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サラリーマン戦記 ~スローライフで世界征服~  作者: 笛伊豆
第二部 第三章 俺がベンチャー・キャピタリスト?

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13.挨拶?

 ラヤ僧正様との会見の後、俺はヒューリアさんとフレアちゃんを僧正様方に紹介した。

 ヒューリアさんは感激というか、むしろ僧正様が3人も揃っていたことに呆れていたが、フレアちゃんは淡々としていた。

 ラヤ僧正様とは旧知の間柄だったらしい。

 そういえば、ラヤ僧正様はハマオルさんと親しいんだから、シルさんやフレアちゃんとも顔見知りなのは当然だよね。

 結局、その日のランチ代も教団に奢られてしまって、俺って何なんだろう。

 まあいいか。

 久しぶりにこのレストランの美味い飯を食って、俺の精神的な疲労はかなり癒やされた。

 翌日は来客の予定が入っていた。

 例の猫喫茶事業の打ち合わせのために来て頂く、ヨランド家のアドナさんだ。

 化け猫のニャルーさんも、もちろん一緒だ。

「なかなか予定が合わなかったのですが、アドナさんとニャルーさんの意見を聞かないことにはお店の場所も決められませんので。

 本日の打ち合わせで決めてしまいたいと思っています」

 ジェイルくんが言ったが、ヒューリアさんやフレアちゃんが? な顔をしているので、俺が解説した。

「ヤジマ商会の事業、というよりはベンチャーの一つとして、猫喫茶を始める予定なんだよ。

 アドナさんは、もともとは猫の雇用が出来ないかと言って訪ねてきた人なんだけどね。

 ニャルーさんは、その同居猫かな」

「猫喫茶、ですか」

 フレアちゃんは、とっさにはイメージできないようだ。

 それはそうだよね。

 日本でだって新しい概念なんだし。

 そんな形態の店なんか、こっちにあるはずがない。

「アドナ様というと」

 一方、ヒューリアさんは判らないなりにすぐに食いついてきた。

 さすが商売人。

「失礼ですが、どのような方でしょうか」

「ヨランド家の方です。

 学者の卵だと伺っています」

「学者の……ひょっとして、近衛騎士ホス・ヨランド様の御係累でしょうか」

「ご存じですか。

 お孫さんだということです」

 ヒューリアさん、すでに存在価値を立証したな。

 王都の人脈における生き字引であることは嘘じゃないようだ。

「そのアドナ・ヨランド様が、猫喫茶とやらを始めるということですね?」

「本人は学者さんですので、直接経営するのは難しいでしょう。

 もちろん名目上は経営者として立って頂きますが。

 事業はベンチャーとして立ち上げる予定ですが、当面はヤジマ商会から人を出してサポートすることになるでしょうね」

 ヒューリアさんの目がキラリと光った。

 あ、名乗り出るつもりだな。

 でも、どう考えてもヒューリアさんはその程度の仕事に使うにはもったいなさ過ぎる。

 王太子殿下とタメ口が叩ける人材なのだ。

 考えてみたら、これから王都でやっていく上で、これほど貴重な人はいないのではないか。

 俺は、ふと思いついて言った。

「ジェイルくん、アレスト興業舎から増員が来ると言ったよね?」

「はい。

 既に到着しています。

 まだ着任というか、勤務していませんが。

 今は出張所の宿舎に仮住まいしています」

「その中に、キディさんはいるかな?

 サーカス課だったと思うけど」

「キディ・ハラムですか。

 増員メンバーに入っていますが……ああ、そういえば彼女は猫獣族でしたね」

 そう、キディちゃんと言えばネコミミ髪だ。

 何の意味があるのか判らないけど、キディちゃんとその親父である『栄冠の空』のモス代表は、いつも髪の毛をネコミミの形に結っているのだ。

 キディちゃんはファッションとして可愛いけど、モス代表はネコミミオヤジだからあまり観たくない造形だった。

 別に猫の血が混じっているということでもなく、どうもそういう趣味というか風習を持つ一族らしいけど。

 なぜ俺の耳には「猫獣族」と聞こえるのかも謎だ。

 ハスィーさんのエルフや、シルさんのドワーフと同じような魔素意訳だとは思うんだけどね。

 まあそれはいい。

 猫獣族と名乗っている(違)のならば、猫喫茶担当としては適任ではないか。

「ジェイルくん、キディさんを猫喫茶担当にするのはどうかな」

「キディはサーカス関係の渉外担当の予定ですが……大丈夫です。

 配置転換可能です」

 さすがジェイルくん。

 人事情報も全部頭の中に入っているらしい。

 この男がいれば、どんな事業でも成功しそうだ。

「じゃあ午後からの打ち合わせにキディさんも呼んで。

 ヤジマ商会に出向して貰って、猫喫茶担当ということで」

「了解です。

 キディも喜びますよ」

 そうなのか?

 俺の思いつきで決めてしまったんだけど。

 そう言えば、俺も北聖システムで変な人事を目にしたことがあるなあ。

 全然関係ないような部署の人がいきなり異動してきて、まったくやったことがないシステムの担当になったりしていたけど、あれって今の俺と同じような上層部の思いつきだったんだろうな。

 経営幹部は下々の社員のことなんかよく知らないので、たまたま耳に挟んだいい加減な情報を元に適当に決めたりするんだよね。

 あいつは漫画が上手いらしいからデザインさせよう、とか。

 その漫画が上手いというような情報自体、噂だったりして。

 本人はたまったもんじゃないぞ。

 それだけじゃなく、突然部下を引っこ抜かれる上司や、ワケがわからない人を担当として押しつけられる部署も悲惨だし。

 でもいいのだ。

 今は俺が経営幹部だから。

 ひょっとしたら、キディちゃんと猫は全然関係がないかもしれないけど、決まったからには頑張って貰おう。

 それがサラリーマンというものだ。

「いい機会ですから、ヒューリアさんとフレアさんも午後からの打ち合わせに出て下さい。

 フレアさんも、何か気がついたことがあったらどんどん意見を言っていいから」

 俺はまた余計なことを。

 でもフレアちゃんが嬉しそうに頷いたので、よしとするか。

 正直、今は社員のことよりシルさんの妹で帝国皇女殿下であるフレアちゃんに楽しんで頂く方が重要だ。

 ヤジマ商会のためには。

 ひでー話(笑)。

 みんなで昼食をとり、再び応接室で寛いでいると、小僧に連れられてキディちゃんがやって来た。

 飯は食ってきたらしい。

 キディちゃんは、俺達を見るとパッと表情を明るくて元気よく挨拶した。

「マコトさん、ジェイル所長!

 来ました!」

「久しぶり。

 向こうに何か変わりはない?」

「ありますよ!

 どんどん人が増えて、だけじゃなくてフクロオオカミやその他の野生動物も増えて、あの宿舎も手狭になって建て増しするみたいです。

 サーカスの敷地も広げるようですし。

 あと、郊外にアレスト興業舎の第二舎を作るそうで、ラナエ様たちが動いています」

 あの人たちは加減というものを知らんのか!

 金を使いまくっているけど、大丈夫なのだろうか。

 俺にそれを調達しろというのではないだろうな?

「その話は後で聞きましょう。

 キディ・ハラム主任。

 来た早々ですみませんが、あなたは異動になります」

「?

 異動ですか」

「はい。

 アレスト興業舎王都出張所所属のままヤジマ商会に出向して、新事業を専任で担当して貰います」

 口頭だけど、正式な異動辞令だな。

 まだ組織がしっかりしていないから、こんなことも出来てしまう。

 そもそもヤジマ商会ってまだ概念上の存在だからなあ。

 キディちゃんも気の毒に。

「はい!

 判りました!

 ヤジマ商会ということは、マコトさん直属ですね?」

「そうなりますね」

 キディちゃんの顔、なんか歪んでないか?

 嬉しいのと困ったのとが混在しているような?

 だが、キディちゃんはすぐに立ち直った。

 もともと冒険者だからか、切り替えが早いな。

「これからその新事業の打ち合わせをしますので、キディさんも出席して下さい」

「了解しました!」

 元気よく答えたキディちゃんの声に被さるように、小僧の声が聞こえた。

「失礼します。

 アドナ・ヨランド様とニャルー様がお見えになりました」

 猫にも「様」がつくのか。

 まあ、言葉を話せる以上こっちの法律ではほぼ人間と同じだからな。

 それにしてもあの小僧、どっちだか判らないが随分慣れてきている。

 給仕としてこれほど有能だと、任せてしまいたくなるぞ。

「お通ししてくれ」

 しばらくして、ノックの後にアドナさんが入ってきた。

 腕にニャルーさんを抱いている。

 自分で歩くという選択肢はないのか。

 どっちが主人か判らんぞ。

 さすが猫又(違)。

「お久しぶりです」

 アドナさんが挨拶したが、それと同時にこっちからも挨拶? のような音が聞こえた。

 シャー! というような、猫の威嚇音に似ている声だ。

 驚いて振り向くと、キディちゃんが中腰になっていた。

 ギラギラする目でニャルーさんを睨んでいる。

 ニャルーさんも、驚くべき反応を示した。

 アドナさんの腕から飛び降りると、一歩前に出て同じように威嚇音を発する。

 俺達、棒立ち。

 何だ?

 やっぱキディちゃんって猫だったのか?

 二人、というよりは一人と一匹はしばらく威嚇音を発し合っていたが、突然キディちゃんが両膝をついて頭を下げた。

 ニャルーさんも牙と爪を引っ込めて、とことこと近寄るとキディちゃんの額にペタッと前足をつける。

 キディちゃんが顔を上げて言った。

「私はキディです。

 よろしくお願いします。

 姉御」

「わしはニャルーという。

 よろしく頼む」

 キディちゃんが立ち上がり、ニャルーさんがひょいひょいとキディちゃんの身体を登って肩に落ち着いた。

 あっけにとられている俺たちの方を向いて言う。

「何を驚いておる?

 猫の挨拶を見たことがないのかえ?」

 知らねえよ!

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