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サラリーマン戦記 ~スローライフで世界征服~  作者: 笛伊豆
第二部 第四章 俺がプロデューサー?

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13.餌付け?

 女の子たちが走り去ってしまうと、劇場(こや)の中が妙にぽっかり空いてしまった。

 やっぱり集団の存在感ってのは大きいね。

 ふと気づくと、向こうの方の囲ってある場所から何人もの人の顔がのぞいている。

 俺が見ているのに気づくと頭がさっと引っ込んだ。

 騒がしかったからなあ。

 お勉強どころではなかったんだろう。

 あそこには、字を学んでいる人の他にも教師役をやって貰っている人もいるわけだ。

「ジェイルくん」

「はい。

 判りました。

 全員分の食事を用意します」

 凄いなあ。

 以心伝心?

 貴顕の令嬢の方たちも俺の心を簡単に読むけど、ジェイルくんなんかもうテレパシーというか予知だね。

 俺が何か言う前に準備して待っているもんな。

「じゃあ、食事場所の用意でもするか」

「そうですね。

 任せて下さい」

 そう言って勉強部屋(違)の方に向かうジェイルくん。

 俺の手は汚さないって?

「マコト殿は、指示を出すだけでよろしいのです。

 あまり現場に混ざりすぎますと、配下の者が混乱しますので」

 ハマオルさんが言うので、俺は渋々事務室に引き上げた。

 いいんだよ。

 どうせボッチなんだし。

 何もすることがない。

 ちょっと心配になってヤジマ芸能の門に行ってみたら、へろへろになった少女たちが門の外を駆け抜けていった。

 頑張っているなあ。

 俺も混ざるか。

 いったん事務室に戻って上着を脱ぎ、門のところで待っていると、ロイナさんが走ってくるのが見えた。

 通り過ぎた時を見計らって後を追う。

「……マコトさん!」

「どうだ?

 脱落した者はいるか?」

「まだ……大丈夫みたいですが。

 みんな……普段はこんなことをしないので……そろそろ危ない人も……いるかもしれません」

「うん。

 無理しないように伝えてくれ。

 君もかなりきつそうだけど?」

「平気です!」

 強く言い返されて、俺は苦笑した。

 負けん気が強いなあ。

 採用試験みたいに思えて、気張ってしまうのも仕方がないけど。

 特にロイナさんは、自ら選んだ仲間たちに責任を感じているのかもな。

「俺も声をかけて回るから、危なそうな人がいたら遠慮なく休むように言ってくれ。

 それで首になったりしないから」

 こんなことで体調を崩したり、死んだりしたら大変だしな。

 それにしても準備体操もなしでいきなり長距離は無茶だったのかもなあ。

 そう思うと、いても立ってもいられなくなる。

 何か言いたそうなロイナさんを尻目に、俺は加速した。

 ロイナさんが驚いたように目を見張っている。

 体力がないように見えたか?

 残念。

 転移してからずっと続けてきた朝練の成果が今ここに。

 毎朝1時間くらいは走っているからな。

 日本にいた頃に比べて、俺自身信じられないくらい持久力がついているのだ。

 何せ走った後にシャワーを浴びて、すぐに朝飯が食えるくらいだから。

 それから俺はヤジマ芸能の敷地を回りながら、一緒に走っている子たちに声をかけていった。

 ヤジマ芸能の敷地はあまり広くはないけど、それでも一周500メートルくらいはある。

 つまり十周だと5キロね。

 突然この距離を走るのはきついだろうと思っていたんだけど、みんなは俺の予想以上に頑張っていた。

 それでも、すでに脇腹を押さえて歩いている娘もいたので、そういう子にはもういいからヤジマ芸能に戻って休んでいるように命令する。

 根性を見たかっただけで、体力の限界に挑戦して欲しいわけではないんだよ。

 面白かったのはイレイスちゃんで、俺が追いついてくるとムキになって引き離そうとして加速する。

 面白がってついていったが、二周くらいしたところでスピードが落ちた。

「マコト……さん。

 体力……あるんです……ね」

「慣れているだけだ。

 アーティストは体力と持久力だぞ」

 イレイスちゃん、その悔しそうな顔はイイネ!

 俺は結局リタイヤした人以外の子が根性で走ろうとするのにつきあい、駄目そうなら止め、結局十周してこの突然のマラソンを終えた。

 今の俺には余裕だな。

 朝はその倍くらいは走っているし。

 高校時代は帰宅部だったから、こういうのはやったことなかったもんなあ、

 大学もインドア派だったし。

 俺って、結構やれるのかも。

 まあ、異世界転移で必死になっているからな。

 ラノベでこういうシーンあったっけ?

 そういうことをぼんやり考えながら、バテてやっと歩いている娘の背中を押しているロイナさんについて、ヤジマ芸能の門をくぐる。

「お疲れ様でした」

 ジェイルくんがタオルを渡してくれた。

 見回すと、ヤジマ芸能の前庭に大勢の女の子たちがぶっ倒れたり座り込んだりしていた。

 俺はタオルをジェイルくんに返してから声を上げた。

「みんな、よくやった。

 君たちの根性はよく判った。

 だが、根性だけでは駄目だ。

 アーティストはまず体力だ。

 ぶっ続けで動ける持久力を身につけておいて、損はないぞ」

「……すみません!」

 誰かが声を上げた。

 座り込んでいる少女だ。

 いやもう娘と言った方がいいか?

 ロイナさんのグループだろう。

「君は?」

「シリーンと言います。

 質問、よろしいでしょうか」

 声がしっかりしている。

 もう回復しているのか。

 体力あるな。

 見ると、なかなかの美少女ではないか。

 金髪を短くしているけど、エルフの血が混じっている?

「いいよ」

「アーティストは体力と言われましたけど、マコトさんは何かやっているんですか」

 いや、俺はアーティストじゃないんだけどね。

「朝練だ。

 毎朝、この倍くらいは走っている」

 驚きの声が上がった。

 何だよ。

 俺だって、まだ若いんだよ!

「それでタフなんですか……」

 ロイナさんが、俺の近くで呟いた。

「ハマオルが言っていた事って、本当だったんですね」

 何か言われていたっけ?

 まあいい。

「みんな疲れて汗まみれだろう。

 水を浴びてこい。

 昼までは休んでいていい。

 回復したら飯だ。

 今日はヤジマ芸能の奢りだ!」

 俺がそう言うと、一瞬静まりかえってから歓声が上がった。

 飢えていたのか?

 いや、俺だって唐突に奢られると知ったら歓声くらい上げるかも。

 女の子たちが次々にシャワーのある練習場に向かうのを眺めていたら、ロイナさんとイレイスちゃんが寄ってきた。

 休まなくていいのか?

「マコトさん、すみません」

 ロイナちゃんが謝ってくる。

 何だっけ。

「最初はみんな、俳優のオーディションか何かと勘違いしていたようで。

 目一杯お洒落したみたいなんです。

 マコトさんが、そんなものを求めているわけではないのは判っていたのに。

 あたしのミスでした」

「うん。

 どっちかというと、ハードに動ける人が欲しかったからね。

 美人に越したことはないけど、化粧で誤魔化したりしても意味はない」

「そうですよね。

 でも、これでみんな判ったと思います」

 それは仕方がないな。

 いきなり雇って貰えるとか言われたら、それは自分の魅力をアピールしたくなるよね。

 まして、彼女たちは基本的には女優だ。

 自分の持っているもので押すしかないんだし。

 だったら女の武器は有効だろう。

「あたしの方は最初から言い含めてましたから」

 イレイスちゃん、それにしては顔が暗いけど。

「でも、やっぱり素人ばかりで体力がないです。

 マコトさんがいきなり走らせてくれたおかげで、よく判りました。

 普段から鍛えてないと駄目ですね」

 まあ、無茶振りだったけどね。

 それでもイレイスちゃんが言っていることは正しい。

 俺もそんなに詳しくはないけど、漫画なんかで舞台ものやダンスチームの話を読むと、みんな普段から鍛えて、相当体力つけているもんな。

 ああいうのは体育会系だから。

 テクニック以前に持久力がないと続かない。

 それを維持するためには、地道にトレーニングするしかないんだよね。

「体力はいきなりつくもんじゃないからな。

 毎日コツコツとやっていけばいい。

 一月もやれば、かなり良くなってくるはずだ」

 俺の言葉に二人は頷いた。

 俺も偉そうに(笑)。

 俺の場合は半年くらいかかったけど、みんなは若いんだしね。

 実際、もう二十代の半ばに差し掛かっている俺と、十代の彼女たちとでは差があると思うんだよなあ。

 もう若くはない?

 いやいや!

 俺は若者ですから!

「君たちも水浴びてくれば」

「「はい」」

 二人が去るのを見送ってから、俺は事務室に戻った。

 さすがに汗くさいけど、当分シャワーは無理だな。

 今行ったらハーレム系アニメのラッキースケベになってしまう。

 しかもパワハラだ。

 ソラルちゃんが来た。

「仕出しの用意が出来ました」

「早いね」

「アレスト興行舎で慣れてますから」

 何事も経験か。

 やっぱり俺の出る幕はないな。

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