19.近況?
気がつけば、暖かくなっていた。
ていうか、もう暑い。
こっちには梅雨はないらしい。
雨期と乾期だけというわけではなく、一応は四季的な気候の変化はあるけど、何だかぼやっとしていて日本ほどはっきりしていない。
やっぱ日本みたいな地勢ではないからだろうな。
それでも春や夏はあるようで、俺も半袖シャツを着るようになった。
下は薄手のズボンだ。
良かった。
実は、和服というのも嫌いではないんだけど、ここで袴とか出てきたらちょっと馴染めない気がするんだよなあ。
もっともアレスト市や王都での人の服装は、むしろ現代日本に近いというか、ほぼ西洋風だったのでそれはそれでかまわない。
背広やネクタイはさすがにないけど。
ヤジマ商会は発展を続けている。
よく知らないけど、ますます人が増えているらしい。
屋敷に詰めている人の増減も激しい。
場所が足りなくなり、ヤジマ商会で別の屋敷を借りて移ったりしているらしいのだ。
ある時、屋敷にいた事務系の人数が一気に減ったのでジェイルくんに聞いてみたら、この屋敷は最初の構想通りに迎賓館的な役割に限定したということだった。
事務仕事は別の場所でやることになったらしい。
アレスト興行舎の王都支店がそれで、実質的にはヤジマ商会の支部みたいなものになってしまっていて、仕事も一緒にやっているそうだ。
アレスト興行舎の業務を、ヤジマ商会に移行させつつあるのかも。
そのせいか、マレさんが挨拶に来た。
王都支店長になってもあいかわらずミーハー的な性格は変わらないらしく、ヒューリアさんやフレアちゃん、その他ヤジマ芸能の女の子たちについて根掘り葉掘り聞かれたのには参った。
ハスィーさんに報告するんだろうな。
困るなあ。
いや、別にやましい所はないからいいんだけど。
ちなみにハスィーさんは、現在ギルドの退職準備を進めているそうだ。
さすがに執行委員ともなると「辞めます」と言ってそのまま辞められるほど軽い立場ではないので、後任を探したり引き継ぎをしたり大変だとか。
「ハスィー様は、ああ見えてアレスト市ギルドの渉外を一手に担っておられましたから。
今でも引き留める声が止まないそうで、なかなか手を切れません」
マレさんが言うんだから、そうなんだろうな。
能力があるというだけではなく、アレスト市ギルドを代表するのにハスィーさんほどふさわしい人材はいないからだろう。
何せ、領主のご令嬢なのだ。
エルフで美女だし。
でも、俺から見るとアレスト市ギルド程度の組織ではハスィーさんは扱いきれないと思うんだよね。
実際、ハスィーさんは渉外の仕事を続けながら、プロジェクトも見事に成功させてしまったわけで。
そのカリスマだけでも、アレスト市のギルドどころか市全体を制圧できるくらいだし。
もう王太子殿下との確執もなくなったんだから、王都に出て来ればいいのに。
「早くお会いになりたいでしょうが、もう少しお待ち下さい」
マレさんに言われるまでもないよ!
まあ、ハスィーさんだけでなくラナエ嬢やユマ閣下にもしばらく会ってないからな。
そのご家族にはお世話になっているんだけど。
シルさんについては、フレアちゃんと日常的に接しているので、あまり会えないという気がしていない。
さすがに姉妹だけあって、どことなく雰囲気が似ているのだ。
性格はまったく違うけど。
だがマレさんが言うには、シルさんは当分アレスト市から離れる気はないらしい。
アレスト興行舎の事業というか、仕事の重点をフクロオオカミを含む野生動物との協調に移しつつあるそうだ。
特に警備隊や騎士団との連携について本格的に構築している最中らしく、そんな状況では辺境を離れられないのも判るけど。
おそらく帝国の情勢を監視し、何かあったときの即応体制を準備するために、あえて国境近くに残っているんだろう。
シルさんがアレスト市にいる目的って、もともとそれだったんだし。
さらにマレさんが教えてくれた。
「シルレラ皇女殿下、じゃなくってシル事業本部長は凄いですよ。
現時点で既に複数の野生動物との契約に成功して、アレスト興行舎への試験的な受け入れを始めています」
「そうなんですか。
さすがに早いな」
それもあるけど、やっぱりシルさんも昇進したのか。
事業本部長。
アレスト興行舎を事実上、支配していると。
今までもそうだったけど。
「事業本部が出来たということは、今までの課は」
「はい。
警備課、郵便課は言うに及ばず、医療課なども部に昇格しました。
ロッドさんやフォムさんも部長ですね」
昇進、早い!
急速に発展しているベンチャー企業ならそんなもんかもしれないが。
だって俺が会長なんだぜ!
実質的にはお飾り、いや客寄せパンダだけど。
「ラナエさんは舎長代理のままですか?」
「そうですが、最終的にはヤジマ商会に移ると思いますよ」
乗っ取られるな、確実に。
まあいいけど。
「そういえばユマ閣下について何か知ってます?」
「あまり詳しくは。
アレスト市の司法官を退任されたことくらいですね。
それ以降は、アレスト市にいては情報が入ってきません」
ユマ閣下、もう辞めてたのか。
そういえば、俺が王都に出発する前にもそんなことを言っていたっけ。
でもララネル公爵家の方々もユマ閣下、じゃなくて無官だからユマさんがどうしているのか知らなかったみたいだしなあ。
まあ、あの人のことだからそのうちひょっこり現れるだろうし。
それまでは、裏で色々動くつもりだろう。
とりあえず、マレさんに聞いてアレスト市の近況は大体把握できた。
既存の事業を継続しつつ、主力を王都に移そうとしているみたいだな。
その証拠が、王都郊外に確保したという用地だ。
マレさんがあっさり教えてくれたけど、そこにいきなりアレストサーカス団を質量ともに数倍拡張したプレイランドを作る計画があるらしいのだ。
そういえばジェイルくんの頼みで、俺からミラス殿下に何度かお願いしたっけ。
王太子殿下はギルドの総括をなさっておられるから、つまりは根回しだ。
おかげで、異常なほど迅速に営業許可が下りたと喜ばれた。
さすがですねマコトさん、とジェイルくんたちは言うけど、俺ってただ伝言しただけなんだよなあ。
世の中、何か間違っているような。
まあいいけど。
それにしても、俺から見てもヤジマ商会やアレスト興行舎の発展スピードは異常だ。
金さえあれば、大抵のことはできるという証拠みたいなものだな。
その金はどこから出ているのかというと、ヤジマ商会なんだよね。
つまり、俺の借金。
改めて思い知ったけど、ハスィーさんはアレスト市のプロジェクト、というよりアレスト興行舎の舎長やっててよく平気だったよな。
稟議が上がるたびに、自分の借金がどんどん増えていくんだぜ!
俺なら耐えられないって。
でも、気がついたら俺の方はもっとひどい状況になっていたりして。
気づかないうちに事態が進行してしまっていて、止めるすべはないときている。
困るけど、どうしようもない。
「これだけ巨額になりますと、ヤジマ商会が倒れたらみんな道連れです。
だから大丈夫ですよ。
資金が足りなくなったら、また借金すればいいんですから。
多額を出資している方ほど、増資を断れません」
マレさん、バブル時代の日本の企業経営者みたいなこと言わないで!
凄まじい被害が出たんだから!
いや、俺が直接知っているわけではないけど。
でもそのせいで、俺たちの世代は就職できなかったり、出来ても給料がなかなか上がらなかったり、色々被害を被っているんだから!
こっちの世界には関係ないけど。
「ここまで来たら、そのお金は書類上のものですから。
だから、私が来たんですよ」
あーっ!
それで元経理部長のマレさんがアレスト興行舎王都支店長なのか!
「バレました?
ジェイルさんも出来る方なんですが、あの人は実務系の凄腕ですからね。
実体経済には強くても、経理上のテクには暗いということで、私が派遣されたんですよ。
だからマコトさんは安心して下さい。
全部、こっちで片付けます」
頼もしいような怖いような。
いずれにしても、俺が案山子であることだけは判った。
ならいいか。
頭がショートする前に考えるのを止めよう。
マレさんは、俺と夕食を一緒に食ってから帰って行った。
今はアレスト興行舎の従業員用宿舎に住んでいるそうだ。
現在の立場は暫定的なものだと判っているので、まだ正式に家を借りるとか買うとかは考えていないらしい。
だったらこの屋敷に住めばいいのに、と思ったんだけど、ここはヤジママコト近衛騎士の家なので、あまり繋がりもない人が住み込むようなことは避けるべきだそうで。
特に若い未婚の女性は。
俺って、そういえば婚約しているとはいえ、独身貴族だったっけ。
この場合、本物の貴族だから。
平民の女性にしてみればいい獲物だそうで、婚約中とはいえ相手の女性が遠地にいる俺なんか、何かあったらすぐにスキャンダルだ。
何もなくても噂になるかもしれない。
王太子殿下とハスィーさんも、事実無根なのにあれだけの騒動になったわけだしな。
だから、きちんと言い訳がたつ人しか近づけてはならないと言われている。
フレアちゃんとヒューリアさんについては、貴族がどうのこうのということで一応説明が可能だからね。
でもマレさんは駄目だそうである。
だったら無理することはないんだけど、めんどくさくなったなあ。
ハスィーさんだけならいいけど、これでみんなが王都に来たらどうなることやら。
また夕食会とか出来るのか?




