8.決意表明?
サマトくんとレムリさんには、とりあえず相談して二人の持ち歌(曲付きの歌)を増やすように言った。
といっても、ドアを閉めていてもジェイルくんたちが駆けつけて来るぐらいのインパクトがある二人の演奏だ。
そこら辺で練習されたら、ヤジマ芸能の仕事が停止してしまうかもしれない。
幸い劇場の隣に防音室がある練習場が建っていたので、そこに籠もって演るように言っておいた。
それでも音漏れするようだったら、何か考えなければならないだろうなあ。
興奮してしゃべりまくっている二人の背中を押して練習場に放り込み、俺は劇場に戻った。
ジェイルくんを呼んで説明する。
「あの二人は組ませて売ることに決まったよ。
ヤジマ芸能の最初のユニットだな」
「凄い曲というか、歌でしたね。
いきなりあそこまで持って行くとは。
マコトさん、あなた一体何者なんです?」
真顔で言うなよ。
「ちょっと試したらああなったんだよ。
あの二人の相性がいいんだと思う」
「……まあ、そういうことにしておきましょう。
で、次ですか?」
「うん。
次はロイナさんとイレイスちゃんだな。
この二人については、むしろグループのリーダーとして考えている」
ジェイルくんは怪訝な顔をしたが、黙って二人を呼び出してくれた。
ロイナさんは読み書きできるので指導役だったが、イレイスちゃんは軽業師ということで文盲に近く、絵本と格闘していたらしい。
解放されて、ほっとしていた。
こっちから勉強を勧めておいて何だけど、実の所いくら読み書きが出来ても稼げなければ採用されない。
逆に言えば、稼げるのなら本業を優先すべきだろう。
勉強はいつでも出来るんだし。
二人を伴って、さっきと同じ事務室に戻る。
向かい合ってテーブルについて、訪ねてみた。
「字の勉強はどう?」
「きついです」
イレイスちゃんは、早くも音を上げていた。
「あたしは身体を動かすのが商売でして、字を読むなんて」
「ジェイル様の言ったことを聞いたでしょう。
ヤジマ芸能でやっていこうと思ったら、せめて読めるようにならないと駄目よ」
ロイナさんが突っ込むと、イレイスちゃんはううっと泣き声を上げて俯いた。
「まあ、勉強はぼちぼちでいいよ。
本業の方が大事だから。
どちみち、売れたら読み書きできないとやっていけなくなるから、そうなったら嫌でも覚えるさ」
俺の無責任な言葉に、イレイスちゃんはさらに追い込まれて頭を抱える。
まあ、頑張れ。
「ところでマコトさん。
私たちにご用というのは」
ロイナさんが、俺をまっすぐ見つめて言ってきた。
今はすっぴんなので幼く見えるけど、これで本気になって化粧したら、驚くほど妖艶になるからなあ。
ソラルちゃんたちと同世代だと思うんだけど、「ちゃん」付けで呼べない雰囲気があるんだよね。
旅芸人として修羅場をくぐってきた重みがあるというか。
何よりハマオルさんを呼び捨てに出来るのが大きい。
俺なんか、今でも怖くて出来ないのに。
それにしても、初めて会ったときの蓮っ葉な口調が影を潜めているな。
ハマオルさんが俺の護衛だと知っているので、案外正体を見破っているのかも。
いいね。
そのくらいでないと、これからやっていけないだろうし。
「実は君たちにもグループを組んで貰おうと思っているんだけど、君達それぞれをリーダーとした大人数のグループにしたいんだ」
俺が切り出すと、やはり二人はきょとんとした顔になった。
こっちの世界の芸能は、何度も言うが基本的には個人技だ。
そうでないものは芸術になり、貴族や富裕層が正装して聴いたり、楽団や劇団としてまとまって演ったりするものしかなくなる。
それ以外は、全部個人技の世界らしいのだ。
特に大衆芸能でそれが顕著だ。
まあ、ロイナさんは女優だから団体で演じることもあるけど、それも個人技だからね。
みんなで一斉に、というケースはほとんどないだろう。
「グループですか」
「うん。
お芝居でも、出演者がみんなで踊ったりするシーンがあるだろう?
あれだけをやると考えてくれればいい」
ロイナさんは思案顔になった。
「おっしゃる事は理解できますが……あたしがやってきた芝居では、規模的にそういうものは出来なかったので」
ああ、そうか。
旅芸人だもんね。
俺はイレイスちゃんの方を向いて聞いた。
「君はどうだ?
みんなで一斉に動くとか、動きを合わせて踊るとか、やったことは?」
「ないです」
端的な返答だった。
「軽業の出し物には師匠や弟子たちが組んで数人でやるものもありますけど、大抵はメインの一人を大勢がサポートする形です。
全員で一斉に同じ動きとか、ないんじゃないかな」
中国の雑伎団みたいなものか。
あれって、大抵は誰かスターがいて、それ以外は脇役や群舞だったりするんだよね。
一度上海で見たことがあるけど、確かに凄かった。
でもああいうのって、凄いとは思うけど単調であまり面白いとか楽しいとかじゃなかったっけ。
「軽業って、楽しいの?」
「楽しいですよ!
技がスタッと極まった時なんか特に」
「いやそうじゃなくて、お客さんは楽しんでくれるのかな」
イレイスちゃんは、むっとしたように俺を見た。
「当たり前です!
でなかったら、誰が見るんですか」
それはそうだけど、俺の言いたいのはそういうことじゃなくてだね。
「何となく判ります」
ロイナさんが口を挟んできた。
「マコトさんがおっしゃりたいのは、つまりお客さんたちが喜んだり嬉しくなって騒いだりするのか、ということでは?」
よく判るね、ロイナさん。
「旅芸人は、常にそれを追求しているんです。
それ以外にないと言ってもいいです。
お捻りがかかっていますから」
実に現実的な理由だ。
さすが、侮れないな。
一方、イレイスちゃんは難しい顔をしていた。
考え込む。
「……よく判りません。
あたしたちは、技を磨くことしか考えてなかったので」
そうなんだろうな。
つまり、イレイスちゃんがやってきたのはスポーツとか武道に近くて、芸能じゃなかったということだ。
「でも、それでよく今までやってこれたわね。
お金とか、どうしていたの?」
ロイナさんが聞いてくれた。
「わたしはたくさんいる弟子の一人で、ずっとサポート役だったのでよく知らないんです。
お金とかは師匠や先輩たちがやっていたので」
「それでやっていけてたってことは、師匠や先輩弟子さんたちは凄い技能だったんでしょうね」
「はい。
でも師匠が怪我をしてしまって、もう続けていけないということで解散になってしまったんです。
先輩たちも伝手をたどって別々に雇われて、バラバラになってしまって」
そんなことが。
イレイスちゃんは悲しそうに言った。
「あたしは一番下っ端でコネもなくて、仕方がないので王都に来てセレス芸能に入れて貰いました」
「軽業って芸目、あったっけ?」
俺が聞くと、ロイナさんが答えた。
「劇に出ていたわよね?
子役とか妖精の役とかで」
「はい。
小柄で素早く動けて使い勝手がいいと言われました。
でも、他の所では使ってくれないと思って」
俳優としての実力は大したことがないんだろうな。
それでヤジマ芸能に残ったのか。
軽業というのは異色だから目についたということもあるんだけどね。
それ以上に、イレイスちゃんって華があるんだよ。
はっと目を引く何かを持っているみたいな。
アイドルってそういうのが重要じゃない?
だから実は、軽業の実力を評価して選んだわけではなかったりして。
「確かに、あたしの実力はそれほどでもないです……」
落ち込んでしまった。
「でも何かが認められたから、ここにいるんでしょう」
「何なんでしょうか?」
曰く言いがたいんだけどね。
その前に、聞いておかなくてはならないことがある。
「イレイス、君は軽業をやっていきたいか?」
「あたしは軽業師なので」
「しかしヤジマ芸能では、軽業師を募集していない。
だから君がここでやっていこうというのなら、軽業じゃないこともしなければならない」
「……それは、判っています。
セレス芸能でも、やっていたのは劇の役だったし。
でも軽業を捨てるのは」
「そんなことは言っていない。
君の軽業は技能で、使い道があるからね。
どうだ、やるか?」
「はい!」
ああ、俺ってホントにプロデューサーさんみたいじゃない?




