11.皇女殿下降臨?
ヒューリアさんの給料その他についてはジェイルくんと詰めて貰うことにして、俺は早々にフレアちゃんのご機嫌伺いに向かった。
本当なら、フレアちゃんがこの屋敷に来るときには俺自身がエントランスとかで出迎えなければいけないんだけどね。
貴族とはそういうものだ。
いや、ラナエ嬢に仕込まれたんだけど。
フレアちゃんは正統の帝国皇族なのだ。
無理に日本にこじつけると、例えば皇室のどなたかが俺の家に泊まりに来るようなものだと思えばいい。
公式訪問じゃなくて、お忍びだったとしても同じだ。
貴族どころかソラージュでいうと王族だもんね。
あ、ちなみにこっちの世界でも王族や皇族は貴族と違って別に王位や皇位にいなくてもそれ自体が位階として扱われるらしい。
王子様というのは敬称ではなくて、正式な爵位なのだ。
一番上が王様なので、その次のグループだね。
王妃やなんかと同じ扱いになるということだった。
皇族も同じで、ていうか帝国の場合はその内部にかつて「王」だった者が複数いるために皇帝という名称になったらしいけど、一番上という意味では同じだ。
皇子や皇女も同様で、次のグループの扱いになる。
つまり、フレア皇女殿下は皇帝陛下や国王陛下よりは下だが、ソラージュを含めたあらゆる国の貴族より高位なのだ。
ソラージュで同等なのは、ミラス王太子殿下やその他の王族くらいなものか。
いや、ミラスさんは次の王位継承者なので、皇女よりは高位かもしれない。
よく判らないが、そんな雲の上のことはとりあえず俺には関係がない。
フレアちゃんには失礼があってはいけないということだね。
まあ、俺なんか最初から失礼しまくりだけど。
「あら、マコトさん!
来てしまいました」
俺がフレア皇女殿下に割り当てられた部屋のドアをノックすると、自ら扉を開けてくれたフレアちゃんが言った。
この皇女様も砕けているなあ。
貴族って、みんなこんななのか?
いや、俺にはそういう風に聞こえているだけなのかもしれない。
何せこっちの世界では、俺は発音された言葉をそのまま認識しているわけではない。
発声された音は俺の耳に届いてはいるのだが、俺の脳が認識するのはむしろその言葉に込められた意志や感情だ。
つまり、フレアちゃんがどう言おうとも、それが親しげなら俺にはそう聞こえるということになる。
ひょっとしたら、フレアちゃんは「マコト、来てやったぞよ」とか言っているのかもしれないのだが、俺に聞こえるのは快活な年下の娘らしい言葉なのだ。
これって、ありがたいのか?
「フレアさん。
お部屋はいかがですか?」
結構いい部屋なんだよね。
俺の部屋の方が広くて日当たりがいいのは内緒だけど。
「とても快適です。
バレル邸のお部屋も良かったのですけれどね。
あまり目立ってはいけないということで、奥まった所で暮らしていたものですから」
うん。
こっちは裏側だけど、直接庭に面しているからな。
フレアちゃんが贅沢なタイプでなくて助かった。
「ところで、何かご用なのですか?」
「お茶でもいかがかと思いまして。
改めてみんなに紹介したいということもあります」
嘘じゃないよ。
ヒューリアさんとジェイルくんが打ち合わせしているけど、この際一緒に歓談しといた方がいいかと思ったのだ。
フレアちゃんはヤジマ商会でバイト的な仕事をして貰うことになっているけど、そこら辺も詰めておきたかったしな。
みんな忙しいから、集まる機会があればやっておくべきだろう。
フレアちゃんは少し頬を染めて言った。
「少しお待ち下さい。
着替えます」
ああ、作業着姿だったのか。
俺の目には、申し分のないお嬢様着に見えたけど、やっぱ皇女ともなれば違うんだろう。
それにしても皇女殿下なのに、メイドとかいなくても着替えられるのか。
まあ、これはハスィーさんたちも一緒なので、こっちの世界ではそういう習慣はないのかもしれないな。
とにかくみんな、アグレッシヴだ。
自分のことは自分でやるという。
5分もたたないうちに出てきたフレアちゃんは、真新しいツナギ姿だった。
なんで?
「お仕事のお話ですよね?
作業着も作ったので、なるべくこちらに慣れないといけないと思って」
気が早いな。
引っ越してすぐに仕事か。
日本とは感覚が違うんだろうな。
皇女殿下と言えど。
「あー。
そうですね。
よくお似合いです」
いや本当に似合っているんだけどね。
シルさんとは似ても似つかないけど。
武闘会で活躍したり、冒険者としても優秀だったシルさんとは違って当たり前か。
そう思っていたら、なぜかフレアちゃんの御不興を買ったらしい。
「私もお姉様に追いついて見せます!」
いや、あんな超人に追いつかなくてもいいですから。
むしろ追いついてしまったら、帝国皇女として認められなくなってしまうかもしれませんし。
冒険者はやり過ぎですよ。
「……それも困りますわね。
判りました。
とりあえずはマコトさんのお役に立つことを目標とします」
物わかりがいいなあ。
それにしても、最初に出会った時の蓮っ葉は何だったんだろう。
まあ、魔素翻訳って俺の方の認識にも左右されるからな。
今はどこから見ても高貴な貴族令嬢だ。
服装はツナギだけど。
でも似合っているし、これではシルさんも妹のことが可愛くて仕方がないだろうなあ。
前を歩いていたフレアちゃんが、いきなり振り向いて言った。
「マコトさん、僭越ながら申し上げますが、そのようなことをしていると、いつか後ろから刺されますわよ」
俺が何をしたと?
それに、何でそんなに顔が赤いんですか?
でもフレアちゃんは何も言わないまま足早に歩いていってしまった。
応接室を知っているのか。
まあ、この屋敷を見に来た時にも一緒にいたしね。
途中で小僧にお茶の用意を頼んで、俺はフレアちゃんの後を追った。
自分ちなんだけど、やっぱり日本の庶民には広すぎると思う。
そもそもぺーぺーのサラリーマンが住む屋敷じゃないしな。
仕事場を兼ねているというのも違和感がある。
通勤する必要がないっていうのは、サラリーマンとしてはラッキーだけど。
雨の日なんかは特に。
応接室に入ると、もうフレアちゃんはジェイルくんたちと歓談していた。
ソラルちゃんもいる。
ヒューリアさんの雇用条件などの話はついたようだ。
なし崩し的にヤジマ商会とやらの会長にされたけど、俺はその内容なんか全然把握してないもんね。
全部ジェイルくんに任せっきりだ。
そういやジェイルくん、アレスト興業舎の王都出張所はどうなったの?
「やってますよ。
サーカスがらみの商談や、うちで作っている絵本などの販売について進めています。
アレスト市から増員も呼んだので、これからはもっと時間が取れるようになると思いますから、安心して下さい。
私は指示するだけで、実作業は部下が担当してくれてますから」
カッコいい!
まさにデキるサラリーマンではないか!
おまけにイケメン。
レディコミから出てきたかのようだ。
「何ですかレディコミって。
絵本ですか?」
「いや、漫画という娯楽の形態があるんだけど……その話は後にしよう。
とりあえずフレアさんとヒューリアさんが仲間に加わったお祝いをしないとね」
「仲間……ですか?」
フレアちゃんが首を傾げたけど、だってそうだろう?
ここにいるのがまあ、ヤジマ商会の幹部ということで。
フレアちゃんが不安そうに言った
「私も参加していいのでしょうか」
「いいのよ。
シルレラの指示だから、嫌だと言っても入って貰うから」
ヒューリアさんって、シルさん命なんだなあ。
逆らわないようにしよう。
それにしてもアンタ、態度でかいよね。
ヒューリアさん自身がさっき入ったばかりだろうに。
「私もいいんですか?」
ソラルちゃん、君は俺の秘書でしょ?
考えてみれば、この世界で一番付き合いが長いんだし。
転移してきて最初に遭ったのがソラルちゃんだったもんな。
あの時、ちょっとでも間違ったら俺は死んでいたかもしれないし。
「ありがとうございます」
ソラルちゃんが、両手で頬を抑えて言った。
ちょっと赤くなっている?
「あら、社交秘書は私でしょう?」
ヒューリアさんが口を挟んできた。
「ヒューリア様は、渉外を担当して頂きます。
ソラルさんは社内業務およびマコトさんの個人秘書ということで」
「それはそうですね。
よろしく。
あ、それから私も『様』は止めて下さい。
これからはジェイルさんの部下ですから」
「わかりました」
ヒューリアさんが差し出した手を、ソラルちゃんが握った。
似ているようで違うけど、どっちも強かだし、心配することはないだろう。
ヒューリアさんも切り替えが早いな。
しかし、俺には秘書が二人もつくのか。
それも美女と美少女。
こき使われそう。
不安しかないよ。
「それでは早速、挨拶回りの予定が入っておりますので。
当分、休めませんよ」
鬼か!




