商会という会舎がセレス芸能を買い取って、新しくマコトさんという人が現場を仕切ることになったんだけど、それに反発した幹部の俳優たちが出て行ってしまったんだ。

 後から聞いた所によると、これは陰謀だったらしい。

 主力の俳優が出て行くことで公演ができなくなり、ヤジマ商会が赤字を出して撤退した後、芸能組合が安く買い戻して出て行った人たちを呼び戻す、というシナリオだったんだそうだ。

 馬鹿にしているのは、そういう声がかからなかったあたしたちは切り捨てられる予定だったということで。

 つまり、リストラのつもりだったらしいんだよね。

 でも連中の誤算は、ヤジマ商会が思っていたより遙かに(したた)かだったということだ。

 十分以上の資金力を持ち、さらにアレスト興業舎を成功させた凄腕の人たちが立ち上げた商会だったんだよ。

 王都で殿様商売をやっていた連中がかなう相手じゃなかった。

 ヤジマ商会のジェイル様という人がとりあえず舎長になったんだけど、本人は裏方に回り、現場はマコトさんが仕切った。

 マコトさんは、残った連中にいきなり「小学校」と称して読み書きの勉強を強要した。

 それに反発して出て行った者もいたけど、大抵の者はチャンスだと思ったんじゃないかな。

 何せ、生活費はヤジマ芸能(という名前に変わった)が見てくれる上に、無料で読み書きを覚えられるんだ。

 あたしは旅芸人の一座である程度は習っていたから読み書きができたけど、ほとんどの役者や芸人はそんな余裕がない。

 暮らしていくだけで精一杯だからね。

 だから、もしヤジマ芸能でモノにならなかったとしたって、読み書きを習える機会が提供されたからには食らいつくしかないんだ。

 少なくとも、文盲よりは今後の人生の可能性が広がるから。

 マコトさんは、ただ勉強を押しつけるだけじゃなかった。

 考え方が凄すぎて、あたしなんかにはその一部しか判らないけど、発想が並じゃなかった。

 ヤジマ芸能に残っていたのは一人(ソロ)では売れない者ばかりだったから、それなら集団で売ればいいと考えたらしい。

 あたしは幸運にも最初に選ばれてチームのリーダーを任された。

 大変だった。

 メンバー選びから始めて全部だよ。

 何もかも初めてで散々苦労したけど、気がついたらまったく新しい芸能の形が出来ていたんだ。

 信じられなかった。

 あたしたちが演るたびに喝采が浴びせられ、追っかけまでいる。

 プロマイド、というらしいんだけど、あたしたちの絵姿を描いた小さな板が法外な値段で売られている。

 作る分から売れてしまうので、大増産しているらしい。

 それどころか、あたしを初めとしてチームのみんなに降るような求婚がある。

 全部、マコトさんのおかげだよ。

 後で判ったんだけど、マコトさんはアレスト興業舎を立ち上げたヤジママコト近衛騎士様その人だったんだ。

 最初に会った時から、ただ者じゃないとは思っていたんだけど。

 だって、ハマオルが護衛についていたんだよ。

 ハマオルは、あたしが幼い頃にたまに一座の護衛をしてくれていた冒険者で、時々役者として引っ張り出されて、プロ並みの演技を見せていたお兄さんだった。

 いつの間にか見かけなくなったと思っていたら、あるとき偶然帝国の帝都で会ったんだけど、帝国中央護衛隊の制服を着ていたんだよね。

 しかも従士長の階級章をつけていた。

 中央護衛隊自体が帝国ではエリート部隊で、おいそれと入れるような組織じゃないのに、従士長といえば士官だよ!

 直接警護を担当するとしたら、相手は最低でも貴族か、ひょっとしたら皇族かもしれない立場なんだ。

 そんなハマオルが専任で護衛についているヤジママコト様って、どんな人なのよ!

 少なくとも、ただの近衛騎士程度で収まるような人じゃないよね。

 でも、あたしたちと接するマコトさんは、そういった身分や立場をひけらかすようなことはまったくなかった。

 指導は厳しいけど、何かを強要するわけではなく、あくまで方向性を示してくれるだけで、あとはあたしたちの好きなようにやらせてくれた。

 今やっているダンスなのか合唱なのか、それとも芸なのか判らないやり方も、マコトさんが指示したわけじゃなくて、あたしたちが考えて作り上げたものなんだ。

 もちろんマコトさんが要所要所で指導してくれたんだけど、それでもこれはあたしたちのものなんだって、胸を張って言える。

 まったく新しい芸能を、あたしたちで作ったんだよね。

 だから、今のところだけど、どんなに求婚されようが誰も辞めたりはしない。

 ていうか、辞める人はとっくに辞めてしまっている。

 結束は強いよ。

 今はもう、マコトさんはほとんど来てくれなくなったけど、この間会った時に言われたんだよね。

 常に変化しろ、前進しろって。

 そうだよね。

 あたしたちだけじゃなくて、ヤジマ芸能の後輩たちも育てなくちゃならないし、あたしたちも新しい方向を模索しないといけないんだ。

 それがあたしたちの役目だと思うから。

 マコトさん、見ていてね!

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