2.王都動物事情?
小僧がお茶を三人前持ってきたので、礼を言って下がらせる。
ついでに、今日俺は留守なので誰も取り次ぐなと言っておいた。
猫の方が重要だ。
アドナさんも美人だしね。
いやそれは関係ないけど。
「失礼。
喉が渇いた」
そう言って、ニャルーさんは器用にカップに前足を掛けると顔を近づけて飲み始めた。
マジで人間並みだ。
ふと見ると、アドナさんもカップを取り上げて飲んでいる。
遠慮しない所は同類か。
同居していると似るのかもしれない。
「ところでお聞きしたいのですが、私のことはどこから?」
「祖父が、先日の認証式に出ておりました。
それに、マコト様のことは前から噂になっていて、色々と聞いておりましたので」
噂になっているのか。
それはそうかもしれない。
「参考までにお聞きしたいのですが、どのような噂でしょう。
あ、それから私のことは『様』付けで呼ぶのは止めてください。
出来れば『さん』で」
アドナさんは頷いて言った。
「判りましたわ、マコトさん。
ところでご質問の応えですが」
生真面目というか、律儀な性格らしい。
「色々と情報が錯綜しておりますが、確かな事は突然ララネル家の近衛騎士に叙任されたこと、アレスト市で立て続けに大きな成果を上げたこと、それにアレスト伯爵令嬢、というよりは『傾国姫』とご婚約なさったということでしょうか」
ハスィーさんと婚約していることが、もう知れ渡っているのか。
しかも確実な情報として。
俺ですら、この間教えてもらったばかりなのに。
それに「大きな成果」って何?
「アレスト興業舎という、前代未聞の事業を立ち上げなさり、しかも大成功を収められたというではありませんか。
特にフクロオオカミの雇用と活用など、歴史的に見てもおそらく初めてのことです」
だから、あれは俺の仕事じゃないんだって。
俺はドリトル先生の話をしただけなんだよ。
「そのことじゃ」
ニャルーさんが口を挟んできた。
「実は、アドナのお父上がお仲間の商人から聞いた話じゃが、マコト殿はアレスト市でサーカスなる遊興施設を立ち上げたと。
そのお人は、商用でアレスト市を訪問した際、好奇心から行ってみたそうじゃ」
「そうなのですか。
で、感想は」
「連れて行った息子が夢中になって、閉園まで帰ろうとしなかったあげく、翌日も行くのだと言い張って利かなかったと」
まあ、そうだろうな。
フクロオオカミは子供のロマンだ。
それに、どうやらこっちではああいった総合プレイランド的な施設はまだないらしいし。
生まれて初めて遊園地に行った子供がどうなるのか、言うまでもない。
「商人ご自身も感心というよりは感動して、ご自分に資金があったら是非同じような施設を作りたい、と何度もおっしゃっておられたらしい」
「お祖父様は、父からその事を聞いて、普段は関心を示さない貴族の承認儀式にも出かけてマコトさんを見てきたそうです」
アドナさんが、謝るように言った。
「ご挨拶もしたそうですが、覚えていらっしゃらないだろうと言っておりました」
「申し訳ありません」
「とんでもない。
王都の貴族の半分くらいは来ていたとのことで、あれでは例え王族であっても記憶に残らないだろう、と笑ってました」
そんなに来ていたのか。
俺が飯を食う暇もなかったわけだ。
「その他にも帝国の難民を救助したとか、警備隊の隊長と一騎打ちして見事に勝利したというような話が伝わっておるが、わしらが注目したのはフクロオオカミの一件じゃ」
ニャルーさん、やっぱそれですか。
まあ、同じ動物ですからね。
「改めてお聞きしたいのじゃが、よろしいか。
マコト殿、アレスト興業舎とやらではフクロオオカミを雇用しておるというのは本当か。
居候や協力者としてではなく」
「本当です。
といっても個々のフクロオオカミと雇用契約を結んでいるのではなく、氏族と契約して人員を派遣して貰っているという形ですが」
ここら辺はハスィーさんが率いるプロジェクトが担当したので、俺はよく知らないんだけどね。
そういえば、ツォルたちの給料ってどうなっているんだろう。
少なくとも現金では払ってないよね。
前にラナエ嬢に聞いたら、ギルドの銀行に作ったマラライク氏族の口座に給料が振り込まれて、氏族の長老たちが使い道を決めているということだったけど。
最新の情報では、その資金でマラライク氏族の生息地というか縄張り内に集会所や倉庫みたいな建物を建てたり、野生動物用の診療所を作って人間の医者を派遣して貰うことになったとか聞いている。
フクロオオカミも文明開化が進んでいるらしい。
それとは別に、アレスト興業舎で働いているフクロオオカミたちはそれぞれ自分の口座を持っていて、自分用の嗜好品などを購入しているということだけど、詳しいことは知らない。
チップやお捻りとかを貯めているのかも。
「そうか。
契約は群としているということじゃな」
「そうですね。
当初はフクロオオカミ個人と雇用契約を結べるほどお互いの立場がはっきりしていなかった上、フクロオオカミ自身が契約というものをよく理解できなかったようで。
氏族として契約することで、フクロオオカミは群の長老から命令されて働くことになりますので、そちらの方が分かり易い上に統制もとれるということで、そうなりました」
これについては、実はハスィーさんやアレナさんたちがかなり苦労したそうだ。
ツォルなんか、そもそも「雇われる」ということ自体がよく判ってなかったらしい。
今は大丈夫だけど、最初はツォルの「どっかに行きたい」というような漠然とした感情から始まっていたので、上司の命令で働くという人間のサラリーマンの感覚なんか、理解できなくて当然だろう。
だがアレスト興業舎を群として考えるとフクロオオカミにも理解が可能だ。
フクロオオカミは群を作って生活する動物なので、群の上位の者に命じられて何かをするというのはごく自然なことだからだ。
どうも、ツォルたちがすんなりとそれを理解できたのは、ギルドとマラライク氏族が新しく協定を結んだ時に俺が言ったことが原因だったらしい。
ハスィーさんが言っていたけど、俺が何も考えずに「上司の命令は絶対」とか「理不尽な命令を受けた時は、とりあえずその上の上司に相談」とかいうサラリーマンとしての心得(戯れ言)を無責任に言ったことで、フクロオオカミは俺を「群の上位存在」として認識したそうだ。
だから俺のことを「マコトの兄貴」とか呼び始めたわけで。
いい迷惑だよ。
「そうか。
群としての契約か」
ニャルーさんは、少し沈んだようだった。
「あいにく、猫には群という概念がなくての。
わしは近所の猫の間では顔役で通っておるが、せいぜいが相談役であって、皆に何かを強制するような立場ではないからの」
「フクロオオカミには、その形態が合っているというだけのことです。
他の動物にはまた別の向きがあると思いますが」
俺が無責任に言うと、ニャルーさんは顔を上げた。
「そうか。
でも猫はのう。
そもそも、雇用されて働きたいなどと考える猫がおるかどうか」
だったらなぜ俺の所に?
「猫という種族の将来が心配なんじゃよ。
わしのように、都合の良い同居人を見つけて自由にやれる猫はごく少ない。
大抵の猫は、毎日食うだけで精一杯じゃ。
あたら優れた知能を持ち、抽象概念も十分理解できる能力がありながら、ただサバイバルしているだけで終わってしまっておる。
ほとんどの猫は無教養で文盲じゃし」
いや、それは猫なんだからしょうがないのでは。
するとアドナさんが口を挟んだ。
「ニャルーは凄いです。
数カ国語の読み書きが出来ますし、お祖父様と歴史の討論が出来るほどなんですよ。
正直、学者としての能力は私、ニャルーに負けています」
ニャルーさんって、字が書けるのか!
どうやって?
「それはアドナが人間として色々やることがあるからじゃろう。
わしのように、一日中本を読んでいればいいという立場ではないからの」
引きこもりかよ!
いや、高等遊民というべきかもしれない。
でもって、近衛騎士に叙任されるほどの学者であるアドナさんの祖父と対等に議論できると。
それは凄い。
寝ているだけかと思ったけど、こっちの世界ではトップクラスの猫は人間並、いやそれ以上だったとは。
「だからといって、わしのような恵まれた立場がそうそうあるわけもない。
なら、マコト殿に雇って貰ってとりあえずサバイバルだけの猫生からは解放したいと思っての」
猫生(笑)。
魔素翻訳ってブレないよね。
「心配なのは、果たして猫に出来る仕事があるかどうかということじゃが」
「そうですね。
割とあるんじゃないでしょうか」
俺は、思わず反論していた。
「私が思いつくだけでも、猫喫茶とか倉庫の警備員とか駅長とか、色々ありますよ」
それは地球での話だろう!
俺の悪い癖だなあ。
無責任に口を出して、そこから話がどんどん大きくなっていく。
俺ってやっぱトリガーなのか。
「警備員はありますね」
案の定、アドナさんが身を乗り出してきた。
「実際、港の倉庫では害獣が出るので猫を住まわせている所もあるそうです。
これ、一種の雇用ですよね?」
「しかし契約ではないからの。
給料が貰えるわけでもない。
しかし……駅長とは何かの?」
あれはごく特殊な例だしな。
「あ、それは忘れてください」
慌てて言ったけど、ニャルーさんは止まらなかった。
「猫喫茶とは……まさか猫を料理して出すとか?」
「いえ、違います!
猫がお客さんを接待するんですよ。
遊んであげたり、撫でさせてあげたり」
いかん!
何を言っているのだ俺は!
間違ってないのが余計問題ではないか!
「ほお」
ニャルーさんの目が光った。
座り直す。
「そこのところ、もう少し詳しく聞かせてくれんかの?」
いいのか?




