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サラリーマン戦記 ~スローライフで世界征服~  作者: 笛伊豆
第二部 第三章 俺がベンチャー・キャピタリスト?

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10.押し掛け就職?

 いよいよフレアちゃんの引っ越しの日がやってきた。

 といっても大々的にやるようなものではなく、むしろこっそりと本人と荷物を移動させるだけだ。

 念のためフレアちゃんには変装してもらった上で、ヒューリアさんと一緒にふらりと遊びに出かけるような恰好で外出して貰う。

 サリムさんがついているから、まず大丈夫だろう。

 荷物は通常の商品のように偽装して、馬車でヤジマ商会行きだ。

 俺とジェイルくんは朝から別途バレル男爵邸を訪ねて、男爵閣下からフレアちゃんの保護の引き継ぎを行った。

 リム・バレル男爵閣下は生粋のドワーフだということだったが、やっぱり俺には人間とどう違うのか判らなかった。

 浅黒い肌と筋肉隆々たる大柄な身体が印象的なおじさんで、ヒューリアさんの父親なんだけど50歳は過ぎているということだ。

 これは貴族としては珍しいそうで、普通の貴族は家を継承させるために早婚で若い内に子供を作る傾向が強いからだと。

 ただ商人の場合、貴族とはいえ独り立ちするまでは結婚している暇などなく、どうしてもある程度歳がいってから妻を迎えるということになるらしい。

 もっとも結婚は遅くても、子供は早く出来ることも多いので、一概には言えないとか。

「わしの場合は、妻の方がなかなか承諾してくれなくてな。

 女にかまけている暇があったら、家督を継ぐ努力をしなさいと言われて頑張ったものだ」

 女傑ですね。

 バレル家もジェイルくんの所と同じで、男爵の御曹司だからといってすんなり跡を継げるわけではないらしい。

 しかも、基本的に父親を越えたとみんなを納得させてからでないと、父親が隠居してくれないのだそうだ。

 あれだね。

 父ライオンが息子を千尋の谷に突き落とすだけでなく、這い上がってくる息子を蹴り飛ばし続けているようなものか。

「そもそも男爵号など、何代か前のバレル家当主が王家に何かで恩を売って、棚ぼた式に落ちてきたものだ。

 商売にはあまり役にたたん。

 むしろないほうが楽なくらいなのだが、今更返すとも言えなくて、しょうがなしに継承しているだけのものでね」

「貴族の称号が邪魔なのですか?」

 不思議に思って聞いてみると、貴族が商売をする場合は王政府から色々横やりが入ったり、業種によっては税金が高かったりするということだった。

 何それ。

 いやまあ、特権階級なんだから仕方がないのかもしれないけど。

「その反面、貴族でいると政府や世界情勢の動きが早く判ったり、情報が入ってきやすくなることもあるからな。

 一長一短というところだ。

 それはともかく、フレア様のことはお任せする。

 シルレラ様にも、リムがよろしく言っていたと伝えて欲しい」

「判りました」

 バレル男爵閣下も忙しいので、俺とジェイルくんは早々に辞して屋敷に戻った。

 バレル邸を出る時、ムストくんの商号(マーク)がついた馬車がフレアちゃんの家財道具を運んでいるのが見えた。

 本人はいないようだ。

「ムストくんも、いいように使われているなあ」

「フットワークが売りの商人ですからね。

 でもそろそろ、こちら専属というか御用商人として確保したいものです」

「そうなの?」

「ムストさんは拾いものですよ。

 本当ならヤジマ商会に引っ張り込みたいくらいですが、本人が独立していた方がお役に立てることもあるでしょうというので、そういう使い方になると思います」

 凄いなあ。

 みんな頑張っているだけでなくて、色々考えているんだな。

 俺と違って。

 俺なんか、何か思いついたらジェイルくんに丸投げしているだけだし。

 そんなことを思いながら歩いていると、ジェイルくんが改まって話しかけてきた。

「そういえばマコトさん。

 近いうちに王太子殿下にお会いして、お願いしていただきたいことがあるのですが」

「いいけど、何?」

「新事業について、ギルドの許可が必要なことが色々あります。

 王太子殿下はギルド総括をしていらっしゃるので、そちらからプッシュして頂くとありがたいということで」

 ジェイルくんには、ミラス王太子殿下と俺の関係を全部話してある。

 ラミット勲章の件では驚かれたけどね。

 俺がいきなりそこまで王太子に食い込めるとは思っていなかったらしくて絶句していたが、何とか納得して貰えた。

 まあヒューリアさんという証人もいたしね。

 俺の方からは特に王太子殿下に接触を図るということはなかったんだけど、あれからミラス殿下が何かというと俺を呼びつけるんだよな。

 もちろん、その都度それらしい用事はあるんだけど、こじつけ臭い。

 会っても雑談しかしないし。

 でも、そのせいで俺が王太子殿下のお気に入りになったという噂が貴族社会に事実として定着したようだった。

 気に入られているのかなあ?

 ミラス殿下もあんな美少女顔してなかなかの策士だから何か企んでいるのかもしれないけど、まあ俺としては利用されるくらいは構わない。

 むしろ、こっちからは何もして差し上げられないのが心苦しいくらいだし。

「いいよ。

 ラミット勲章があるから、こっちから訪問しても断られることはないしね。

 でも一応、予約は取らないと」

 王太子は忙しいのだ。

「もちろんです。

 こちらでその手配をしておきます」

「日付が決まったら教えて。

 お願いしたいこともリストにしておいてね」

 その辺りはジェイルくんのことだから完璧だろうけど。

 さて、今日は王太子殿下の話よりは帝国皇女殿下だ。

 ヤジマ商会の屋敷、というか俺の家に帰ってくると、先行した馬車がもう着いていて、家財道具が運び込まれている最中だった。

 心配していたほどの量はなさそうだ。

 ヒューリアさんが歯止めをかけてくれたか。

「お帰りなさい。

 お茶の用意が出来ていますよ」

 応接室には、ここの主のような顔をしたヒューリアさんが陣取っていた。

「フレアさんは?」

「自分のお部屋です。

 家具の位置を指示するといって利かなくて」

 はしゃいでいるらしい。

 ちなみにモノを運んだり配置したりする仕事はアレスト興業舎の人たちがやっている。

 帝国皇女は間違っても箪笥を自分で運んだりはしない。

 ヤジマ商会会長でアレスト興業舎顧問の俺や王都出張所長であるジェイルくんも同じだ。

 出世するっていいなあ。

 ヒラのサラリーマンは気楽で良いけど雑用が回ってくるのが難点だからね。

「先ほどヒューリアさんのお父上にお会いしてフレア殿下の保護について引き継ぎを行ってきました。

 これまでご苦労様でした」

 俺が言うと、ヒューリアさんは怪訝そうな顔つきになった。

「父は他に何か言っておりませんでした?」

「?

 特には」

 ヒューリアさんが舌打ちした。

 はしたないですよ男爵令嬢。

「忘れたのか逃げたのか。

 まあいいですわ。

 自分で言いましょう。

 マコトさん、これからよろしくお願いいたします」

 ヒューリアさんは立ち上がって、わざわざ礼をとった。

 貴顕に対する正式な礼だ。

 俺は位階がある正式な貴族でヒューリアさんは貴族の家族というだけだから、間違ってはいないんだけど。

「何してるんですか」

(あるじ)にご挨拶しています」

 しらっと言うなよ。

「何の話です?」

「本当は父からお話しするはずだったのですが忘れたようですので私から申し上げます。

 ヒューリア・バレルは本日ただ今よりヤジマ商会でお世話になります」

 えーっ!?

 全然聞いてないよ!

 ジェイルくんを振り返ると、こっちも驚いている。

 つまり、ヤジマ商会側は関知していないということだ。

「突然言われましても」

「あら。

 フレアがこちらにお世話になるのですから侍女である私もご一緒するのは当然でしょう。

 もう荷物も運び込んでありますので、ご心配は無用です」

 ヒューリアさんアンタ、いつ侍女になった?

 強引過ぎる!

「最初に申し上げた通り、私はシルレラからマコトさんのサポートをするよう言いつかっております。

 フレアの世話もありますので、こうするのは当たり前ですわ」

 いや、それにしても。

「私はお買い得ですわよ」

 ヒューリアさんが瞳を燦めかせた。

「実家の商売柄、あちこちにコネがありますし、特に王太子殿下関係は任せて頂いて結構です。

 マコトさんの社交秘書として最適と自負しております」

 ジェイルくんがちょっと考えてから頷いた。

「マコトさん、どちみちヤジマ商会の人員補充は必要ですから。

 特に貴族関係の渉外要員の採用は急務です。

 ヒューリア様はヤジマ商会にとって得難い人材かと」

 懐柔されやがった!

 そうかい。

 まあ、いいけどね。

 ジェイルくんがそう言うのなら、俺は別に構わないから。

「ありがとうございます」

 ヒューリアさんが嬉しそうに言ってまた礼をした。

 笑顔が黒いぞ!

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