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サラリーマン戦記 ~スローライフで世界征服~  作者: 笛伊豆
第二部 第三章 俺がベンチャー・キャピタリスト?

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8.贄?

 俺は、ララネル公爵殿下にそのような懸念がまったくないことを力説した。

 俺が望んでいるのは、平和で穏やかな日々だけであると。

 本心だよ?

「それを聞いて安心した」

 ララネル公爵殿下は、明らかにほっとした様子を見せた。

 まさか、本当に心配していたのか?

「いや、マコト殿とあの承認の儀式で初めて話した時から大丈夫だろうとは思っていたのだがね。

 やはり、膝をつき合わせて話すとよく判る。

 マコト殿、ユマをよろしく頼む。

 くれぐれも暴走させないように」

 そんなことを言われてもなあ。

 アレスト興業舎の人たちって、誰も俺の言うことなんか聞かないもんね。

 俺がちょっと話したことがトリガーになって、しょっちゅう暴走しているからな。

 俺なんかに止められるわけがない。

 アレスト興業舎自体、そうやって出来たものだし。

「実は、マコト殿には話しておきたいことがあったのだよ。

 お前達も聞きなさい」

 ララネル公爵が真剣な口調で言った。

 レオネくんとエマちゃんも姿勢を正す。

 この辺りが、育ちの良さという奴だね。

 きちんとするべき時と所を自ずから弁えているのだ。

 俺みたいなのと違って。

「これは庶民はおろか、なまじな貴族にも知られておらぬ話だ。

 マコト殿、貴君は公爵や侯爵が何のために存在するのか知っておるかね?」

「それは……高位貴族ですか?

 私が理解している所では、公爵家は王家に何かあったときの予備であり、侯爵家は貴族社会のリーダー、というところでは」

 失礼かと思ったけど、どうせ魔素翻訳で隠せないんだから、俺は思いついたままを言った。

 ラノベにはあまり出てこないけど、俺の理解している所はそうなんだよね。

 公爵家は、もともとは王族で王様になれなかった人が臣籍降下して作ったという家だ。

 つまり、王家の血を引いている。

 よって万一王家が絶えてしまった時には、公爵家の誰かが代役として立つことが可能だ。

 日本の江戸時代にあった御三家・御三卿と原理的には一緒だね。

 あれは、将軍の血を保存しておくための家系だから。

 まあ、実は将軍家は血ではなくて「家」なので、養子に入れば血がつながってなくても大丈夫なんだけどね。

 それでも、やはり可能ならば血縁の方がいい。

 ちなみに侯爵家は色々だけど、むしろ貴族の仲での重鎮というか、高位貴族として貴族社会をまとめる役目という所かな。

 これは色々説があって、一概には言えないけど。

 あ、ラノベで覚えた知識なんで、本当かどうかは知らないよ。

 ララネル公爵殿下は頷いた。

「それも正解ではある。

 だが、ソラージュを含めた王制国家では少し違う。

 というよりは、裏の意味があると言った方がいいな。

 公爵家とは、王家の盾なのだ」

 盾ですか?

 冒険者で言うと、敵の突進を食い止める役ですね。

「その通りだ。

 自らを犠牲にしても王家への攻撃を防ぐ役割だ。貴族はみんなそうだが、公爵家は言わば最後の砦だな」

 なるほど。

「そして、侯爵家は王家の矛だ。

 王家に仇なす者を殲滅するために存在する。

 そういった役割を負っているからこそ、我らは高位貴族たり得るわけだ」

 ララネル家の兄妹は神妙に頷いている。

 優秀だなあ。

 王太子殿下の所で見た、ラノベに出てくるような馬鹿な近習のせいでちょっと舐めていたけど、貴族ってやっぱり凄いね。

 この歳でもう、覚悟があるみたいだ。

 教育のたまものか?

 いや、「学校」に行っても駄目なのはいるらしいから、これはやはり生来の素質というべきかも。

「ところでアレスト家は伯爵だが、どうしてアレスト伯爵があの領地に封じられているのか聞いているかね?」

「いえ。

 そのような事は何も」

 成り立ての近衛騎士にそれは御無体な要求でしょう。

「そうか。

 まあ、あまり広めるような事ではないからな。

 だが、王族や高位貴族は皆承知している。

 アレスト伯爵家は、というよりはアレスト領は王国の盾なのだよ」

 王国の盾?

 ああ、そうか。

「対帝国ですか?」

「そうだ。

 百年前、現在の帝国の前身である南方諸国連合が北に向けて侵攻し、あの辺りを一時占拠した。

 ソラージュの軍が何度かの会戦の後、何とか敵軍を現在の国境線まで押し返したが、予断を許さない状況だった。

 国境の辺りに砦を築き、とりあえずの抑えとしたが、帝国が本気になればそんなものは時間稼ぎにもならない。

 そこで、アレスト市を建設してあの辺りを伯爵領としたのだ。

 ソラージュの南方の大部分を占める、広大な土地だ。

 もっともほとんどは荒れ地や山で、野生動物が多数生息することもあって、まったくといっていいほど開発が進んでいなかったからな。

 土地が広いだけで、うまみというものがほとんどない領地だ」

 話が長いなあ。

 でもハスィーさんに大いに関係してくることなんだろうし、寝たら駄目だろうな。

 いや、公爵殿下が話しているに寝られるわけはないけど。

「『盾』としての役割を期待されているのだから、公爵か辺境伯でもおかしくないのだがな。

 人口の少なさや生産力の低さから伯爵領とされたわけだが、そんな危ない場所に封じられる志願者がいないのは当然だ。

 よって、当時の王家の指名で法衣貴族だったアレスト子爵が昇爵してアレスト伯爵となり、領主に任じられたわけだ。

 なぜ選ばれたのだと思うかね?」

 判るわけないでしょう。

 いや、そうか。

 アレスト家の特徴と言えば。

「……エルフだったから、でしょうか」

「その通りだよ。

 次に帝国がソラージュに侵攻する時には、当然だがその矛先は真っ先にアレスト領に向かうだろう。

 領主は見目麗しいエルフだ。

 侵略者を懐柔するなり、あるいは抵抗して殺害されることで国民の義侠心を刺激するなり、どう転んでもソラージュに利益をもたらすと期待される。

 つまり、アレスト伯爵家はソラージュの『贄』なのだよ」

 パネェ。

 それが政治か。

 エルフでいるのも楽じゃないんだなあ。

 ああ、それでアレスト家が家格にそぐわないでかい屋敷に住んでいたり、伯爵という中堅貴族にしては貴族社会で伸している理由か。

 特別なんだな。

 まあ、そんなものがなくてもあの美貌は特別だろうけど。

「でも、帝国の侵攻は起こらなかったんですよね」

「その通りだが、役目がなくなったわけではない。

 アレスト家は、依然として万一の場合の『贄』であり続けている。

 帝国との関係が不穏になった場合は、アレスト伯爵は領地に戻されることになっているのだ」

 そういう役目か。

 納得。

 そう思って公爵殿下を見ると、さらに真剣な顔で見返された。

「ここからが本題だ」

 ええっ?

 今までのは単なる振り?

「アレスト伯爵家は万一の場合、帝国との最前線に我が身を横たえることで、特別待遇を許されている。

 アレスト領が落ちる時はソラージュの危機ということになる。

 だからハスィー・アレスト嬢の『傾国姫』という二つ名は、特別な意味を持つことになるのだ。

 それは、ひとつの運命といってもいい」

 いや公爵殿下、何か講談的な口調になってますよ?

「マコト殿。

 近衛騎士でしかない貴君が伯爵令嬢と婚約して誰からも文句が出ないなどという事態は、おかしいとは思わなかったかね?」

「それは、思いました」

 そうなんだよね。

 普通なら、貴族の家格が違いすぎて婚約なんて事態はあり得ないはずなんだけど。

「ある意味、国の命運を握るとも言える美姫が、どこからともなく現れた騎士にその手を委ねる。

 その騎士は、アレスト市において瞬く間にアレスト興業舎なる団体を組織し、野生動物を従え、帝国の難民を自ら救出。

 アレスト市を掌握する。

 さらにその騎士はこともあろうに我が娘、ユマをも配下に置いた。

 『略術の戦将』たるユマをだ」

 公爵殿下が言葉を切る。

 レオネくんとエマちゃんがごくっと唾を飲み込む音が聞こえた。

 あの。

 一体何を。

「そこにもたらされる、帝国の不穏な兆候!

 ロマンだとは思わないかね?」

 なんだよ!

 真剣に聞いていれば、戯れ言かよ!

 いやもう、ラノベじゃないんだから妄想はそのくらいにしといて下さい。

 レオネくんもエマちゃんも、なんで目を輝かせて頷いているの?

 父親の馬鹿話に乗らないで!

 さすがの俺も呆れかえったが、公爵殿下は手を広げて言った。

「まあ、最後はちょっと調子に乗りすぎたが、アレスト家について言ったことは間違いではないよ。

 マコト殿とハスィー・アレスト嬢との婚約についても、今述べた理由だけではないが、問題にはなっていない。

 それに、王太子殿下からラミット勲章を頂いたことも聞いている。

 よって、ララネル家は大手を振ってマコト殿を支援できる」

 それはありがとうございます。

「ユマからきつく言われているし」

 だからか!

 ユマ閣下、どれだけ畏れられているんだよ。

 まあいい。

 疲れたので、もう帰っていいでしょうか。

「それは残念だが、これから忙しくなるはずだから今の内にゆっくり休んだ方がいいだろうな。

 何かあったら、遠慮無く言ってくれたまえ。

 ララネル公爵家はマコト殿の味方だ」

 ありがとうございます。

 ホントに嬉しいです。

 もう勘弁して下さい。

「最後に」

 公爵殿下は、ひどく真剣な顔で言った。

「マコト殿。

 本当に、ソラージュを滅ぼしたりしないでくれたまえよ?」

 しねえよ!

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