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サラリーマン戦記 ~スローライフで世界征服~  作者: 笛伊豆
第二部 第四章 俺がプロデューサー?

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7.ユニット結成?

 実の所は、読み書きができるようになったからといってヤジマ芸能に正式採用されるというわけではない。

 それはあくまで最低条件であって、自力で稼げるようになるか、あるいはヤジマ芸能がプッシュすると決めなければ登録要員のままなのだ。

 そこんところを勘違いしている人がいるといけないので、後で注意しておかないとね。

「自力で吟遊したり芸したりして稼げる人は、そうするように言っておきます」

「そうだね。

 その稼ぎは自分のものにしていいけど、ちゃんと報告してくれないと実績にはならないから。

 あと、そういう活動はヤジマ芸能の看板外してやるように言って下さい」

 ジェイルくんが頷いてくれたので、俺はいよいよプロデュースの仕事にかかることにした。

 といっても、俺が知っているのは現代日本における芸能界、それも外側から見たものと、後はアニメだけだ。

 そんなもんでどうにかなると考えるほど俺も甘くはないんだけど、しょうがないよね。

 だから、とりあえずは形から入ることにする。

 まずはバンド、つまりユニットだ。

 一番簡単な、ボーカルと演奏でライブをやるデュオを作ってみるか。

 歌手のレムリさんと楽士のサマトくんを事務室に呼んで話す。

「というわけで、とりあえず君たちには組んで貰うことにした。

 レムリさんが歌って、サマトくんが演奏するわけだ」

「はい」

「はあ」

 戸惑ったような返事だな。

 無理ないけど。

 何人かに聞いてみたんだけど、こっちにはどうやら数人で組んで演奏したり歌ったりする、という形式がないようなのだ。

 いや、旅芸人が村でやる場合にはレパートリーに入っているらしいんだけど、あくまで即興としてだ。

 芸や技能はあくまで個人のもの、という意識が強いらしい。

 もちろん、正式な楽団や劇のバックグラウンドなどでは統一した指揮の下で演るし、数人が合わせて演奏するようなものもあるけど、それはあくまで一流のプロが正式な場で行う芸術としてだ。

 まだ中世ヨーロッパみたいな状況なんだろうな。

 大衆の娯楽としての芸能が昇華されていないというか。

 旅芸人とか吟遊詩人が主な庶民の娯楽で、形式も方法もバラバラだ。

 俺の知っている芸能、つまり21世紀の日本では、例えば歌ったり演奏したりする方法論がとりあえず確立していたもんね。

 まず、自力とかどっかの教室に通うとかして歌や演奏の技能を身につける。

 ある程度自信がついたら、道端とか学園祭とかで演ってみる。

 その際、ソロは難しいので数人で組んでバンドを作ったりするわけだけど、そのマネージメント方法なんかは先輩たちを観ていれば大体判るし、そもそも最初は既に存在しているバンドに入れて貰うところから始めることも多い。

 そうやって実力をつけ、人気が出てきたらプロへの道が開ける……というか、運もあるんだろうけど、そうやってのし上がっていくわけだ。

 当然、プロになれる人はごく少数なんだろうけど、その下にセミプロやデキるアマチュアがいて、ピラミッド状の階層構造が出来ている。

 客の方も、そういうプロやアマチュアの演奏や歌を聴いたり応援したりする方法が決まっていて、お互いに活動する道筋が出来ているんだよね。

 こっちの世界にはそういうのがまったくないらしい。

 デビューする方法も決まっていない、というよりは、ない。

 だけど、それは逆に言えばこれからやりたい放題ということでもある。

 何もないんだから、勝手に作ってしまえばいいのだ。

 もちろん最初は反発を食らうとは思うけど、芸能が大衆に受け入れられないはずがないからな。

 それに、俺は決定的な事実を知っている。

 こっちの世界には魔素翻訳があるのだ。

 それはつまり、歌ったり演奏したりする感情や意思が、ストレートで聴衆に伝わるということだ。

 むしろ伝わりすぎて、単なる吟遊詩人や演奏するだけの娯楽で済んでしまっている可能性が高い。

 複雑な技能を必要としなくても、十分通用する世界なんだよね。

「だから、君たちが一緒に演ることでインパクトが大きくなるはずなんだよ」

 そう言っても、二人ともまだ判らないようだった。

 まあ仕方がない。

 論より実行だ。

「レムリさん、得意というか好きな歌ってありますか?」

「あ、はい。

 たくさんあります」

「ちょっとここで歌ってみて頂けますか」

「わかりました」

 レムリさんは、特に準備することもなく歌い始めた。

 こっちの歌は、アカペラが基本だ。

 きれいな声で、声量も十分。

 歌詞は判らないけど、言わんとすることは十分伝わってくる。

 そばで聴いているからな。

 一定以上離れたら、多分英語の歌を聴いているように感じるんだろう。

 歌い終わって、レムリさんは一礼した。

 俺とサマトくんが拍手する。

 いや、いい歌だった。

「正式な訓練を受けたわけではないので、恥ずかしいのですけれど」

 レムリさんは、いわいるプロの「歌手」じゃないんだよね。

 こっちの「歌手」は、マジでオペラとかに出るような人しかいない。

 当然師匠がいて、その弟子でないとなれないのだ。

 だからそっちに進みたければ弟子入りするしかないんだけど、希望者が多すぎて最後は付け届けの勝負になる。

 残念ながら、レムリさんの家はそれほど裕福ではなかったということだ。

 レムリさんは独学で歌を覚え、レストランや芝居小屋などで歌っていたらしい。

 つまり才能だけでやってきたわけで、俺の望む人材と言える。

 俺はサマトくんに言った。

「今の歌に、伴奏をつけられる?」

「伴奏ですか?」

 サマトくんは一瞬戸惑った顔をしたが、すぐにフンフン呟き始め、すぐに頷いた。

「楽器は何にします?」

 選べるのかよ。

 凄えな。

「とりあえずギターで」

「判りました」

 ちなみに、俺は「ギター」と言ったんだけど、サマトくんには違う名称で聞こえたと思う。

 こっちの世界の「ギター」は、確かにギターみたいな形をしていて弦もあるんだけど、何か違う。

 でも似たような音が出るし、弾き方もほぼ同じなので、気にしないことにしている。

 同様に「ピアノのような楽器」や「フルートみたいな笛」、「ドラムに似ている打楽器」などもあって、みんな似て非なる形をしているのだ。

 並行進化か、あるいは昔転移してきた「迷い人」が伝えた情報が不完全な形で再現されたんだろうな。

 どうしようもないので、そのままになっているけど。

 まあ、俺の知っているピアノやギターは、西欧諸国でスタンダードになっている奴なので、アジアとかアフリカあたりには似て非なる楽器があると思うから、それと同じようなものだと考えればいいか。

 サマトくんは身軽に事務室を出て行って、すぐに戻ってきた。

 「ギター」を抱えている。

 楽器の収納庫に行ってきたのだろう。

 ヤジマ芸能には、セレス芸能から引き継いだ楽器が一揃い残っているんだよね。

 普段は鍵がかかっているんだけど、舎員たちがいる間は開けてある。

 練習用に誰でも使っていいことになっているが、もちろん舎外への持ち出しは禁止だ。

 仕事で使う場合は、面倒な手続きがいる。

 その辺りはハマオルさんとジェイルくんが管理してくれているので、俺は心配していない。

 結構高価なんだよね、楽器って。

 盗まれる心配は当然ある。

 借金漬けの俺としては、自分の財産はできる限り保護したいところだ。

「では」

 サマトくんがギターを構えると、レムリさんが歌い出した。

 サマトくんが即座に合わせる。

 結果は驚くべきものだった。

 演っているサマトくんとレムリさん自身すら、一瞬目を見張ったくらいだ。

 相乗効果なのか、歌と演奏が何倍も感情豊かになっていた。

 二人とも演りながら顔を見合わせ、それからさらに心を込めて歌い弾き続けた。

 凄いよ、おい!

 圧力を感じるほどだ。

 狭い部屋一杯に感情が広がって……。

「何事ですか!」

 ジェイルくんがドアを開けて飛び込んできた。

 歌と演奏が同時に停止し、反動で部屋の中にシーンという無音が充満した。

 これほどだとは。

 ジェイルくんが飛び込んだ姿勢のまま固まっていると、後ろからどやどやと人が押し寄せてきた。

「今の、何だ?」

「オーケストラみたいだったぞ!」

「いやオペラのクライマックスなんじゃないか」

「誰が演ってたんだ?」

 みんな集まってきてしまったらしい。

 どこまで響いたんだよ。

「ジェイルくん」

 俺が合図すると、ジェイルくんは「授業を続けるぞ」と言いながらみんなを押し返して出て行ってくれた。

 助かった。

「マコトさん……何なんです、今のは」

 サマトくんが震え声で言った。

「何って、君たちの演奏だろう?」

「そんなはずはないです。

 私の声があんなに響くはずがありません」

「俺の演奏だって、あそこまで感情がこもるはずがないです」

「それがバンド、いやユニットの効果なんだと思うよ」

 何自信ありげに言っているんだよ、俺。

「マコトさん、判っていたんですか!」

「私たちに組めと言われたのは、こんなことが出来るようになるから?」

 全然、判ってなかったよ。

 でもまあ、上手くいったからいいんじゃないの?

 ていうか、多分偶然の要素は大きいと思うんだけどね。

 密閉した狭い部屋の中だったし。

 ちょっと!

 何その目つきは?

 崇拝なんかするんじゃない!

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