15.ダンス教師?
俺が呆然としているうちに、飯の時間が終わったらしい。
みんなで協力して長机や椅子を片付け、劇場はまた殺風景な空間に戻った。
「小学校」は続けて午後の授業を始めるらしく、大半の人たちがゾロゾロと仕切の向こうに消えていく。
残ったのはロイナさんとイレイスちゃんのグループで、彼女たちはそれぞれ集まって相談したかと思うと、リーダーの二人が俺の所に来て言った。
「何か指示はありますか?」
「体力作りをすればいいんでしょうか」
うーん。
ちょっと、今は頭が混乱していて考えつかないから、適当にやっていろと言いかけて気がついた。
この人たちに必須なことがあるじゃないか!
「体力作りは、そんなにいきなりやっても効果は上がらない。
毎日少しずつやってくれればいい。
それ以外で練習して貰いたいことがある」
二人とも真剣だな。
任せていいか。
「グループごとに、みんなで一緒に同じ動作で動けるようになって欲しいんだ。
動きを揃えるというか、シンクロする形で」
シンクロがどういう風に伝わるのか判らないけど、二人とも難しい顔になったから判ってないんだろうな。
「それってどういう」
「うん。
ちょっとやってみようか」
俺はみんなに集まって貰って同じ話をした。
さらにロイナさんのグループから3人ほど選んで、見本になって貰う。
ロイナさんがダンスのステップをいくつか知っていたので、まず簡単なステップをやって貰ってから、3人に向かい合って真似するように指示した。
当然、出来ない。
まあ仕方がない。
「とりあえず、まずは全員ステップを踏めるようになってくれ。
それからは動きを揃える練習だな。
これが出来るようになると、グループの動作が全部揃うわけだ。
見た目にもきれいだし、インパクトがある」
「……そうですね……」
「最終的には同じ動作で踊ることで、あたかも全員が同じ人間になったようにも見せることも出来る、というわけだ。
すぐには無理だけど、とりあえず簡単な動作から揃えていこうか」
手拍子でリズムを合わせることなどを教えて、後はしばらく頑張れと言うと、二つのグループはそれぞれ固まって相談を始めた。
いい加減だな俺も。
おそらくプロの芸能関係者が見たら怒るレベルの指導だろうけど、しょうがないんだよ。
だって、俺ダンスのことなんか全然知らないし。
アニメのプロデューサーさんと違って、丸投げできる講師や教室がないもんな。
我ながら無謀な行動に出たなあ。
こんなのでいいのか?
「さすがですね。
後は彼女たち次第ということですか」
ジェイルくん、もうそういう持ち上げはいいから。
見ていると、2つのグループはそれぞれ数組に分かれて練習を始めていた。
もちろんボロボロだ。
当分はこれで行くか。
後をジェイルくんに任せて、俺は事務室に戻った。
何となく、ここが俺の執務室みたいになっているけど、実を言うと仕事するための道具も何もないんだよなあ。
ていうか、俺って今まででも仕事というと適当にしゃべったりしていただけだった気がする。
北聖システムにいた頃は、パソコンがないと何も出来なかったものだが。
今や紙と鉛筆すらない。
マジで大丈夫なんだろうか。
悩んでいても仕方がないので、とりあえずヤジマ商会に帰ることにして劇場に行くと、驚くべき光景が広がっていた。
十人くらいが並んで踊っている!
しかも、動作がぴったり合っているじゃないか!
まだ1時間もたってないぞ?
「あ、マコトさん」
ロイナさんが駆け寄ってきた。
「凄いじゃないか。
どうやったんだ?」
「もともと、ある程度は動ける子が多かったんです。
村祭りなんかではよく輪になって踊ってましたから。
それを思い出して、ステップを覚えて貰ってから合わせたら、割合すぐに慣れました」
そうか。
そもそも経験者を選んだからか。
「でも、まだ素人芸です。
こんな程度ではお金は取れません」
「そうだな。
だけど、出来るということは判ったわけだ。
後はステップを増やして、色々なリズムで動けるようにすることが目標だな」
「はい」
「後、ある程度できるようになってからでいいけど、上半身の動作も混ぜて見てくれないか」
ロイナさんは首を傾げた。
「というと?」
「腕を回したり、手を叩いたりといったものだ。
祭りで踊る時にもやるだろう?
そういうのが得意な人に考えて貰って、みんなが出来るように練習する。
出来るか?」
「……はいっ!」
ロイナさん、張り切っちゃったな。
「最終的には踊るだけじゃなくて、歌いながら動いて貰いたいんだけど、その前にまず揃って動けるようになることだな」
「判りました!」
そうか、判ってくれたか。
俺はよく判ってないんだけど。
張り切ってみんなの所に戻るロイナさんを見送っていると、今度はイレイスちゃんが近寄ってきた。
「マコトさん!」
「そっちはどうだ?」
「あまりうまくいかないんです。
ダンスなんか、したことがない子が多くて」
年少組だからな。
経験不足は否めないか。
「イレイスの組は、スピードを重視して貰いたい」
「スピード、ですか」
こっちも判らないだろうなあ。
何とか説明してみる。
「ロイナたちが踊っているのが見えるだろ?
あれが揃うと優雅に見えるんだけど、イレイスたちはもっとスパッと動いてみて欲しい。
つまり、もうちょっと早いステップで踊ったり」
「……軽業みたいに?」
「そうだな。
あと、ステップに自由な動きを入れてもいい。
とにかく、ロイナたちが正統派だとしたらイレイスたちはトリッキーなダンスを目指して欲しいんだ」
「判りました」
本当に判ったんだろうか。
俺自身、判って言っている自信がないのに。
俺ってマジ鬼畜なんじゃ。
イレイスちゃんも自分の仲間たちの所に戻って、輪になって話し合っている。
まあ、何かは出来るだろう。
俺にも具体的なイメージはないんだけど、テレビでやっていたAK○とかのダンスや、アニソン歌手の後ろで踊っていた人たちの印象で言っているんだけどね。
ああ、こんないい加減でいいはずがないなあ。
プロデューサーなどと名乗るのもおこがましい。
俺は自責の念に苛まれながらジェイルくんに断って帰宅した。
夕飯を食い、風呂に入ってからも、ヤジマ芸能のことが頭から離れない。
結局、寝るまで考え続けてしまった。
ああもう。
こんなの、ペーペーのサラリーマンには無理だっつーの。
それでも、ロイナさんたちは俺の言ったことを守って頑張っているんだよな。
何とか、ダンスだけでもプロに教えて貰えたらいいんだが。。
でも出来る人はみんな芸能組合の指示で協力してくれないだろうし。
他に踊りを教えられる人なんて……。
ん?
ちょっと待てよ。
ダンスって、芸能のプロだけの専売特許じゃないのでは?
次の日、朝食の席でヒューリアさんとフレアちゃんが揃ったところで聞いてみた。
あ、二人はヤジマ商会に住み込みになっているんだよね。
本当はフレアちゃんだけだったはずだが、ヒューリアさんも「私も職員ですし、通勤するのは面倒なので」とか言って強引に部屋を確保されてしまったのだ。
もともとバレル家が斡旋した屋敷だから、その辺は俺たちよりよく知っていて、結構いい部屋を占拠されてしまった。
まあ、給料から家賃を払うと言っているのでいいけど。
しかし、婚約している身で未婚の貴族や帝国皇族の令嬢を同じ屋敷に住まわせて、俺の評判は大丈夫なのか?
まあいいか。
「何でしょうか」
「お二人とも、舞踏会などに参加した経験はおありですか?」
「お答えする前に、私たちはマコトさんの使用人なのですから、そういう敬語は控えて下さい。
示しがつきませんから」
叱られてしまった。
でも、プライベートな席なんだからいいのでは。
「今の口ぶりですと、仕事関係ですわよね?
つまり公の席ということになります」
面倒だなあ。
まあ、しょうがないか。
「判った。
じゃあ、質問に答えてくれ」
「ございます」
フレアちゃんが言った。
「私も、一応は」
ヒューリアさん、遠慮しないでいいから。
あなた、実家の仕事の性格上多分プロに近いでしょうが。
「そうですか。
実は、ヤジマ芸能でダンスグループを作ろうと思っているのですが」
「判りました。
お引き受けいたします」
早いよ!
フレアちゃんが? な顔をしているので、ヒューリアさんが俺の代わりに説明してくれた。
「私とフレアで、ヤジマ芸能の方たちにダンスを教えるのよ。
出来るわよね?」
「は、はい。
出来ます!」
ダンス教師、ゲット。
いいのか、こんな泥縄式で?




