12.相談役?
社交秘書に収まったヒューリアさんの指示で、リスト順に貴族街の屋敷を訪ね回る毎日が続いていた。
序列もあるらしく、まずは高位の貴族家から回らないと失礼になるらしい。
もちろん先方の都合もあるので、いちいち相手のご予定を聞いてから日程調整をするのだが、なぜかこっちの言い分があっさり通ることが多かった。
「皆さん、マコトさんに一度は会っておきたいと考えているようですね。
商売につなげると言うよりは、好奇心でしょうか」
ジェイルくんが言ったけど、俺は珍獣かよ!
まあいい。
アレスト興行舎というか、ジェイルくんはそんな俺の伝手を利用して、着々と事業展開を進めているらしかった。
一度でも俺が訪ねておけば、もう旧知の貴族ということで、「手の者」が入り込みやすくなるらしい。
よくやるよ。
まあ、俺の仕事ってこうやって客寄せパンダとして踊ることだからね。
ハスィーさんの借金返済のためなら、何だってやってやる。
でも、正直きつかった。
下手すると、一日に5軒とか回るんだぜ!
お茶の飲み過ぎで腹の調子が変になるし、行く先々で、特に後半の子爵や男爵などの下級貴族家では年頃のお嬢様が出てきて挨拶されるし。
別に求婚とかそういう話ではなかったけど、みんな一様に傾国姫とのなれそめとか聞いてくるからウザいのなんのって。
勝手にハスィーさんと王太子との三角関係を妄想されて、偉い目にあった。
BLでなかっただけマシだったけど。
ミラス殿下のことを知っていたら、絶対腐った話も出てきただろうな。
どうも、王太子殿下ってあまり人前には出ないみたいなんだよね。
舞踏会なんかにも、ほとんど参加しない。
だから下級貴族のお嬢さんたちは、美少年であるということも知らないようだった。
良かった。
ちなみにミクファール侯爵家は心配していたほどではなく、侯爵ご自身もラナエ嬢が言うほど堅物ではなかったのは幸いだった。
前に、アレスト市に来た使者の人を追い返しているからなあ。
そのことで何か言われるかと覚悟していたけど、むしろ感謝されたのには驚いた。
ラナエ嬢は問題児だと思われていたようで、それが実家に頼ることなく個人の力でのし上がったもんだから、評価が急上昇したらしい。
「あれも、言い出したら聞かない娘でな。
マコト殿も手を焼いたのではないかな」
ルシュ・ミクファール侯爵が言う。
ラナエ嬢と違って金髪で中肉中背の渋いダンディだった。
どうでもいいけど、やっぱ貴族ってイケメンが多いな。
先祖がみんな美人と結婚しているからだろうけど。
「いえ、ラナエ嬢には助けて頂いてばかりで。
事業手腕もそうですが、あらゆる方面に知識と見識がおありになるので。
私が何とかやっていけているのは、ラナエ嬢のおかげです」
嘘じゃないよ。
それが伝わったらしく、ミクファール侯爵閣下は破顔した。
「そうか。
『学校』も捨てたものではなかったな」
「はい。
ですが、それ以上にラナエ嬢ご自身の有能さだと思います。
『学校』でもラナエ嬢は卓越した成績を納めておられたとか。
その成果が、実業にも出ているのでしょう」
褒めちぎったよ。
いや、マジだから。
おかげで、後でジェイルくんに「何言ったんですか? 私が予想していた投資額と桁が違っているんですが」と呆れられたけどね。
いや、本当にラナエ嬢には感謝しているし、『完璧』という二つ名はぴったりだと思っているから。
とにかくそういうことで、連日の貴族家行脚に、さすがの俺も疲れ果てた。
どれくらいたったか、ようやく都合がつく貴族家については大体網羅したと言われて、力が抜けた。
後は当主が王都にいなかったり、何かの原因でゴタゴタが続いていて後日よろしく、という所だけだそうだ。
近衛騎士家については大半をスルーしたらしい。
あまり商売に関係なさそうだということで。
ようやく休んでよしのお許しが出た途端、俺はぶっ倒れた。
次の日は一日中寝ていたくらいで。
その翌日も休日にして貰って裏庭でぼーっとしていると、珍しくハマオルさんが話しかけてきた。
「よろしいでしょうか。
マコト殿」
「あ、はい。
大丈夫ですが」
「実は、ラヤ僧正様から連絡がありまして。
ご予定が空き次第、お会いしたいと」
「そういえば、ずいぶんご無沙汰ですね。
いいですよ。
とりあえず嵐は去ったので、いつでもいいと伝えて下さい」
ハマオルさんは、ちょっと困ったように言った。
「それでは、本日の昼はいかがでしょうか」
何それ!
俺の予定が、というよりは予定がないのを把握されている?
いや、そうか。
ハマオルさん自身、教団の「目」みたいなもんだからね。
確か信徒としての位階も持っている在家信者だとか言っていたような。
俺の予定なんか筒抜けか。
「いいですよ。
今日は何も入れてないと思いますから。
あ、僧正様に紹介したい人がいるんで、連れて行ってもいいですか?」
「それはもう」
そういうわけで、ジェイルくんに断って急遽出かけることにした。
行く先は、もちろんあの店だ。
「楽園の花」の王都本店。
やっぱ教団の隠れ蓑なんだろうなあ、あの店。
同行者は、ハマオルさんは当然としてヒューリアさんとフレアちゃんだ。
なにげに連れは美女・美少女なんですが。
例の豪華な馬車で颯爽と出かける俺は、もうすっかり貴族である。
内心はともかく。
店の場所はハマオルさんが知っていて、御者の小僧に指示してくれたおかげですんなり到着した。
「楽園の花」本店は、アレスト市にあった店を数倍の規模で再現したような店だった。
どちらかというと(こっちの基準でも)クラシックで、いかにも上流階級御用達というイメージだ。
俺なんか、未だに入るのに敷居が高いんだけどね。
「いらせられませ」
ラノベだと、例のウェイターさんそっくりの人が出てきたりするんだけど、さすがにそんなことはなかった。
でも同じくらい重厚なかんじの初老の人で、やはりこういう店には不可欠なのかもな。
会員カードを出すまでもなく窓際の良い席に案内される。
ハマオルさんは最初遠慮しようとしたけど、強引に一緒に座って貰った。
ランチを注文するとすぐに呼び出しがあった。
「ヤジママコト様。
お呼びです」
「わかりました。
ちょっと行ってきます」
こっちの店にもアレスト市の店と同じような密室があって、久しぶりのラヤ僧正様が待っていた。
それだけじゃなくて、見分けがつかないスウォークの人が3人並んでいた。
誰?
ていうか、どの人がラヤ様?
「お久しぶりですね、マコトさん」
真ん中の人らしい。
「お久しぶりです。
……こちらの方々は?」
「ご紹介します。
カリ僧正と、レン僧正です」
右側がカリ様で、左側がレン様か。
見分けがつかないけど(泣)。
「カリ様に、レン様ですね。
初めまして」
「カリです。
お目にかかれて、嬉しく思います」
「レンです」
お二人と握手して、席につく。
やっぱアニメの美少女声だった。
「ちなみに、カリもレンも男性ですよ」
ラヤ僧正様が面白がっているような口調で言った。
そうなんですか。
まあ、別に関係ないですが。
「本日は、急なことですみません。
こちらもようやく落ち着いたので、何はともあれご挨拶をと思いまして」
ラヤ僧正様が言ったが、教団で何かあったのか?
「いえ、誰がマコトさんを担当するかで揉めまして。
激烈な争いの結果、私を含めたこの3名に決まったわけです」
争ったのか。
ていうか、担当?
前にラヤ僧正様もそんなこと言っていたっけ。
「担当、ですか」
「はい。
ご存じかどうか知りませんが、ソラージュに限らず貴族家はスウォークを相談役にする習慣があります。
貴族家にとっては一種のステータスと言いましょうか、貴族社会で幅がきくようです」
「そのような話を聞いたような」
「ということで、この3名がマコトさんの相談役になるということをお伝えしたかったのです」
何それ?
確か、スウォークを相談役に出来るのは伯爵以上の位階の貴族だけじゃなかったっけ?
「そんなことはありません。
平民でも大商人や、優れた学者にも相談役を望まれることがありますし、事実担当しているケースもありますよ」
カリ様だったかレン様だったか、どっちかのスウォークの人が言った。
「まあ、それに応じるかどうかはこちら次第なのですが」
それはそうか。
つまり、選択権はスウォークの側にあると。
これは受けざるを得ないか。
断ったら失礼に当たるしな。
ここで教団を敵に回すわけにはいかない。
でも、教団の僧正様なんだからお布施って凄いのでは。
「ありがとうございます。
でも、その、お布施はいかほどで」
ラヤ僧正様たちは顔を見合わせて、一斉に笑った。
声だけ聞いていると、アニメ美少女たちが楽しそうにはしゃいでいるみたいだ。
目を瞑れば萌え放題かも。
「今回は、こちらから望んで担当させて頂くわけですから、お布施は結構です」
真ん中のラヤ僧正様が言った。
「それより、もっと頻繁にこの店に来て頂きたいのです。
我々の誰かが、必ずいるようにしますので」
そうなの?
また奢られるのか?
教団の金をそんなに使って、それでいいの?




