2.司法管理官?
ロイナさんたちの衣装は、確かにスカートではなかった。
スカートの前半分を切り取ったというか。
つまり、下半身の後ろ半分にだけスカートがあって、前は剥き出しなのだ。
前衛的な衣装で、確かに刺激的だが破廉恥というほどではない。
パンツを見せているわけではなくて、ちゃんとスパッツみたいなものを履いている。
ただし、膝までしかないのでそこから下の生足が見えているけど、エロいというほどではない。
日本から来た俺にしてみると、むしろ大人しめの衣装に見えるのだが、ここでは違うらしい。
何せ、こっちの世界というか、少なくともソラージュでは女性が「スカートを履いている」というだけでエロいと見なされたりするのだ。
前に誰かに教えて貰ったけど、これはスカート自体がエロというわけではなくて、そもそもスカートを履くのが上流階級の女性の習慣である、という所から来ているからだそうだ。
貴族や富裕階級の女性は日常的にスカート姿なわけだが、そういう人たちはめったに外出しない。
というよりは基本的に庶民の前には姿を見せない。
だからというわけではないだろうけど、何となくスカート姿を曝すのがタブーとまではいかないけど禁止に近いような感覚になっている。
それに加えてエロい業界の女性たちがスカート姿で接客する習慣があるため、それが結びついてしまったらしい。
スカートはエロい、と。
地球で言えば、水着のビキニ姿で道を歩くようなものかなあ。
まあ、その業界の女性が上流階級の格好で仕事するのは判るんだけどね。
絶対ウケがいいし。
そういう風潮なので、こっちの人たちは女性でも人前ではズボンなどを履く習慣になっている。
スカート姿で歩いていたり、仕事していると無条件でそっち方面の職業だと思われるほどなのだ。
前にフレアちゃんが皇族の感覚のまま、人前でスカート姿を曝した時には、サリムさんが何人も始末しなければならなかったと。
怖っ!
スカート姿というものは、こっちではそれほどの脅威だ。
だけど、考えてみたらそれ自体には何の意味もないんだよね。
別にスカートを履いちゃイカンと法律で決まっているわけでもないし。
イスラム教の女性みたいに肌を曝してはならんという戒律があるわけでもない。
地球でも、大昔の水着は全身タイツだったそうだけど、それと同じだろう。
だから、告発の内容がどうあれ、問題ではないというユマ閣下の言葉はもっともなんだけど。
でもやっぱり、スカートだけでも風紀の乱れだと言われるような環境で、アレはちょっとヤバいのでは。
「お前たちが恥ずかしくなくても、問題にする者がいるのだ!
現に、騎士団に告発状が届いている!」
その言葉を受けて、ロイナさんが一歩進み出て腕を組んだ。
挑発的に胸を突き出す。
「じゃあ聞くけど、私たちのこの格好って、どんな法律に違反しているの?
告発というからには、何かの法律を破っているわけよね?
騎士団なんだから、法的根拠を示しなさいよ」
うわっ。
きつい。
案の定、偉そうな騎士の人はぐっと押されて黙ってしまった。
そんなの、あるわけないよね。
破廉恥罪なんてものが、こっちの世界に存在するはずもないし。
そもそも野生動物やスウォークの人たちにも人権? が認められているのだ。
フクロオオカミとか猫なんか、常に全裸だぞ?
服装なんか規制しようがない。
だが、ここで引っ込んだら大恥だ。
偉そうな騎士は、声を張り上げた。
「それを調査するのだ!
法的な違反ではなくても、あまりにも社会的な常識に外れる場合は禁止の対象となる!」
「あらそう。
だったら存分に調査してちょうだい。
何なら今からやるショーを見ていけば?
実際に演っている所を見ないと、臨検にならないでしょう?」
勝負あったな。
告発の内容が行為自体だとしたら、その行為を見ずに確認できるはずがない。
公演を中止させたら、騎士団の任務自体に支障を来すのだ。
「いいだろう!
存分に調査させて貰う」
偉そうな騎士の人の言葉に合わせて、ジェイルくんが言った。
「それでは、騎士団の方々にはかぶりつきでご覧になって頂きます。
みんな、それでいいな?」
「はい!
ジェイル舎長!」
それを聞いた瞬間の騎士の人たちの顔。
偉そうな騎士が自分たちを見ていないのをいいことに、一斉ににやけやがった。
中にはよし! とばかりに拳を握りしめている奴までいる。
若い男ばかりだからなあ。
ひょっとしたら、非番の時に通ってきている人もいるのかもしれない。
逆に、劇場を囲んだ人たちからは一斉にブーイングが起こった。
それもそうか。
座席指定があるわけではないので、舞台の近くに行けるかどうかは先着順になる。
早くから来て並んで待っていた人も多く、それを無視して最前列に騎士団に居座られてはたまったもんじゃないだろう。
だが、仕方がない。
騎士団が悪いのだ。
ヤジマ芸能というか、俺に責任はない。
「それではそういうことで」
ユマ閣下が、ブスッとした顔付きの偉そうな騎士を促して劇場に入場する。
ジェイルくんも付くようだ。
騎士団が足取りも軽く後に続いた。
仕事でショーを見られるのだ。
しかもかぶりつきで。
これぞ役得といった所か。
「久しぶりですな」
なんとなく並んだノールさんが話しかけてきた。
「ノールさんもお変わりなく。
あれからどうされていたんですか?」
ちょっと失礼かもしれないけど、聞いておく。
ユマ閣下は偉そうな騎士についているので、今のうちだ。
ノールさんはちょっと顔をしかめた。
「ユマ様がアレスト市の司法官を辞任するにあたって、司法省が注文をつけてきました。
後任の手配が済むまでは職務を継続せよということと、アレスト市司法官の退任は認めるが任期の残りは王都で果たせと」
結構厳しいな。
ユマ閣下の話では、政治的な任命だからすぐに辞められるんじゃなかったっけ?
「出来なくもないのですが、司法省に借りを作ることになります。
まあ、元々は司法省側のごり押しでアレスト市の司法官に就任したようなものなので、その貸しを帳消しにされたくないということですな。
もっとも、ユマ様のことですからこちらの条件をつけて承認したわけですが」
条件ですか。
あ、それが司法管理官?
ていうか、そもそも司法管理官ってどのような役職なのでしょうか。
「司法管理官は司法長官直属の任命職で、司法官から選ばれます。
無任所で、任務は司法官の監査や案件の吟味というところでしょうか。
職務の性格上、自らの判断でいかような事案にも取り組むことができます」
何それ?
軍隊の憲兵みたいなものですか?
ていうか、司法官の監査ってつまり、司法官の上官になる?
「少し違いますが、そのようなものです。
司法官単独では、往々にして独善的な判断に傾くことがありますから。
結審する前に、行き過ぎがあればそれを是正するわけです。
遊軍と言いましょうか、司法官が担当地区を持つのに対して、司法管理官はどのような場所・条件でも職務を遂行することが出来ます」
それって特捜検事みたいなものか。
しかも、他の司法官が担当している事案にも首を突っ込めると。
凄い出世ではないのですか?
「確かに司法監や司法長官に昇進する方は、大抵司法管理官を経験しているようですが。
ユマ様の場合、そこまでは考えておられないと思いますな。
自由に動けることが優先でしょう」
なるほど。
相変わらず、凄いお姫様だ。
だからあの偉そうな騎士も、ユマ閣下の干渉を拒めなかったのか。
そもそも騎士は担当司法官の命令で動くんだけど、普通はその司法官以外からの命令には従わなくていいことになっているらしいんだよね。
司法の独立ということで。
あと、権限の輻輳を防ぐためらしいけど。
でもユマ司法管理官は担当司法官の職務遂行の監査ができる権限があるので、担当騎士も捜査から排除出来ない。
判った。
もう、俺がどうのこうの言う必要はまったくないよね?
でも、それとは別に気になるんですが。
「何でしょうか?」
「ノールさん、なぜ私に対してそんなに丁寧な口調で話すんですか?
そもそもは、同じ近衛騎士だから同格だとおっしゃったのはノールさんだと思いますが。
それでなくてもノールさんは先輩なのに」
俺がそういうと、ノールさんは困ったように宙を見上げた。
それから俺を見る。
「早く行かないと、始まってしまうのではないですかな?」
あ、誤魔化した!
ノールさんほどの人が!
何なの?




