10.売り込み?
ジェイルくんが色々な手配を終えるのを待って、アレスト伯爵邸に向かった。
同行者はハスィーとジェイルくんだ。
いや、こういう訪問って従者がいないと逆に失礼に当たるそうなので。
ジェイルくんも大番頭になったり従者になったり、大忙しだな。
そういえば、ハスィーにも従者が必要になるんじゃないのか?
後で確認しなければ。
今回は公式訪問だけど家族に会いに行くということで、お付きの馬車も一台だけになる。
俺の儀礼用馬車に3人で乗って、新しく雇った御者とハマオルさんが御者席だ。
お付きの馬車には、ハマオルさんが訓練したヤジマ学園? の「警備学校」生徒たちが乗っているらしい。
実地訓練だそうだ。
そういえば、俺の馬車とか言っているけど正確に言うと俺のじゃなくて、アレスト興業舎からの貸与品なんだよね。
でも、買収でアレスト興業舎自体がヤジマ商会の帰属になってしまったから、やっぱり俺の馬車でいいのか。
「もう所有権の移行は済んでますよ。
あまり意味はありませんが。
むしろ使用権の取得ですね」
ジェイルくんが説明してくれたけど、よく判らなかった。
税金などに関係してくるらしいけど、どっちにしても連結決算にするから、どうでもいいようなものらしい。
それでもそういうことはきちんとしておかなければならないそうだ。
事業が大規模になると、税金が馬鹿にならなくなってくる。
それにしても、こっちにも既に減価償却の概念があったのは凄いよね。
まあ税法の基礎なんだけど。
なぜ俺がそんなことを知っているかって?
北聖システムでお客さんを相手にしていると、そういう知識が必要になるんだよ。
だって相手は中小零細企業の経営者だよ?
ハードウェアやソフトウェアを買って頂いた場合、それは資産になるか経費になるか、とかいう質問が来るのは必至だったのだ。
もちろん、あまりに面倒くさいことは上に丸投げするんだけど、少なくとも何について質問されているのかくらいは判らないと仕事にならなかったんだよね。
答えられないと、あの担当は駄目だから変えろとかいうクレームが来たりするし。
サラリーマンって大変なんだよ!
まあいい。
経営者になったら、そんな面倒くさい事は部下の人がやってくれるはずだから、俺は忘れていいのだ。
俺は、ふと気になってハスィーに聞いてみた。
「そういえば、アレスト伯爵閣下のご予定は大丈夫なの?」
「あらかじめ、午後から行くと連絡してあります。
祖父も待っているはずです」
ハスィーにその辺の抜かりがあるはずもないか。
ギルドの執行委員だったんだからなあ。
俺みたいな付け焼き刃とは訳が違う。
本物の経営者というか、少なくともプロの渉外ではあるのだ。
何もかも妻になる女性に負けている。
経済力も凄いし。
「そんなことはないです。
わたくしなど、マコトさんの足下にも近寄れません」
「俺はみんなに支えられているだけだよ。
というよりは、神輿として担がれているだけかも」
「担ごうとする人がたくさんいる、ということ自体が価値ですね」
ジェイルくんが口を挟んだ。
「人を使っているうちはまだ小物です。
人が自ら使われるようになって初めて、経営者を名乗れます。
……という説があるわけですが」
それは無理があるような気がする。
「でも、ジェイルさんのような優れた方が自らマコトさんの配下で働いておられるわけですから、間違ってはいないと思います」
ハスィーも真面目に取らないで。
俺は小物なんだよ。
その方が気楽だし。
「そうおっしゃりながら、今まで何もない所から莫大な価値を生み出し続けてこられたわけですからね。
まあ水掛け論になりますので、このくらいにしておきましょうか」
仕切りやがった。
やっぱ、俺っていいように引き回されているだけのような気がする。
でもハスィーもジェイルくんも楽しそうに笑っているし、まあいいか。
馬車は貴族街の検問を通過し、その時点でハマオルさんの部下たちは待機になった。
このめんどくささ、何とかならないもんかね。
「確かに、今後は貴族街への出入りは増えると思いますね。
何とかしたいところですが、こればかりは伝統ですからね」
「我慢するしかないか。
出来るだけ、庶民相手に商売しよう」
勝手なことを言っている間にも馬車は進み、アレスト伯爵邸の門をくぐってエントランスに着いた。
何と、総出で出迎えか?
まずジェイルくんが反対側から降りて馬車のドアを開け、俺が降りてからハスィーの手をとって馬車から降ろす。
めんどくさいけど、これも伝統だ。
「ハスィー、お帰り!」
「よく戻った」
「おめでとう!」
ハスィーがみんなに囲まれるのを、俺とジェイルくんは脇の方で突っ立ったまま見守った。
家族の団らんは邪魔するべきじゃないからね。
「ヤジママコト近衛騎士様。
ジェイル・クルト様。
よくいらっしゃいました」
それに俺たちにも、何とか言う初老の執事の人が声をかけてくれた。
良かった。
忘れられているのかと。
「マコト殿。
よく来られた。
いや、そういう言い方は良くないか。
ここは貴殿の家でもありますからな。
これからも気軽に立ち寄られよ」
フルーさんがいち早くハスィーを囲む輪から抜け出して来てくれた。
前アレスト伯爵閣下で現貴族院議員、ハスィーの祖父だ。
現役の政治家だ。
おそらく、アレスト伯爵家はこの人でもっているような気がする。
「突然押しかけてすみません」
「何の。
ハスィーの帰還に合わせてくれただけでしょう。
それに、ちょうど良かった。
マコト殿に相談があるのだよ」
「ご相談ですか?」
何だろう。
金の無心ってことはないよね?
いやしくも貴族家が、そんなことをするとは思えないけど。
いや、ハスィーの結納金を負けて欲しいとかそういうことかなあ。
別にそんなのいらないけどね。
それどころか、妻の実家なんだから援助するのは当たり前だ。
俺、偉くなったもんだよな(自嘲)。
ペーペーのサラリーマンが何を偉そうに。
「ま、とにかく入られよ」
何かフルーさんも、前に俺の屋敷に来てくれたときよりは畏まっている気がする。
やっぱ孫娘の婿には何か思うところがあるのかもしれない。
やっとハスィー成分を十分吸収し終えたらしいアレスト家の人たちも俺に挨拶してきて、俺たちは一丸となってアレスト伯爵邸に入った。
あいかわらず何もない屋敷だ。
経済状況は好転していないらしい。
例のリビングに落ち着く。
なにげに結構な大人数だ。
前アレスト伯爵夫妻、現アレスト伯爵夫妻に加えて次期アレスト伯爵ご一家が勢揃いしている。
ハスィーの出迎えにみんな集合したのか。
でも、ハスィーの姉さんたちは来てないな。
もう別の家の人だからね。
機会があったら挨拶しとかないと。
こっちは俺とハスィーにジェイルくんで、ジェイルくんだけが貴族じゃないけど、全然違和感がない。
この風格なら、すぐにでも近衛騎士くらいにはなれそうだな。
少なくとも、俺よりは向いてるぞ絶対。
メイドさんがお茶などを配膳してから退出するのを待って、現アレスト伯爵閣下のフラルさんが言った。
「ハスィーが無事に戻り、しかも生涯の伴侶を無事捕まえ……結ばれたことに感謝する。
マコト殿、本当にありがとう」
どうも、この人は一言多い気がする。
わざとかもしれないけど。
「今まで勝手なことばかりして、ごめんなさい。
でも、わたくしは結果としてマコトさんに嫁ぐ事ができます。
幸せになりますから、お許し下さい」
ハスィーも負けてないな。
何か、このやりとりって貴族社会での習慣というか様式なのかもね。
形式張りすぎているんだよ。
でもフラルさんもだけど、ハスィーも態度がしおらしい割には好きな事言っているな。
特にハスィーは、今までもこれからも自分の思う通りにするからほっといてくれと宣言しているようなものだ。
それで結果を出しているんだから、誰も文句は言えないけど。
どうも俺が考えていたみたいな、結婚を決めた娘が家族に報告するとかいう単純な事ではないのかもしれない。
まあいい。
俺には関係ないもんね。
婿入りは出来ないんだし(笑)。
「婚約式については、ごく内輪でやりたいのだが」
「結構です」
金がないからね。
こっちが主催してもいいんだけど、それではアレスト伯爵家の面子が丸つぶれになってしまう。
近衛騎士ごときに仕切られたら伯爵の恥らしい。
「ハスィーは、このままマコト殿の所に身を寄せるのかな?」
「はい。
ヤジマ商会でマコトさんのお手伝いをいたします」
「いいだろう。
ではマコト殿、よろしくお願いいたす」
「はい。
喜んで」
形式だな。
まあ、これで正式にハスィーが俺の所に来る体裁が整ったわけだから、いいか。
するとフルーさんとフラルさん、それに次期アレスト伯爵のフロイさんが目配せをしあった。
何?
フラルさんが姿勢を正す。
「ところでマコト殿。
私はこの度、フロイに爵位を譲ることにした」
そうなのですか。
唐突ですね。
フルーさんが繋ぐ。
「それに伴ってわしも貴族院議員を引退して、フラルが議員職を襲名することになる」
「はあ」
だから?
「わしはフリーになるわけだ。
そこで相談なのだが、ヤジマ商会で雇用していただけないだろうか?」
それ何?




