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サラリーマン戦記 ~スローライフで世界征服~  作者: 笛伊豆
第二部 第三章 俺がベンチャー・キャピタリスト?

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17.見学?

 その日のうちに給仕の小僧を使いに出して、セレス芸能の見学について都合のよい日を聞いたところ、タリ氏はいつでも大歓迎だという返事をよこした。

 翌日、朝飯を食った後にジェイルくん、ヒューリアさんを伴って出かけることにする。

 もちろんハマオルさんも一緒だ。

 もっとも護衛はすぐに動けるようにしておく必要があると言って、ハマオルさんは給仕じゃなかった御者の小僧と並んで御者席に乗っている。

 ああ、もう君は俺の認識の中では給仕になってしまったな。

 すまん。

 おまけにまだ名前を覚えてないどころか、二人のうちどっちなのかもわからん。

 俺って、我ながら関係が薄い男にはとことん冷たいなあ。

 セレス芸能の事務所および劇場(こや)は、アレスとサーカス団と同じで少し郊外にあるらしい。

 やはり、ある程度の広さを確保しようとすると、街の中心部や繁華街では無理だよね。

 ましてここは王都だから、郊外でも土地代はそれなりだろう。

 もっともセレス芸能の敷地は結構広いようだったが、劇場(こや)は日本で言えば体育館程度の大きさだった。

 これでも、こっちの基準では大劇場なんだろうな。

 そもそもこの劇場のような常設型の遊興施設自体、珍しいのかもしれない。

 人口が多い王都くらいでないと、人を集め続けることはできないからなあ。

 アレストサーカス団も、当初は物珍しさから人が押しかけたけど、だんだん入園者数が減っているらしいし。

 あれはむしろテスト用の施設であって、フクロオオカミの雇用を確保するための実験みたいなものだから、それ自体の採算はあまり気にしていないそうだ。

 シルさんやラナエ嬢の方針としては、どっちかというと騎士団や警備隊におけるフクロオオカミや他の野生動物の活用が重要だと聞いている。

 それはそうだろうなあ。

 サーカスで雇用できるフクロオオカミなんか、せいぜい多くても十人か二十人【頭】くらいだろう。

 そんなものでは、とてもじゃないけど野生動物の雇用を確保したとは言えない。

 むしろ、ああいうことを一緒にやることで、フクロオオカミと人類が協力しあえるということを実証することが重要なんだよね。

 まあ、これは俺の考えでシルさんたちはまた別の意見があるみたいだけど。

 でも、実際問題として俺が王都でこれだけ持て囃されているのも、アレストサーカス団を立ち上げて運営したという実績があるからこそだ。

 やっぱ成功したっていう事実は大きいよね。

 それに、ひょっとしたら王都のような巨大な都市でなら、サーカスも常設で繁盛するかもしれないしな。

 もちろん、日本のネズミーランドみたいに毎年新しい企画を立ち上げて、常に客を引きつけておく必要はあるけど。

 セレス芸能が、それに結びついてくれればいいんだがなあ。

 そんなことを考えているうちに、馬車はセレス芸能の敷地に入った。

 事務所につける。

 園内は閑散としていた。

 こっちには定休日という概念はないはずだから、つまりセレス芸能にはあまりお客さんが来ていないということだろうな。

 それとも今は公演中で、みんな建物の中にいるのだろうか。

 御者の小僧が走って行って、事務所のドアをノックする。

 大変だな、貴族の従者というのも。

 この場合、ジェイルくんは俺の従者というよりは部下だし、ヒューリアさんは同行者、ハマオルさんはもちろん護衛なので、雑用は全部小僧にかかってくることになる。

 そろそろ名前覚えてやらないといけない気分になってきた。

 小僧が戻ってきて「どうぞということです」というので、俺たちはぞろぞろと事務所に向かった。

 いきなり劇場(こや)に行ってもいいんだけど、まあ礼儀上挨拶しておいた方がいいしね。

 ビジネスの基本だ。

 小僧が押さえてくれるドアをくぐって室内に入る。

 小僧はそのまま馬車に戻って待機だけど。

 タリさんが手を揉みながら迎えてくれた。

「ようこそセレス芸能へ。

 早速お越しいただき、ありがとうございます」

 タリさんは貴族の出だということだけど、完全に平民の商人化してるなあ。

「どうも」

 余計なことは言わない。

「こちらが私の信頼する部下でジェイルです。

 ヒューリア嬢はご存じですよね?」

「はい。

 王太子府では失礼しました。

 評判は聞かせていただいております」

 何の評判だ?

 ひょっとして、ヒューリア嬢ってバレル家の令嬢というだけじゃなくて、何かで有名なのか?

 謎が多いなあ。

 まあ、俺が知り合う貴族の令嬢はみんなそうなんだけど。

 謎どころじゃない人もいたし。

「ジェイル・クルトです」

「クルト殿……クルト交易とご関係が?」

「今の会頭は父ですが、現在直接の関係はありません。

 私はヤジマ商会の大番頭の立場を頂いております」

 あ!

 ジェイルくん、早速あの戯れ言を使いやがった!

 それどころか、今後も大番頭で押し通すつもりらしい。

 まあいいけどね。

 副社長でも若頭でも、好きなように言えばいいのだ。

 どうせ俺にはみんな大番頭と聞こえるだけだろうし。

 魔素翻訳、こういう時はめんどくさいなあ。

「実際の取引は、すべてジェイルが担当することになりますのでよろしく」

 とりあえず丸投げしておく。

 どうせ俺には出来ないし。

「それで、どうなさいますか?

 損益計算表のご用意は出来ておりますが」

 さすが商人。

 でも、そんなのは後だ。

「その前に、とりあえず現場を見せていただけるでしょうか。

 全体的なイメージを掴みたいので」

「わかりました。

 こちらです」

 タリさんは先頭に立って歩き始めた。

 誰かに任せるとかしないの?

 経費節減かな。

 そういうところは好感が持てるね。

 事務所の裏から出ると、そこは体育館(違)の舞台裏に繋がっていた。

 裏側は安普請だな。

 堅実でいいね。

 大きなドアを開けて入ると、目の前に舞台があった。

 暗いな。

 あちこちに大型のランプみたいな光源があるんだけど、室内なので薄暗い。

 強力な投光器がないからな。

 窓が開いているので何とか薄明るい程度に収まっているけど、これでは夜間営業は無理だろう。

 いや、そうでもないか?

 テレビとかでやっている、アイドルグループのコンサートみたいな雰囲気ならイケるか。

 舞台だけを明るくしてしまえばいいんだし。

 実際、今も舞台の上では劇が演じられている。

 しどけない格好で蹲った美女に対して、派手な衣装のイケメンが何か言っている。

 距離があるので魔素翻訳が効かなくて何なのかわからないけど、どうやら悲劇らしい。

「今の時間帯は、15分から30分程度の短劇を上演しています。

 お客様は、いつ来ていつ帰ってもいいわけです」

 タリさんが説明してくれたが、客の入りはお世辞にも良いとは言えなかった。

 もっとも大道芸だったらむしろ結構な入りになるのかもしれないけど、それにしてはこの劇場(こや)は広すぎる。

 だが、俳優の声はよく響いている。

 なるほど。

 音響効果を計算した施設なのか。

 当たり前だが、江戸時代なんだからアンプやマイクがあるはずがない。

 声や機械的増幅が出来ないとしたら、役者の肉声が頼りだ。

 後は、いかに響きやすい構造の部屋を作るかということになる。

 大道芸があまり人を集められないのは、単純にそんなに声が届かないからだと聞いたことがある。

 数百人以上の観客を相手にする場合は、どうしてもこういった音響効果を計算した施設で演るしかないんだろうな。

「これで採算がとれているのでしょうか」

 ジェイルくんの質問に、タリさんは暗い顔で言った。

「赤字ですな。

 人気がある者がほとんど出て行ってしまったため、その者たちのファンが来なくなりました。

 ああいうファンは、目当ての芸人が出演する間だけしかいないので、回転が速くて実入りがいいわけです。

 長時間いてもすぐ出ても料金は同じですからな」

 なるほど。

 つまり、今いるお客さんは特に目当ての俳優や芸人がいるわけではなく、だらだらと時間を潰しているような人たちばかりか。

 これ、もう駄目なんじゃない?

 そう思って振り返った途端、ジェイルくんが自信に満ちあふれた声で言った。

「いいでしょう。

 出資しましょう。

 ヤジマ商会が、セレス芸能を立ち直らせてみせます」

 なぜ?

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