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サラリーマン戦記 ~スローライフで世界征服~  作者: 笛伊豆
第二部 第三章 俺がベンチャー・キャピタリスト?

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19.策略?

 当然だが、その場で所有権が移ったわけではなかった。

 ジェイルくんの戯れ言だ。

 売買契約も済ませていないというか、実際に譲渡金のやりとりもしていないうちに、オーナーが変わるはずもない。

 もっとも、話が決まったことは本当だったらしい。

 数日後、俺はジェイルくんと連れだってギルド本部にでかけ、公証人(というように聞こえた)の立ち会いの元で正式にタリさんからセレス芸能を譲渡された。

 曰く、ヤジマ商会はセレス芸能の負債をすべて肩代わりして、その金額を貸し主に支払う。

 これによって借り主であるタリさんは借金から解放されるかわりに、セレス芸能のすべての権利をヤジマ商会に譲渡する。

 つまりタリさんにとっては、自分の資産であるセレス芸能を失うかわりに借金が無くなるわけだ。

 なお、タリさんが譲渡するのはセレス芸能だけで、それ以外の財産は保持するらしい。

 タリさんは、契約が終わると俺と握手して、そそくさと去った。

 やっぱ精魂込めて育て上げた会社を失うのは辛いんだろうな。

 いや、タリさんのことはこの際どうでもいい。

 まだ夢を見ているようだ。

 あ、悪夢ね。

 あの日、ジェイルくんにセレス芸能の負債の額を聞いた俺は、あやうく悶絶するところだった。

 高すぎるよ!

 それをキャッシュで払ったって?

 払えるジェイルくんも凄いけど。

 俺とジェイルくんは、ヤジマ商会に戻って俺の執務室に落ち着くと、今回の件について密談した。

 給仕にお茶を頼んで、ついでに人払いしてもらう。

 すまん給仕の小僧。

 今度名前、絶対覚えるから。

 ジェイルくんが書類を広げて説明してくれる。

「実際には、セレス芸能の譲渡金として支払ったわけです。

 金額的には、まあ釣り合っていると言ってもいいでしょう。

 あの土地と建物だけでも、結構な価値がありますからね。

 その他、セレス芸能が保有している動産や商標権、またギルドが発行した営業許可などもすべて含んでいます。

 もっとも芸能活動およびそれに伴う業務にしか使用してはならないという条件がついていますが」

 ジェイルくんが示した額は、俺にとっては天文学的な数字だった。

 ヤジマ商会、莫大な損失を出したんじゃないのか?

 だって赤字企業だよ?

「マコトさん。

 ヤジマ商会が今集めている資金額をご存じですか?」

「知らないよ。

 知りたくもない」

「まあそう言わずに」

 無理矢理聞かされた俺は、失神しかけた。

 それ、資産じゃなくて借金だから!

 俺の!

「なあに、こんなものは手付金みたいなものですよ。

 マコトさんが一声かければ、ララネル公爵だろうが王太子だろうが、いくらでも出てきますよ」

 おいっ!

 今、聞き捨てならないことを言ったな?

 ララネル公爵は、良くないけどまあいいとしよう。

 だけど、王太子殿下って何のことだ?

「王太子ゆかりの某所から是非ヤジマ商会に出資したいという連絡がありまして。

 もちろん非公式にですが。

 殿下にもギルド総括のお立場がありますからね。

 (おおやけ)には、できればしたくないとのことで。

 使い道は自由にしていいそうです。

 返還は特に期限を定めず、利息も最低でよしと言われました。

 マコトさん、だから心配いりません」

 心配だよ!

 何がどうなって、そうなっているんだ?

 しかも、俺の知らないところで。

 ああ、もう俺駄目かもしれない。

 忘れよう。

 何もなかった。

 そう言って目と耳を塞ぐ俺にかまわず、ジェイルくんはうきうきした顔で言った。

「とにかくこれで、セレス芸能は正式にヤジマ商会のものになったわけです。

 マコトさんが自由にしていいんですよ」

 気楽でいいなあ。

 今気づいたけど、ジェイルくんこの話にずいぶんのめり込んでない?

「気づかれましたか。

 いやあ、やっとヤジマ商会の事業にふさわしい話が落ちてきたと思うと、心が躍りまして」

「俺は心が沈むばかりだけどね」

「そんなこと言わずに、楽しくやりましょうよ」

 ジェイルくん、性格変わっているよ?

「何度でも言いますが、失敗したっていいんです。

 それに、実のところうまくいかない要素が見当たりません」

「でも、赤字事業なんだぜ?

 プロのタリさんが頑張っても駄目だったのに、俺たち素人が盛り返せるわけがない気がするけど」

「それは、今まで通りのやり方で経営していたからですよ。

 マコトさんにはアレスト興行舎という成功例があるじゃないですか」

 いや、あれは俺の成功例じゃないし。

「いよいよとなったら、アレストサーカス団を王都にもってきて合体させてしまえばいい。

 当初は赤字続きでしょうが、そんなことには関係なく、それでもう潰せなくなります。

 ヤジマ商会に貸した金が飛んでしまうかもしれないなんてもはや些細な事です。

 フクロオオカミなどの野生動物が関係している以上、王政府としてもヤジマ商会が破産しておしまいになるのを放置できるはずがないんです」

 そうなのか。

 国策上重要な産業(会社)は潰せないということ?

「最悪の場合でも国有化されて、しかも舵取りはマコトさんに任されます。

 フクロオオカミたちは、マコトさん以外には従いませんから」

 俺は戦慄した。

 ジェイルくんって、これほどの戦略家だったのか!

 ていうか、もうこれは政治家なのではないか。

 大商人だとばかり思っていたのに。

 俺の視線に気づいたジェイルくんが、頭を掻きながら苦笑した。

「いやあ、実はユマ司法官閣下から指導を受けまして。

 閣下が王都に来るまでに、地ならしをしておいて欲しいということでした。

 私では、こんな悪辣……壮大な絵は描けませんよ。

 まだ」

 まだって言うことは、いずれはやる気なんだ。

 大番頭というよりは、黒幕だなもう。

 まあいいか。

 事態は、もはや関わり合いになりたくないレベルになってしまっている。

 そうはいかないのは判っているんだけどね。

 凡人は辛い。

「ところでマコトさん。

 セレス芸能は、もはやセレス家とは何の関係もなくなりました。

 よって、名前を変えたいと思うのですが」

「どうして?

 セレス芸能の名前って、王都ではそれなりのネームバリューがあるんじゃなかった?」

「調べてみましたが、大したことはありませんでした。

 老舗というほどのこともないし、もはや劇場(こや)名などより役者の名前で人が集まる時代ですからね。

 ところでマコトさん、気づいてましたか?」

 何に?

「もちろん、タリ・セレスの策略にですよ」

 策略?

 何それ。

「そんなうまい話がそこら辺に転がっているはずがないということです。

 今回の件、タリ・セレスは金の貸し主と組んでますよ」

「えええっ?

 そうなの?」

「はい。

 間違いありません。

 それどころか商売敵の連中とも密約が出来ているかもしれませんね」

「だって、タリさんは事業に失敗して逃げ出したんじゃ」

 ジェイルくんは、ソファーに座り直すとお茶を飲んだ。

 指を立てる。

「まず、タリ・セレスもそうですが、金を貸した連中も進退窮まっていたはずです。

 セレス芸能の赤字は解消されないし、ということは金が戻ってくる当てがないわけです。

 それどころか、このままではセレス芸能の倒産によって貸した金が消えてしまう可能性が高い。

 タリ・セレスはもちろん破産です」

「金を貸した方は、担保を取っているから大丈夫なんじゃないの?」

「セレス芸能にあるのは土地・建物とギルドの営業権だけで、おいそれとは換金できませんからね。

 そんなものを受け取っても、貸し主はどうしようもないでしょう。

 何としても、現金で返して貰う必要があります」

「だからタリさんは王太子府に行って、何とかしようとしていたんじゃ」

「最初の目的はそうだったでしょうが、そこで偶然出会ったのが、このところ噂になっている近衛騎士です」

 それ、俺だよね?

「地方で成功して王都に出てきたばかりで、こちらの状況には疎いはず、とタリ・セレスは考えた」

 甘いですけれどね、と微笑んだジェイルくんの顔は、まさしく肉食獣のそれだった。

 怖いよ!

「駄目元で持ちかけてみたら、当の近衛騎士側は意外にも乗り気だった。

 これ幸いと、タリ・セレスは借金の棒引きを試みたわけです。

 セレス芸能を餌に、近衛騎士を引っかけることで。

 具体的には、近衛騎士にセレス芸能を売りつけて、自分の負債を帳消しにする」

「どうしてそんなことを?

 俺じゃなくても、セレス芸能を誰かに売ればいいんじゃ?」

「売れませんよ。

 失敗したことが知れ渡っている事業なんですよ?

 事情を知っている王都の同業者はもちろん、それ以外の企業や商人も手を出しません。

 それに、本当に売ってしまったらタリ・セレスはセレス芸能を完全に失ってしまいます」

 え?

 だって、タリさんはヤジマ商会にセレス芸能を売ったんじゃ?

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