6.小学校開校?
アニメで見ている分には面白いだけだったプロデューサー業は、実際には大変だということがすぐに判った。
右も左も判らないタレントを、いちいち指導しなければならないのだ。
アニメのプロデューサーさんは、演技指導や歌、ダンスなんかはプロの教師に丸投げしていたから、俺もそうしようと思っていたんだけど。
教師がいない(泣)。
いや技能を持つ人ならいるんだけど、こっちの世界だと師匠の持つ技というか技術は門外不出、一子相伝の秘蹟であって、ホイホイ人に教えていいものではないのだ。
学校制度がないことが、これほど不便だとは思っていなかったなあ。
しょうがないので俺の漠然としたイメージで指導することにしたんだけど、今度は俺の方の準備が出来ていない。
何の用意もしないうちに雪崩れ込んだからな。
ちょっと、計画を立て直さないといけないようだった。
その間、せっかく採用じゃなくて登録した新生ヤジマ芸能の舎員たちを遊ばせておくわけにもいかないので、学校を始めることにした。
ジェイルくんの言い方だと「小学校」だ。
前に計画した通り、まずは簡単なテストを行って、「まったくの文盲」「ある程度は読める」「読み書きが出来る」の3グループに分けた。
今ヤジマ芸能に登録している人は百人を少し超える程度だが、比率的には5対3対2というところになった。
半分が文盲なわけだが、逆に読み書きできる人が案外多かったな。
その過半数は読めても書けないんだけど。
「演技はともかく劇をやるには台詞を覚えなければなりませんし、演奏にも楽譜は最低限読める必要があります。
アーティストとしてやっていくには、少なくとも人が書いたものを読めないといけないので」
そう言うサマトくんは、結構裕福な家の出なので十分読み書きできる2割に入っている。
イケメンで秀才のエリートか。
くそっ。
アイムさんは吟遊詩人だから、当然読み書きは自在だ。
旅芸人のロイナさんや歌手のレムリさんも、書く方はともかく読むことは十分出来るらしい。
やはり、文盲ではそういった仕事をやっていけないのだろう。
ロイナさんに聞いた所では、旅芸人は旅の途中などでお互いに字を教え合ったりしているようだ。
口上などを述べるにしても、一座のシナリオ係が書いたものを読めなければどうにもならないからな。
ただし、あまり複雑な文章は駄目ということだった。
「あたしはハマオルに教えて貰いました」
ロイナさんの言葉に、ハマオルさんが頷いた。
何と!
ハマオルさんって、何でも出来るのか!
「私は帝国出身の孤児ですから。
救護院である程度の読み書きは習います。
そもそも読み書きができないと中央護衛隊には入れませんので」
護衛にも教養が必要なのか。
帝国って、ソラージュより進んでいるんじゃないの?
てことは、フレアちゃんの護衛をやっているサリムさんも読書や作文が出来るわけか。
帝国中央護衛隊、どれだけ凄い組織なんだよ。
でも、孤児「だから」読み書きが出来るって(笑)。
何か、帝国独自の制度とかありそうだな。
まあそういうわけで、とりあえずヤジマ芸能の劇場で小学校の授業を始めることにした。
対象生徒は文盲組だ。
それ以外の人たちも、補助教師役として参加して貰う。
ジェイルくんに頼んでアレスト興行舎製の絵本を大量に送って貰い、それをテキストにして青空教室を開設する。
今度の教室には屋根があるので、雨の日でも大丈夫だ。
「あの時はどうやったんですか」
ジェイルくんが聞いてきた。
「読める子が読めない子を教えて、書ける子が書けない子に教えたんじゃないか?
俺もよく知らないんだよね」
最初にシイルたちにある程度教えた後、めんどくさくなって後は自分たちでやれと丸投げしたからなあ。
それで何とかなってしまったんだから、大したものだ。
あ、そういえば経験者がいるじゃないか!
俺の御者をやってくれているシイルの同僚の小僧二人に来て貰い、青空教室について聞いてみた。
まだ名前覚えられない(泣)。
「俺……私たちは年長組でしたから、最初にマコトさんに直接教えて貰った口です」
「その後、お互いに教え合ったりしてどんどん字を覚えていったんです。
マコトさんに教わった通り、誰かに教えると自分もよく理解できました」
そんなこと教えたっけ?
また誤解されているみたいだけど、まあいい。
それでは君たちに使命を与えよう。
「今度はここで教室を始めることになったんだ。
屋根があるから青空教室じゃないけど。
絵本を用意したから、生徒たちに教えてやってくれないか」
「俺……私たちでいいんですか?」
「うん。
むしろ適任だと思う。
生徒は大人が多いけど、頑張って」
俺が無責任に丸投げすると、小僧たちは喜んで受けてくれた。
心が痛むなあ。
しかし、あんな子供に教師が出来るのか。
俺の感覚ではまだ中学生だぞ。
今度の生徒たちは、まがりなりにもヤジマ商会のオーディション一次審査に合格した芸能のプロだ。
それなりのプライドがあるはずなんだよね。
字なんか覚えなくてもいいとか反発するかも。
劇場の一角に簡単な仕切りを作り、そこに舎員たちを集める。
俺が後ろの方で見ていると、まずジェイルくんが話し始めた。
「ヤジマ芸能では、所属するアーティストは最低でも読み書き出来る能力が求められます。
道端で歌ったり踊ったりするだけなら文盲や読めるだけでもいいでしょうが、ヤジマ芸能はプロの集団です。
もっと高度な技を身につけたいのなら、そして金を稼ぎたいのなら、それではいずれ頭打ちになります。
読み書き出来ない人は、テストに合格するまでは、ここで勉強して下さい。
それが嫌な人は、出て行って下さって結構です」
厳しい!
みんな、シーンと静まりかえってしまっている。
ややあって声が上がった。
「やります!」
「考えてみれば、生活費を貰いながら字を勉強出来るんですよね?」
「前から、私も文盲じゃ駄目だと思っていたんです。
むしろ嬉しいです!」
良かった。
納得して貰えたらしい。
でも疑問の声も上がっていた。
「あのう、歌の練習はどうするんですか」
「軽業って、毎日練習しないとすぐに鈍るんですが」
「もう読み書き出来るんですけど」
もっともな疑問だね。
でも、そこまで言わないと判らないのか。
ジェイルくん、言ってやって。
「自分の技能については、ご自分で判断して、練習時間を勘案して下さい。
それから、もう読み書きできる人たちにも役目があります。
むしろ指導役の方が重要です。
学習方法は、こちらの講師の方にお任せしてあります。
ご不満なら、いつでも辞めて貰って結構ですから」
ジェイルくん、マジで怖っ!
続いて、小僧たちが前に出た。
「教師というか、指導役のトムロです」
「同じく、テムです」
トムロとテムというのか、あの小僧たち。
前にも聞いたはずなんだけど、まったく記憶にない。
何とか覚えてやらないと、可哀想だよなあ。
でも男だし。
「俺たちは、アレスト興行舎の舎員です」
「ええと、なぜ僕たちが教師なのかというと、僕たちも今から説明する方法で読み書きできるようになったからです」
生徒たちからざわっと反応がある。
小僧が教師であることについての反感はないみたいだ。
良かった。
第一段階はクリアか。
多分、テムの方が言った。
「ちょっと説明させてもらいますけど、僕たちはもともとアレスト市で日銭を稼いで暮らしていました。
もちろん文盲でした。
でもある日、アレスト興行舎の舎長代理が『字を覚えて舎員にならないか』と誘って下さったんです」
俺、そんなこと言ったっけ。
まあいい。
実は、俺の名前は出さないように言ってある。
マコトさんとか言われたらバレるかもしれないからね。
誰かが言った。
「それって、ひょっとしたら近衛騎士のヤジママコト様ですか?
ヤジマ芸能のオーナーの」
「そうです。
そのときはまだ、近衛騎士じゃなかったと思いますけれど。
アレスト市ギルドの上級職員だったかな」
「そんなお立場で、トムロさんたちを」
「はい。
感謝しています。
そうやって読み書きを覚えて、見習いとして採用されてからも頑張って、僕たちはアレスト興行舎の正規舎員になれました」
またざわっと小声。
多分トムロの方が続ける。
「そのときの方法が、今からやる『青空教室』です。
俺たちの時は、集まって絵本を回し読みするだけで生活費なんか支給されませんでしたし、場所も外でしたから、みなさんは恵まれてますよ」
そうだった。
大変だったなあ、トムロくんとテムくん。
「判りました!
頑張ります」
「私たちも、絶対に字を覚えてヤジマ芸能の正舎員になります!」
ジェイルくんも頷いている。
上手いじゃないか。
御者や給仕をやらせておくにはもったいないな。
「それじゃ、方法を説明しますね。
まず、字が読める人が絵本を声に出して読みながら、読めない人に……」
ここはほっといても大丈夫か。
俺はジェイルくんに合図すると、仕切りの外に出た。
「基礎クラスはあれでいいと思います。
中級クラスは、基礎クラスがある程度まとまってからスタートさせましょう」
中級が、つまり書く方らしい。
そっちの教師は読み書き出来る人を動員することになっている。
「そうだね。
その間に本業の方の計画を立てておく、と」
「そちらはマコトさん担当ですから、よろしくお願いします」
めんどくさいなあ。
マジで、芸能を教えられる人っていないの?




