9.同居?
ハスィー、と呼び捨てにしないと怒るのでそう呼んでいるのだが、やっぱり違和感ありまくりだよなあ。
ミス・ユニヴァースとか国際級モデル並の美女なんだぜ?
ちなみにスーパーモデルって俺には人間じゃなくてファティマみたいにしか思えないのでパスだ。
ハスィーはあんなガリガリじゃなくて、出たり引っ込んだりしているべき所はちゃんとそうなっているしな。
俺たちはとりあえず食事を再開したが、今度は一転してリラックスムードだった。
どうもハスィーは誓約とやらを述べないといけないということでテンパりまくっていたらしいし、俺の方も頭の混乱状態が続いていたからな。
それが何とか解消されただけで、二人だけでの食事は楽しいものになった。
そういえば、俺はハスィーと二人きりで向かい合わせになって飯を食ったことがなかったような。
アレスト市にいた頃は、みんなでわいわい話しながら食事するのが当たり前になっていたし。
朝飯はボッチだったけど。
近況なんかを話している内に、食事が終わった。
ハスィーは正式にアレスト市ギルドを退職して、今はフリーなんだそうだ。
つまり無職。
まあ、俺なんかと違って各方面からの引き合いが凄いらしいけど。
現在のハスィーの評判なら、どんな職場でも大喜びで受け入れるだろうな。
給料その他の条件もこっちの言いなりだ。
何せギルドの執行委員を立派に勤め上げたどころか、前代未聞の事業をゼロから立ち上げて成功させてしまったんだから。
しかもその過程で、色々な部門にコネを作りまくっている。
さらに言えば、美貌のエルフで伯爵令嬢というだけでなく、「傾国姫」の二つ名はそのままに王太子殿下との確執も解消されてしまった。
これほどお買い得な人材はまずないぞ。
「そんなことはありません。
それに……わたくしの就職先はもう決まっています」
ハスィーは頬を染めて言った。
それはそうか。
「あ-、永久就職ってこと?」
「それもありますけれど、わたくしはヤジマ商会以外には入りませんから」
ちょっとムキになっているんじゃ。
でも、まあそうだよね。
せっかく夫が商会やってるのに、妻が別の職場に行く道理はないよね。
夫と、妻か。
なんで俺、こんなに簡単に納得しているんだろうか。
まだ現実とは思えないのかもしれない。
そもそも、こっちに転移してきてからまだ1年くらいだし。
去年の今頃は結婚どころか、生きていくだけでも精一杯というか自信がなかったもんね。
いや転移前だけど。
北聖システムに入って仕事に慣れるのに必死で。
頑張ったおかげで何とか職場にも慣れて、さあこれからという時に転移してしまった(泣)。
ま、結果的には万々歳だったけど。
でも結婚だよ?
早すぎるという気もしないでもないけど、今の俺は一応職も収入もあるし、大丈夫か。
借金は不安だけど、しょうがない。
子供が出来ても何とかなりそうだ。
子供か。
いずれは作らなければならないんだろうな。
全然実感がわかないけど。
それでも、こっちに根を降ろして生きていくのなら、当然だ。
間違いなく、もう日本には帰れない。
帰りたいとも思わなくなってきたし。
だって、少なくとも日本じゃこんな絶世の美女を嫁にすることなんか出来るはずがないだろう。
ラノベじゃあるまいし。
「何か?」
ハスィーが怪訝そうに頭を傾げた。
それだけで、視界にキラキラしたものが舞う気がする。
あくまで心象風景だけど。
「いや何でもない。
そういえば、ハスィーは今日これからどうする?」
「アレスト家に挨拶に行く予定です」
「まだ行ってなかったの?」
「こちらに直接来てしまったので」
それはそれは。
ハスィーにとっては王都のアレスト邸は実家という感覚が薄いのかもしれない。
あの家族とは価値観が合いそうにないしな。
「そのことなのですが……今なら、わかり合えそうな気がします。
わたくしにはもう、マコトさんがいるので」
よく判らん。
まあいいか。
「判った。
俺も一緒に行くよ」
「はい」
考えてみれば、そんなの婚約した段階でやっとかなくちゃいけない事だよね。
俺だけ挨拶しちゃったけど、本当なら一緒に報告に行くべきだった。
でも無理だったからなあ。
お互い仕事があったし。
そういえば、挨拶の後はどうしよう?
「ハスィー、実家に泊まる?」
「……出来れば、こちらに」
そうなのか。
それはちょっと困った。
いや困らないけど。
でもいきなり俺の部屋に、というわけにはいかないだろうし。
ジェイルくん辺りに丸投げしよう。
「判った。
部屋は用意するよ。
その……まだ婚約中だから」
「はい」
良かった。
いきなり同棲はハードルが高すぎるよ!
いや結婚するまでは、とかいう気はないけど、この屋敷には俺以外にも人がたくさんいるんだよね。
駆け落ちじゃあるまいし、やってきてそのまま、というのはマナー的にも雰囲気的にもヤバい気がする。
俺がよっぽど飢えていたみたいで。
「わたくしは……むしろその方がいいと思っておりますけど」
いやいや!
繰り返すけど、ラノベじゃないんだから!
節度は持とうよ。
そういうわけで、俺たちは食事を終えるとジェイルくんを探しに出かけた。
通りがかった使用人の人に聞くと、みんなで食事しているらしい。
ハスィーは俺について歩きながら、物珍しそうに辺りを見ている。
そういえば、この屋敷は初めてだったっけ。
「良いお屋敷ですね。
風格があります」
「侯爵家の所有だったらしいけどね」
「かなり古い屋敷ですが、設計も優れていますし、建てる時に十分お金をかけたんでしょうね。
建材や設備は最上等のものを使っているみたいです。
これなら、あと百年くらいは持つと思います」
ハスィーって、そういうのにも詳しいのか。
「『学校』の課題で、ソラージュの建築史について調べたことがあったんです。
王都の貴族街にはソラージュの初期様式の家が多いのですが、大半はもう建て直されています。
残っている建物は古すぎる上に、設計的にも未熟なものが多いので。
むしろ、貴族街のすぐ外側に作られたお屋敷の価値が高いですね」
驚いた。
「学校」って、本当に凄い教育機関だったんだな。
ハスィーのような貴族令嬢が建築に興味を持つことなんか、地球ではまずないと思うんだよね。
しかも、ハスィーがついた仕事はそれと何の関係もないわけで、つまりこのハスィーの知識って「趣味」ということになる。
よほどの余裕がないと、出来ないことだな。
王太子殿下は近習の件であまり評価してなかったみたいだけど、それは卒業後に恣意的に歪めた連中がいたからで、「学校」そのものは立派に役目を果たしたわけだ。
ヤジマ学園も、最終的にはそれに近いところを目指すべきかなあ。
金がかかりそうだけど。
食堂に行ってみると、シルさんとラナエ嬢にジェイルくん、ヒューリアさんが何か打ち合わせらしいことをしていた。
お茶が出ているので、食後にそのまま経営会議に突入したらしい。
ソラルちゃんやシイルはいなかった。
フレアちゃんの姿もない。
幹部会議だからだろうな。
というよりは、アレスト興業舎およびセルリユ興業舎の舎長を迎えて、ヤジマ商会の大番頭と会長の社交秘書が事業報告をしていたというところか。
みんな凄い肩書きになってしまっているなあ。
「あら、会長。
それにハスィーも。
もうお食事は済みました?」
ラナエ嬢が声をかけてきた。
いけしゃあしゃあと。
凄いと思うよ、うん。
俺は会長だったっけ。
お飾りだけど。
「食事は終わりましたし……ハスィーと話して、今後の事も決めました」
「おめでとうございます」
ジェイルくんが言って、拍手してくれた。
その他の3人も習う。
ハスィーは顔を両手で覆い、俺は頭を掻いた。
恥ずかしいよね。
「午後からアレスト邸に挨拶に行ってきます。
ジェイルくん。
俺たちが帰ってくるまでに、ハスィーの部屋を手配しておいて欲しいんだけど」
「了解です」
打てば響く。
ホントに凄いな。
「マコト、ハスィー様のお荷物はアレスト興業舎の王都支店に届いている。
こっちに回すから」
シルさんが言って、ジェイルくんが頷いた。
そういえばアレスト興業舎の舎長になったんだっけ。
でもまだ「ハスィー様」なんだな。
習慣になってしまっているのかもしれない。
「ありがとうございます」
「私たちはこのまま王都支店に戻る。
私がアレスト市に帰るまでに、一度飯でも食おう」
「こっちにいる間は、毎日会いましょうよ。
前みたいに夕食会で。
今夜から」
俺が言うと、シルさんが笑ってくれた。
「……それはありがたいな。
判った」
「そういうことで、ジェイルくん夕食会の準備もよろしく」
「了解です」
「今夜からはジェイルくんも一緒ね。
幹部なんだし」
「……いいんですか?」
「もちろんですわ。
ヒューリアもね」
「ありがたき幸せ」
うん。
いいよね。
さあて、俺たちは夕飯前に一仕事だな。




