7.ララネル家の憂鬱?
もちろん、そんな馬鹿な話があるはずがなかった。
「いい加減にせんか!
その話は終わったはずだ」
腹立たしそうなララネル公爵殿下の叱責に、レオネ様が反撃する。
「まだ終わってませんよ!
夫がいなければ女公爵が駄目というのなら、夫を立ててユマ姉様が跡を継げはいいだけではないですか!」
「ユマ姉様は、もっと大きな事をする人なんだから!
ララネル家なんか、レオネ兄様が継げばいいのよ!
長男なんだし、当然でしょう!」
エマ様が割り込む。
俺、棒立ち。
「お客様の前で失礼だろう!
せめて、きちんと挨拶をせんか!」
ララネル公爵殿下が怒鳴ると、お二人は渋々啀み合うのを止めて俺に向き直った。
「お見苦しい所を見せてしまい、すみませんでした。
レオネ・ララネルです。
ユマの弟です」
「失礼しました。
エマ・ララネルです」
お二人とも、さすがに教育が行き届いているせいかマナーは完璧だ。
それ以上にやんちゃなだけか。
「ララネル家近衛騎士、ヤジママコトです。
ヤジマは家名ですので、マコトと呼んで下さい」
何度これ言ったかなあ。
日本のサラリーマンには有り得ない台詞だけど、もう考えなくてもスラスラ言えるようになってしまった。
「じゃあ、僕のことはレオネで」
「エマって呼んでいいです」
「ではレオネさんとエマさんでよろしいでしょうか」
ちょっと冒険だったけどそう言うと、二人とも満足そうに頷いてくれた。
やっぱ「様」は嫌いか。
あれ、嫌なんだよね。
よく判る。
「誠に申し訳ない。
今朝からマコト殿が来られるというのではしゃいで仕方なくてな。
余程楽しみだったようだ」
何で?
俺なんかと会って嬉しいの?
ララネル公爵殿下の言葉に、レオネくんが勢い込んで続けた。
「だって、ユマ姉様が自ら近衛騎士に叙任した方ですよ!
『あの』ユマ姉様が!」
「そうよ!
誰にも興味がなさそうだった『あの』ユマ姉様の、初めての殿方よ!」
いや、違うから。
俺を近衛騎士にしたのは帝国の難民を救助する為の方便で。
「うむ。
それは私も考えていた」
ララネル公爵殿下が重々しく言った。
「時間はたっぷりとってある。
今日はとことん話し合おうじゃないか。
マコト殿」
嫌です。
そう言えたらどんなにいいか。
「判りました」
「最初は私だけで話そうと思っていたのだが、子供達に嗅ぎつけられてな。
どうせ後から同じ話をさせられることになるなら、一度で済ませた方がマコト殿も楽だろうと、家族みんなで一緒に聞かせて貰うことにしたのだ」
「みんなと言っても、母上はララネル領にいますから無理ですけれどね」
レオネくんがさっさとソファーに座ってお茶に口を付けながら言った。
「あ、僕たちはユマ姉様を含めて3人きょうだいです」
「ユマ姉様が長女であたしが次女ですのよ」
エマちゃんも、こしゃまっくれた口調で付け加える。
マジで、ララネル家も公爵家とも思えないほどざっくばらんだなあ。
アレスト家の方が貴族らしかったくらいだぞ。
そもそも、初対面の赤の他人である俺に対してこれはやり過ぎなのでは?
「うむ。
ユマの手紙に色々書いてあってな。
最初は信じられなかったが、どうやらマコト殿がユマを劇的に変えてしまったことを認めざるを得なくなったのだ。
ところで。
聞かせて欲しいのだが、マコト殿から見たユマは、どのような人物だったのだ?」
ララネル公爵の言葉に、俺はユマ閣下を思い浮かべてみた。
公爵の名代、アレスト市筆頭司法官、「略術の戦将」、そしてハスィー邸の夕食会で楽しそうに笑うユマさん。
何ともとらえどころがない、でも魅力的な若い女性だったなあ。
そう説明すると、ララネル公爵殿下は額に手を当てて悩んだ。
レオネくんとエマちゃんも、唖然とした表情を顔に貼り付けたままだ。
「……ううむ。
確かに、ノールの報告とも一致するが……」
「にわかには信じられないよね」
「でも、逆にお姉様なら有り得るかも」
何が信じられないんだろう。
「いや、マコト殿の言うことを信じないわけではないのだが、我々が知っているユマとはあまりにも違いすぎて、な」
レオネくんがカップを手に取ってお茶をガブッと飲むと、俺に向かって言った。
「ユマ姉様の日常は、基本的にいつもつまらなそうにぼーっとしているというものです。
いえ、任された仕事はあっという間に完璧に片付けるのですが。
何にも興味がなさそうというか」
エマちゃんも言う。
「あたしが前に聞いたところでは、色々考えて絶望したから何もやる気がないとかで」
「本当ですか?
私の知っているユマ閣下とは全然違いますが。
毎日楽しそうでしたよ」
すると、ララネル公爵殿下が突然ガバッと身体を起こして叫んだ。
「……そうだ!
やはり無理に司法官職を押しつけたことが良かったのだ!
エメリタ!
今度もやはりお前は正しかった!」
「ちなみに、エメリタは僕たちの母上の名前です」
レオネくんが説明してくれた。
つまり、ララネル公爵夫人か。
領地におられるということですが?
「母上は領地経営の全権を握っています」
レオネくんが続ける。
「父上が王都でララネル家の評判を維持している間、領地を守っていると言えば聞こえはいいのですが」
「母上の手腕は凄いのですのよ」
エマちゃんが自慢そうに言った。
「正直、父上が口を出そうとしても、誰も従わないくらいで」
「聞こえているぞ」
怒気を含んだ声がした。
いやあ、ララネル家って楽しい一家だね!
ラノベだって、ここまで砕けた公爵家は出てこないんじゃないかな?
ギャグやハーレム話じゃないのになあ。
いや、これはリアルだけど。
「しかしまあ、概ね子供達の言う通りでな」
ララネル公爵殿下がソファーに身体を沈める。
「エメリタは、実に良くできた妻でね。
美人だし」
惚気ですか。
「特に領地経営の才能があって、本人も向いているのか楽しそうにやっているもので、つい任せていたら口を出せなくなってしまった。
ユマはエメリタに似たのかもしれん」
「母上は、姉様の好きなようにさせろというのです」
レオネくんが不満そうに言った。
「ソラージュは女性の爵位相続を認めているのですから、長女である姉上がララネル公爵を継ぐのが本筋でしょう?
どう考えても僕なんかの出る幕じゃない」
「レオネさんは、公爵家を継ぎたくないのですか?」
つい口を出してしまった。
「どうしてもやれと言われれば仕方がありませんが」
レオネくんはきっぱりと言った。
「正直、興味がありません。
姉様みたいに教育も受けてないし、僕に特に向いているとも思えないので。
そもそも、姉様とは才能や知識に差がありすぎます」
「ララネル家なんて、レオネ兄様くらいでちょうどいいのよ」
エマちゃんが口を挟む。
「なんだと!」
「ユマ姉様がララネル家みたいなちっぽけな領地なんかに納まるはずがないじゃない。
あんな退屈なお仕事」
「お前はそれを僕に押しつけようとしているんだぞ!」
口喧嘩を始めてしまったレオネくんとエマちゃんを尻目に、ララネル公爵殿下は肩を竦めて言った。
「この通り、ユマの行く末を巡って家庭内が混乱しているのだ。
まあ、ユマが帰ってくれば解決するとは思うのだが、ね」
「そうなのですか」
だったら俺にどうしろと?
そんなのはララネル家の問題であって、何の関係もない俺が口出しすべきじゃないし、そもそも何もできないだろう。
それに、聞いている限りではユマ閣下の意志は誰にも曲げられないようだ。
公爵殿下も夫人も、ユマ閣下がしたいようにさせる気らしいし、何も問題はないように思えるけど?
「それはだな」
ララネル公爵殿下が背筋を伸ばした。
レオネくんとエマちゃんも喧嘩を止めて、俺の方を見る。
「ユマの手紙に気になることが書いてあったのだ。
本人の進路というか、これからの方針というか」
それが?
ユマ閣下なら、誰よりも正しい道を自ら歩むでしょうし。
「ユマは、マコト殿に従うと書いていた。
マコト殿が何をしようとも、その後についていくと」
何ですと?
ああ、そういえばハスィー邸での夕食会でそんなことを言っていたような。
司法官を辞任したら俺に付き従う、だったっけ?
戯れ言だと思って忘れていたけど。
「違いますよ、父上」
レオネくんが言った。
「正確にはこうです。
『マコトさんの行く手を阻むものは、すべて蹴散らしてご覧に入れます』」
おっかないなあ。
でも、だから?
「マコト殿は知らないかもしれないが、『学校』時代にユマは仲間達から『略術の戦将』と呼ばれていたのだ」
「ああ、聞いております。
机上演習では敵無しだったとか」
ララネル公爵殿下は身震いした。
「そんなものではない。
あれは、やると言ったらどんなことでも出来てしまう。
それだけの意志と能力があるのだよ」
そうかも。
何せ、アレスト市の代官をマジで叩き潰してしまったもんなあ。
でも、繰り返すようですがそれが何か?
「本当に判っておらんのかね?
ユマは、マコト殿がやろうとすることを本気で実現させてしまうかもしれんのだ。
ところでマコト殿、一応聞いておきたいのだが。
まさか、世界征服とかを狙ってはおらんだろうね?」
いませんよ!




