10.使い捨て?
我ながら無茶振りしたんだけど、実に興味深い結果となった。
まずサマト/レムリ組だが、二人は三日間で十曲以上を仕上げてきた。
レムリさんはもともとアカペラで完璧に歌えるほどそれらの歌をものにしていたし、サマトくんのヒアリングおよび演奏再現能力も完璧に近く、バンド曲に仕上げること自体は難しくなかったそうだ。
だが、連れだって事務室にやってきた二人は沈んでいた。
「どうしても、あの時みたいな演奏が出来ないんです」
「いえ、歌や演奏は完璧のはずなんですが、どうしてか普通の曲になってしまって」
口々に訴えてくるが、よく判らない。
それは二人の問題じゃないのか?
「防音室だから響かないとか?」
「そう思って郊外に出かけて演ってみたんですが、同じでした」
そうなのか。
何が違うんだろう?
「ちょっとここで演ってみて」
「はい」
二人は素直に頷いた。
レムリさんが背筋を伸ばし、サマトくんがギターを構える。
歌と曲が同時に流れ出し、たちまち反響してもの凄い音量で響き渡った。
出来てるじゃないか。
驚いたのか歌と演奏を止めた二人を尻目に、前回と同じく足音が響いて、ジェイルくんを先頭に数人が飛び込んでくる。
「マコトさん?!」
「ああ、大丈夫だから」
謝ってみんなを追い返すと、二人は呆然とお互いを見ていた。
「でも……出来なかったんです!」
「観客がいなかったからなんじゃない?」
俺の質問に、二人は首を振った。
「考えつくことは全部やってみました。
人前で演ってみたこともあるんですが……」
「駄目だったと」
「はい。
なぜ今、出来たのか判りません」
本番に弱いんだろうか。
いや違うな。
むしろ今が本番だ。
「ちょっと待って下さい」
突然、サマトくんが言った。
「出来た時のみの条件が一つだけあります」
何?
「マコトさんの前で演ったことです」
「そうです!
マコトさんが見ています!」
何それ?
俺が触媒?
少なくともマリア様じゃ無いぞ。
「じゃあ試してみるか。
俺はここにいるから、ちょっと防音室で演ってみてくれ」
「判りました」
二人が出て行くと、俺は少し待ってから後をつけた。
当然、ヤジマ芸能の鍵は全部持っているので戸締まりしていても俺には通用しない。
防音室のドアをこっそり開けると、二人が演っていた。
何だこりゃ?
歌と演奏が乖離してしまっている!
お互いに一生懸命なんだけど、合ってないというか、バラバラだ。
「……駄目だ!」
「なんででしょう」
「判らない。
やっぱり、マコトさんがいないとうまくいかないのか」
「でも……」
「うん。
まさか、演るたびにマコトさんに来て頂くわけにもいかないしな」
それはそうだよね。
しかし困ったな。
ていうか、何で?
俺が見てないと駄目、というわけでもないみたいだし。
今見ていても、出来ていないみたいだからな。
俺は一度ドアを閉めてから、わざと音を立ててドアを開けて防音室に入った。
「あ、マコトさん」
「すみません。
駄目みたいです」
二人が謝ってくるが、俺は近くにあった椅子に座って言った。
「もう一度演ってみて」
二人が頷いて、歌と伴奏が始まる。
凄まじい反響がぶつかってきた。
防音室ということは、音が外に漏れないようになっているわけだ。
もちろん壁が吸収することもあるのだろうが、それ以上に音が籠もって増幅されるようだ。
思わず耳を押さえると同時に、歌と演奏が止んだ。
「……どうして?」
「マコトさん、なぜなんです?」
いや、俺に聞かれてもね。
「マコトさんに見ていて頂かないと、俺たちは駄目なんでしょうか」
そんなことはないと思うけどね。
俺は、ふと思いついて言った。
「実は、さっきから見ていたんだ。
声をかける前から」
「そうなのですか」
「うん。
だから、俺が見ているから出来ないということはないと思う。
見ていても駄目だったみたいだからね」
「ということは」
サマトくんが何か思いついたらしい。
「マコトさん、すみませんが事務室に戻って頂けないでしょうか」
出て行け、とは言えないだろうな。
「解決策が?」
「やってみます」
「判った。
事務室にいるから」
さっぱり判らないけど、自力で何とか出来るのならそれでいい。
俺は練習場を出て事務室に戻った。
さて、次だ。
アイムさんを呼んで貰う。
アイムさんは「小学校」で教えていたようで、しばらくたってから来た。
「教師はどう?」
「大変です。
喉がカラカラで」
そっちかよ。
まあ、基本は絵本の読み聞かせだからな。
一日中子守しているようなものだから、それは疲れるだろう。
喉が。
「本業に支障が出るようなら、外して貰うが」
「いえ、むしろ続けたいです。
何というか、絵本を読んでいるとイメージが次々に沸くので。
一冊読む間に、頭の中で一曲出来てしまうほどです」
ほほう。
「で、成果は」
「マコトさんの要求通りとまではいきませんが、近い歌と曲が出来たのではないかと」
アイムさんには、抽象的だけど作って欲しい曲想についていくつか注文を出していた。
明るくて切ない恋の歌とか、遠く離れた恋人と近くの相手の間で悩む曲とか、思いつくままに言ったからな。
我ながら鬼畜とは思うけど、俺だってどうしていいのか判らないんだよね。
アイムさんが、鞄から紙の束を取り出してどさっと机の上に置いた。
凄いな。
「とりあえず、完成したものだけです。
20曲くらいあります」
3日で?
ラノベじゃないんだから。
「実は、このほとんどは私が昔作ったものをアレンジした曲です。
高価な紙をいくらでも使っていいということでしたので、何というか歯止めが利かなくて」
ああ、今までは紙を買う金がなくて、作品を表現出来なかったわけね。
それにしても極端な。
「ちょっと、演ってみてくれないか?」
「はい」
アイムさんは事務室を出て行くと、リュートのようなものを抱えて戻ってきた。
私物らしい。
まあ、落ちこぼれでも吟遊詩人だからな。
「では」
一言俺に断ってから歌い出す。
楽器はところどころポロンポロンと弾くだけで、リズムパターンがよく判らない。
メロディは声の調子で何とか判るけど。
でも歌詞、というよりは歌の内容ははっきり判った。
日本の昔の歌謡曲みたいだな。
全体的なムードは楽器のせいもあって大昔のフォークソング風なんだけどね。
言葉がストレートでアイドル歌謡に近い。
つまり、政治的な主張とか人生の根源的な悩みとかいう話は入っていない。
メッセージ性皆無。
使い捨ての娯楽曲だ。
「別のを。
元気な奴がいい」
「はい」
次の曲も進行が早くて明るかったが、やはり内容がないというか、後に何も残らなかった。
聴いている時だけは楽しいけど、終わったら忘れてしまうたぐいの曲だ。
「……いかがですか?」
「うん。
完全な娯楽だね」
「そうなんです。
だから、吟遊していても全然ウケなくて。
師匠にも駄目だ駄目だと言われ続けて、ついには縁を切られてしまいました」
悲惨だなあ。
だがそれは、アイムさんが自分で演ったからだ。
アイドル歌謡なんか、ビジュアルとテクニックだよ。
美少女が活発な曲に乗って元気いっぱいに動き回っていたら、歌詞なんかある意味どうでもよくなるわけで。
「アイム、君は凄い。
これこそ、ヤジマ芸能が求めていた曲だよ。
この調子でどんどん続けてくれ」
アイムさん、その顔ウケるよ!




