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サラリーマン戦記 ~スローライフで世界征服~  作者: 笛伊豆
第二部 第二章 俺が集金人(フィナンシャル・ディレクター)?

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24.インターミッション~ハマオル~

 私はホルム帝国レストルテ領の名もない村に生まれた、らしい。

 らしいというのは、私の親が放浪者だったからだ。

 物心ついた時にはその村で暮らしていたのだが、どこで生まれたかはよく判らない。

 両親と呼べる人は知らない。

 母親は、たまたま通りがかった村で私を産んだ後、身体が回復するといつの間にか去っていったということだった。

 私が生きながらえたのは、その村の村長が育ててくれたからだ。

 もっとも好意や慈しみの感情からではなく、そうやって身寄りのない子供を育てるのが帝国法で定められた地権者の義務だったからで、もちろんその分の手当は国から出ていたと思う。

 だから、私には血の繋がらない兄弟が複数いることになる。

 ちなみにハマオルという名は村長がつけてくれた。

 帝国においては、孤児はむしろ恵まれている。

 初代皇帝陛下がお決めになった法は、帝国で生まれた者はすべからく帝国の子と定めており、飢え死にさせたり見捨てたりした者は処罰される。

 だから貧しい階層では、生まれた子供を丈夫に育てるために、わざと捨てる者もいるほどだ。

 それが知られれば当然処罰の対象になるので、私の場合のように黙って捨てて立ち去るのが一般的と言える。

 もちろん幼い私たちはそんなことは知らないため、村長に感謝して育った。

 のちに、単なる義務だったと知って感謝の念は薄れたが。

 教育は受けられなかったが、飢えることも虐待されることもない暮らしだったと思う。

 当然、両親のいる子供たちからの虐めに類することは受けたが、そこは力がものを言う。

 そういう争いに親が出てくることはない。

 帝国法は、そのあたりもぬかりなく定めているからだ。

 ただし、帝国法が保護するのは幼い子供だけだ。

 十歳になった孤児は、自活することが求められる。

 この辺はいかにも武辺優先の帝国らしい割り切り方で、保護対象年代なら保護するが、自力で何とかできるのならそうしろ、ということになる。

 私は好みだ。

 そういうわけで、我々孤児はとりあえず自力で食えるようになると自分たちで何とか生きて行かなくてはならない。

 それは、ある意味自由に生きて良いということでもある。

 私が村を出たのは保護が打ち切られた直後で、理由は将来が真っ暗だったからだ。

 帝国辺境の領地の、辺境の村なのだ。

 仕事などない、というよりはいくらでもあるが金にはならない。

 一生、村人に使われて終わるだけだ。

 おきまりのコースで、当てもなく村を去った私はたちまち飢えて倒れた。

 帝都に続く街道には、そうやって行き倒れた者がゴロゴロしている。

 幼い子供なら施しを受けられるのだが、私はあいにく成長が早く、10歳でもすでに少年と見られるほどになっていたから、無視された。

 結局、成長しても並の背丈にしかならなかったのだから、丸損だ。

 気がつくと、馬車に乗っていた。

 何とか起き上がると、似たような薄汚れた姿の連中が周りに座っている。

 噂に聞いたゴロツキに捕まったのかと恐怖した。

 食い詰め者が、私のような孤児を使って悪事を働くという話は聞いていた。

 生き残るためにはそれもやむを得ないか、と覚悟を固めた時に、誰かが言った。

「お前は運がいい」

「俺達もだけどな」

 どっと笑い声。

「ほら、ゆっくり食べな」

 幼い声がして、碗が差し出された。

 おかゆだった。

 むさぼり食った。

 とりあえず満腹してふと見ると、小さな女の子が私の前にぺたんと座っていた。

「姫様に感謝するんだな、お前ら」

 太い声がして、背中をどやしつけられた。

 そうか。

 俺は姫様に助けられたのか。

 その時点で、私の人生は決まった。

 「姫様」は、当時まだ幼かったシルレラ様で、皇帝陛下の弟殿下を父親に持ちながら男爵家の娘であり、なのに皇族としての扱いを受けているという数奇な運命を背負われた方だった。

 父親である皇弟殿下が遠出する時には一緒に出かけ、その途中で私のような行き倒れを片っ端から拾って歩いていたらしい。

 皇弟殿下は、そんな娘の奇行を面白がり、拾った子供たちを帝都に連れ帰って教団が経営する救護院に送り込んだ。

 その分のお布施も入れてくださっていたらしく、私たちは不自由なく生活できた。

 もちろん教団のご用で働かなくてはならなかったが、きついというほどではなく、何より安全だった。

 初歩の読み書きができる程度には教育も受けられ、私たちはそこで数年間暮らした後、適性や興味に従ってそれぞれの道に進んだ。

 私は、剣の筋が良いというので腕の立つ冒険者に預けられ、鍛えて貰った。

 私には合っていたと思う。

 その冒険者は主に隊商などの護衛を請け負う仕事をしていて、私もくっついて色々なところに行った。

 帝国の半分ほどは回っただろうか。

 その冒険者が引退するのを機に、私は数年ぶりに帝都に戻って懐かしい救護院を訪ねた。

 もう知り合いはいなかったが、連絡はとれるようになっていて、私は久しぶりにシルレラ皇女殿下に会った。

「やあ、ハマオル。

 元気だったか」

 それで十分だった。

 私は20歳になっていた。

 皇弟殿下の伝手で中央護衛隊に潜り込んだ私は、同僚や下っ端の若手官僚に見知った顔をいくつも見つけた。

 皆、考えることは同じらしい。

 私は天分に恵まれていたようで、我流ながらいっぱしの剣士として頭角を現し、武芸大会で何度か優勝した。

 そしてある日、シルレラ様が訪ねてきて言った。

「ハマオル。

 剣を覚えたいんだ」

 私の剣は我流ですが、と言うとそれがいいと言われた。

 実戦用の剣を覚えたいという。

 もちろん是非もない。

 聞けば、同僚たちもそれぞれシルレラ様に得意な技や知識を教えているとのことだった。

 なぜ姫様がそんなことをしなければならないのか。

 もちろん、判っていた。

 皇弟殿下の体調が思わしくないのだ。

 シルレラ様の後ろ盾は皇弟殿下だけだ。

 自力で生き抜ける力を身につけなければならない。

 シルレラ様の腹違いの妹君であるフレア様とは仲がよろしい、というよりはフレア様がシルレラ様に夢中で、お姉様が女帝陛下になったら私は宰相になる、と無邪気に話されているのを聞いて、我々は肝が冷えた。

 皇弟殿下が亡くなると、シルレラ様の立場は微妙になった。

 なぜか皇族名簿からお名前が外れることもなく、宮廷ではいと高き身分ながら、孤立無援の姫君。

 実家の男爵家とは絶縁状態で、頼りにならないどころか敵の片棒を担ぎそうだった。

 何度か襲われて、我々が反乱も辞さないと覚悟を固めた時、シルレラ様が失踪された。

 我々が決起しなかったのは、事前にシルレラ様から言い含められていた事と、フレア様が我々の所に来て涙ながらに訴えられたためだ。

 お姉様は無事で、とりあえず帝国を離れるが心配はいらない。

 定期的に私に連絡をくれるはずなので、みんなにも教えてあげる。

 だから今は自重して欲しい。

 爆発寸前だった我々は、熱い塊を腹に収めた。

 それからは、忍耐の日々だった。

 フレア様は約束通り、シルレラ様の近況を定期的に知らせてくださったが、腹の圧力は高まるばかりだった。

 爆発しなかったのは、妙な話だがみんなが同じ気持ちだったからだ。

 全員、すぐにでも除隊してシルレラ様を捜しに行きたいのは山々なのだが、誰かが抜け駆けしたら全体が一挙に崩れることが判っている。

 中央護衛隊や官僚組織の崩壊にも繋がりかねないトリガーを引くことは、シルレラ様もお望みではないはずだ。

 フレア様のこともある。

 正統な皇族とはいえ、フレア様やご家族も最も有力な後ろ盾を失っていることには変わりはない。

 宮廷でのお立場も微妙になっているらしい。

 我々の支持で、少しでもそのお立場を強化できるのならば。

 何度も拳を振り上げかけては降ろすことを繰り返したあげく、私はチャンスを得た。

 教団のラヤ僧正様からの依頼。

 ラヤ僧正様は、救護院で我々を気にかけて下さり、導いてくださった方だ。

 待ちに待った言い訳。

 もちろん同僚たちには嫉妬で殺されかけたが、大恩ある僧正様の頼みを断れないという大義名分が私を守った。

 早速除隊の手続きをとり、ご用を済ませたらその足でシルレラ様の捜索に行く事を決意して、私は帝都を離れた。

 その後は色々あったが、思ったより早くシルレラ様にお会い出来た。

 首尾良くシルレラ様の押し掛け臣下に納まると、私はすぐに元同僚たちに連絡を取った。

 いや、そうしないと間違いなく殺されるので。

 その結果として、今も続々と仲間達が着任? している。

 これでいい。

 私は満ち足りた、はずだったのだが。

 今、シルレラ様への忠誠とはまた違った感情が育っている。

 シルレラ様の命令で務いた、ソラージュ王国近衛騎士殿の護衛任務。

 ヤジママコト殿は、帝国とソラージュの国境の山脈で初めて出会った方だ。

 フクロオオカミに騎乗しての登場だった。

 派手な状況の割に、素人にしか見えなかった。

 だが、一言会話した途端に判った。

 ひょっとしたら、私はこの方に出会うためにここまで来たのではないか?

 シルレラ様は、この人の道標に過ぎなかったのでは?

 そんな馬鹿なという感情で、つい対応が刺々しくなってしまったのは不覚だ。

 お気にされていらっしゃらないようで、ありがたい。

 そして、アレスト興業舎でシルレラ様の幸せそうなご様子を見て確信した。

 私がなぜ生かされたのか。

 シルレラ様がどうしてここにおられるのか。

 思いこみかもしれない。

 それでも、私が未だかつてなかったほどの充足感を覚えているのも事実だ。

 ヤジママコト殿の護衛という任務、誰にも渡しはしない。

 いやシルレラ様、別にあなた様を蔑ろにするわけではありません。

 私の忠誠は、永遠にあなたのものです。

 それは変わっていないのですが、ひとつお願いできませんでしょうか。

 私の任務は一生このままということで。

 出来れば。

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