9.裏方?
仕事モードなので、無理に呼び捨てにする。
「ロイナはどうだ?
やってみるか?」
「あたしは平気です。
旅芸人って、そういうものです」
聞いてみると、旅芸人の一座はまさにエンタテイメントのためなら何でもやるし、ウケないとなれば得意技ですら封印するのだそうだ。
ロイナさんが歌・踊り・演技と何でも出来るのも、そのためらしい。
「そのせいで器用貧乏というか、突出した芸がなくなってしまっているんですけれどね。
はっきりとした師匠について習ったわけでもないし。
王都みたいな一芸の実力が問われる場所ではきついです。
他の人との競争になりますから」
「ううっ」
イレイスちゃんも、思い当たる事があるのかそれを聞いて呻いた。
彼女の場合は、逆に軽業に特化しすぎて他の事では競えないんだろうな。
そして軽業は、他と競って単独で売れるものではない。
イレイスちゃんのレベルでは、師匠がいなければ駄目なのだ。
「ということで、君たちには今まで誰もやってなかった形の芸能をやって貰おうと思う」
俺も偉そうだけど、しょうがない。
アニメのプロデューサーとは違うんだよ!
「さっきも言いかけたけど、基本的にはダンスだ。
それも、音楽に合わせて歌いながら踊る。
パフォーマンスも混ぜる」
二人とも、やはりイメージが沸かないらしい。
ややあって、ロイナさんが言った。
「前におっしゃっていた、村の広場でみんなで踊るようなものですか?」
「そうだね。
でも、それを素人芸じゃなくて、本格的にやるんだ」
「よく判らないけど、判りました。
やります」
「……あたしも」
うんうん。
素直が一番だよね。
かえって不安だけど。
またブラック企業の臭いが。
俺は心を鬼にして無茶振りした。
「だから、君たちがやることはまず、それぞれ自分のグループ要員を選ぶことだ」
「?」
「どういうことですか?」
「ダンスは一人じゃ出来ないだろう?
自分と一緒にやってくれそうな人を何人か選んでくれ。
もちろん審査するから、とりあえず気軽に」
二人は顔を見合わせて、それからが対象的だった。
「判りました。
何人でもいいんですね?」
「無理無理無理!
ヤジマ芸能に軽業師はいません!」
どっちも極端だな。
「ロイナ、無制限というわけにはいかない。
とりあえず十人前後。
イレイス、気軽でいいんだ。
軽業師じゃなくても、よく動けそうな人を選んでみてくれ」
ロイナさんは頷いたが、イレイスちゃんはまだぐずり続けていた。
でもやって貰う。
これ以上考えるのがめんどくさいから。
俺だって成長しているのだ。
アレスト興行舎で学んだこと、それは「丸投げ」が非常に有効だということだ。
特に上司の立場だと、部下は断れないからね。
しかも、大抵の場合は俺が自分でやるよりいい結果になる。
とんでもない成果が上がって、しかもそれが俺の手柄になってしまったことも多かったな。
サラリーマンって、つまりどれくらい出来る部下がいるかで評価が決まると思うんだよね。
極端な話、上司が無能でも部下が有能なら売り上げが伸びて事業は発展する。
上司が有能ならさらにいい。
俺みたいなのがいても、俺以外がみんな優秀だったから、アレスト興行舎が爆発的に発展したんだもんね。
「あ、それから二人とも」
「はい?」
「メンバーは、ヤジマ芸能に限らなくてもいいから」
「……はい」
ロイナさんの目が光った、気がした。
一瞬、口唇が少し上がった?
やっぱ肉食系だなこの人。
「それでは3日後に」
俯いてブツブツ言っているイレイスちゃんと、なぜか意気揚々としているロイナさんを部屋から送り出して、俺はほっと息をついた。
慣れないことをするもんじゃないなあ。
考えてみたら俺、今まで部下(ということになっている人)に具体的な指示を出したことって、ほとんどなかったんだよね。
大抵は俺が何か言うと、それを拡大解釈して動いてしまうような人ばかりだったし。
そもそも、今まで俺が何か計画してやったことってなかったような?
ドリトル先生の話とか、もの○け姫についてぼそぼそ語ったら他の人がうんと膨らまして実現してしまったような展開ばっかだったし。
でも今回は俺のイメージから始まっていて、しかも具体案を俺が示しているんだよなあ。
責任重大だ。
俺は気を引き締めて、最後の候補者を呼び出した。
ジェイルくんに言われて事務室に入ってきたアイムさんは、あいかわらず暗かった。
吟遊詩人なんだから、もっと人にアピールすべきなんじゃないの?
でもこのアイムさんは、とにかく後ろ向きなのだ。
しゃべらないわけではないのだが、方向性が暗い。
容姿は整っていて、神秘的なムードがある。
長い黒髪、紫色の瞳、細身で病身かと思えるほどの白い肌。
歳はわかりにくいけど、二十歳くらいか。
これで暗色のドレスでも纏って暗い部屋に座っていたら、黙っていても占い師とかでやっていけるかもしれない。
でも、ムードはともかく芸能人なんだから、無理にでも前に出て行かなければどうしようもないんじゃないのか?
なんでそんな人を選抜したのか。
自分で言っている通り、まさしく吟遊詩人としては落ちこぼれなんだけど、この人の特技は凄いんだよね。
ストーリーテラーというか。
それも即興で話を作れる。
しかも、ものすごく含蓄のある言葉を選べるのだ。
いや、俺は魔素翻訳で聞いているので本当にそういう言葉を選んでいるのかどうか判らないけど、少なくとも伝わってくるイメージが凄かった。
語り部?
あるいはコピーライターというか。
尋常な才能ではないと思って聞いてみたら、案の定本人は別に吟遊詩人をやりたくてやっているわけではないそうだ。
実家は学者の家系で、一族はほとんど世襲で学問の世界に入るんだけど、アイムさんはまず女性ということで、すんなりとは弟子入りはさせて貰えなかった。
それでも自力で読み書きを身につけたんだけど、今度は才能の方向性が学者と違ったらしい。
記憶力とか分析力とか、学問に必須な能力が低いとは言わないまでも水準以下で、その代わりに想像力や連想力なんかが発達しすぎていて、師匠をお願いした人たちから見放されてしまったという。
つまり、文系は文系でも詩人や物語作家的な才能しかなかったと。
学者にはなれないし、もういい歳なんだから結婚しろと家族に言われるのがウザくて家を出たんだけど、仕事というと吟遊詩人くらいしかなかったらしい。
「……セレス芸能でも、人気がありませんでした。
演劇の端役で出たり、ツナギに使って貰ったりしていたんですが……」
まあ、よそでは使って貰えないよね。
「なぜ私のような者が選ばれたのか、不思議です。
何かの間違いでは?」
「いや、そんなことはないよ。
即興で曲を作って貰っただろう?
凄く良かった」
「でも、私は語りも上手くないし、声も小さいし、歌も駄目だし、楽器も使えないし」
よくそれでヤジマ芸能のオーディション受けに来たな。
感心するけど、そういうことじゃないんだろうね。
「最初に聞いておくけど、吟遊詩人に未練はある?」
「ないです。
生活できればいいので」
やっぱり。
「何やりたい?」
「特には。
あ、出来れば読み書きとかが仕事に出来れば、と」
「教師でもいいんだけど、アイムにはあまり向いてないな」
「はい……」
雰囲気も暗いからな。
むしろコミュ障気味だし。
作家でもいいような気がするけど、こっちの世界では小説というものがあまり普及していない。
日本の江戸時代と違って、文盲率が高い上に読み書き出来る人たちもそれほど高度な話を読みたがらないからだ。
中世ヨーロッパみたいな状態かもしれない。
もちろん人が何かを書きたいとか作りたいという本能は健在なので、小説もあるし作家もいるんだけど、それって貴族や裕福な暇人の趣味になってしまっているんだよね。
日本で言うと、江戸時代というよりは平安時代か。
例えば源氏物語を書いたとされている紫式部は、多分印税なんか受け取ってなかっただろう。
同人作家のようなもので、とても職業には出来ない。
出版できたとしたって、生活費を稼げるほどの売り上げがないのだ。
ということで作家も無理。
どっちにしても、ヤジマ芸能で小説家なんかを雇うことは出来ないので、駄目だ。
でも、アイムさんにはぴったりの仕事があるんだよな。
これは、俺が現代日本人だから思いついたことなのかもしれないけど。
「アイム、君は裏方でもいいか?
つまり、舞台に出られなくなっても平気か?」
「むしろ、そっちの方がいいです」
即答か。
まあ、表舞台には向いてないことは自分でも判っているのだろう。
「判った。
では提案だ。
作詞作曲をやってくれないか」
「曲と歌詞作り、ですか?」
アイムさんは首を傾げた。
やはり、こっちの世界にはまだそういう職業はなさそうだな。
「ああ。
君は散文的な言葉を綴るのが得意だろう?
しかもメロディも作れる。
だから、歌作りを専門でやって欲しいんだ。」
「え、無理です!
私上手くありませんし、楽器も下手で」
歌手が出来ないわけではないのだ。
審査の時聞かせて貰ったけど、まあまあ普通だった。
プロとしては通用しないだけだ。
「君が歌って弾くんじゃなくて、別の人がやるんだよ。
君は歌と曲を作る専門。
とりあえずは注文に従って作詞作曲だな。
どうだ、やるか?」
「……はあ。
やってみます」
よし。
シンガーソングライター、ゲット!
いや、単なる「ライター」か?




