20.臨時商談会?
エントランスに戻ってくると、ジェイルくんが駆け寄ってきた。
「どうでした?」
「無事終わりました。
マコトさんがラミット勲章を頂きましたわよ」
ヒューリアさんが言うので、俺は首にかかっているそれを持ち上げて見せた。
その途端、エントランスにいた人たちの間に動揺が走った。
具体的には、あちこちに立っている人たちが一斉に話を止めて、こっちを向いたんだよね。
近くにいた一人二人が俺に近づこうとして、つんのめるように止まった。
近衛騎士だ、というヒソヒソ声が聞こえる。
恥ずかしいんだけど義務だと言われて、左腕に赤い布を巻いているのだ。
王太子に会いに行くのに、王国の法律で決められた? 規則を破るわけにもいかないからね。
本当は、もっとアクセサリーとか衣装の一部に見えるようなデザインでもいいらしいんだけど、間に合わなかった。
ちなみにマフラーのように首に巻いたらどうかと言われたけど、我ながら厨二だったのでそれは拒否した。
だって赤いマフラーだぜ!
確かこないだリメイクされた、大昔のサイボーグがどうのこうのというアニメのコスプレみたいじゃないか。
カラオケで聞いたことがある。
そんなのは嫌だ。
赤い色が入っている服か何か、早急に作らないとな。
めんどくさくなってきたなあ。
アレスト市では貴族がほとんどいなかったので、そういう気を使わなくて済んだんだけどね。
これからは常に人目を気にする必要があるということか。
いや、貴族だけじゃないかもしれない。
ここに来ている人たちの大半は商人のたぐいで、つまりは平民だ。
そういう人たちにも近衛騎士というだけで注目されてしまうとしたら、外目があるうちはまったく気が抜けないことになる。
それは嫌だな。
後でジェイルくんに言って、何か考えて貰おう。
他力本願(泣)。
「馬車を回しますので、少々お待ち下さい」
ジェイルくんが去った。
俺は、とりあえずヒューリアさんと一緒に待機用のベンチに腰掛けて待つことにした。
色々相談したいこともあるんだけど、こんな場所では無理だ。
エントランスにいる大半の人が聞き耳を立てているもんなあ。
ヒューリアさんももちろん判っているので、何も言わない。
二人で押し黙っていると、だんだん気分が重くなってきた。
早く来てくれジェイルくん。
「失礼ですが」
ついに声がかかった。
困るなあ。
見ると、立派な服装の中年男性が立っている。
間違いなく商人、それもひょっとしたら貴族の出か。
使い走りじゃないことは確かだ。
「ヤジママコト近衛騎士様ではございませんか。
ララネル公爵家の」
見破られている。
まあ近衛騎士だということはバレバレだし、年格好から特定できても不思議じゃないけどね。
なんか、あの承認式というかお披露目って結構話題になって、一夜で王都に広まったらしいから。
仕方がない。
「そうですが。
何か?」
ここで無視したり、無礼な態度をとっても何の益もないどころか有害だからな。
俺は、これから王都の商人や貴族の方たちとはうまくやっていかなければならないのだ。
金を貸して貰わないと。
「お目にかかれて光栄でございます。
私はタリ・セレスと申しまして、芸能事業をさせていただいております」
「ヤジママコトです。
ヤジマは家名ですので、よければマコトと呼んで下さい」
反射的に、いつもの挨拶が出た。
平民相手はこれでいいよね。
「これはご丁寧に。
ではマコト様と」
「いえ、『さん』か『殿』でお願いします」
「様」は嫌いなんだよ。
「判りました。
マコト殿」
そうなるよね。
「ところで、聞いておりますよ。
アレスト市でサーカスなる遊興施設を立ち上げられたとか。
それも、ただの複合芸能ではなく野生動物をお使いになっておられると」
噂が広まっているのか。
まあ、アレスト市はソラージュの辺境だけど交通や通信が途絶しているわけでもないからね。
情報が行き交うのは当たり前で、アレストサーカス団の噂が走るのも当然と言えば当然だ。
アレスト市で見て王都に戻ったり、こっちから出かけたりする人もいるだろうし。
しかし、俺が立ち上げたことになっているのか?
「それだけではなく、帝国の難民の救助を野生動物を使役して行ったとも聞いております。
近衛騎士に相応しい、偉業ですな」
所々変になって伝わっているようだ。
ハスィーさんと王太子のスキャンダルみたいな例もあるし、訳が判らない噂が拡散すると厄介だな。
ここは広まらないうちに、訂正しておくべきか。
「難民救助は、アレスト市司法官の依頼で行っただけです。
アレスト興業舎の技能がお役にたったということで。
フクロオオカミも試験的に雇用を行っているだけですよ。
まだ手探りの状態です」
本当はシルさんたちがフクロオオカミの他の氏族や、別の種族にも勧誘の手を伸ばしているらしいんだけどね。
俺はそんなの知らん。
「その功で、ララネル家から近衛騎士の叙任を許されたわけですから、マコト殿が高く評価されておられることは確かですな。
しかも、この度アレスト伯爵令嬢とご婚約なされたとか」
タリさんの言葉に、聞き耳を立てている周りの群衆からざわっと声が上がった。
ここでそれを言うかね。
いや、言うかもしれないな。
ここは王太子府だし、ハスィー・アレストと言えばかつては王都の話題を独占した程のスキャンダルの当事者だもんね。
その「傾国姫」と婚約したという近衛騎士が王太子府に来ていて、しかもラミット勲章を貰ったというのは第一級の話題と言えるか。
マジで困るなあ。
そんなの、全部偶然やら誤解やら方便やらなんだけど。
俺、中身はぺーぺーのサラリーマンだし。
返答に困っているとヒューリアさんが応えてくれた。
「このような場では、あまりお話しすることではありませんので、お控えいただけますか」
タリさんが目で? と言ってくるので俺は仕方なく紹介した。
「こちらはバレル男爵家のヒューリア嬢です。
今回は、私の付き添いをお願いしました」
「ほお、バレル家の!
それはそれは失礼いたしました。
タリ・セレスでございます。
今後ともよしなに」
「ヒューリアですわ。
こちらこそ」
商人ならバレル男爵家は当然知っているよね。
ヒューリアさんは貴族の令嬢にしては大人しめな服装だったので、タリさんも見逃していたんだろう。
「ところでマコト殿。
近いうちに、お会いして今後の事業展開などについてお話しできませんでしょうか」
さすが商人。
ブレないな。
うん、いいんじゃない?
芸能関係者とか言っていたし、だったらいずれは関係してくるだろう。
アレスト興業舎の事業と被るし。
それにしても、どうも俺って近衛騎士というよりは実業家として認識されているみたいだ。
アレストサーカス団を立ち上げたという話がメインで伝わっているのだとしたら、それは当然か。
俺が目でヒューリアさんに合図すると頷いてくれたので、タリさんに言った。
「王都における私の事業については、こちらのヒューリア嬢にお手伝いいただいておりますので
実は、まだ私の事務所が立ち上がってなくて」
「わたくしの方から、ご連絡申し上げますわ」
ヒューリアさんがフォローしてくれた。
タリさんは頷いて、では近いうちに、とか言いながら下がる。
見ると、なんか列が出来ているぞ!
こんな所で商談かよ!
「お待たせしました」
ジェイルくん、助かったよ!
しかしこの列どうするよ?
その時ヒューリアさんが群衆の前に立ちふさがった。
「失礼いたします。
ヤジママコト近衛騎士は次のお約束がありますので、ここで長居は出来ません。
後日、ご面会のお約束をとってお願いいたします」
ナイス!
しかし、それではタリさんばっか贔屓したことになるのでは?
「尚、ヤジママコト近衛騎士個人の事業所はまだ立ち上がっておりません。
従って、アレスト興業舎の事業についてはこのジェイル・クルトが対応いたします」
うわっ!
丸投げした!
ヒューリアさん、アコギ!
ジェイルくんは一瞬で状況を見て取ったらしい。
姿勢を正すと、少し頭を下げてから言った。
「アレスト興業舎王都出張所長のジェイル・クルトと申します。
アレストサーカス団の直接の窓口ですので、ご商談の際はこちらにご連絡下さい」
さすがクルト交易の御曹司。
堂に入ったものだ。
ざわざわと声が上がり、質問が飛ぶ。
「アレスト興業舎に王都出張所があったのですか?」
「開所したてです。
よろしくお願いします」
「ジェイル・クルトさんと言われましたね?
クルト交易と関係が?」
「クルト交易の事業とは直接関係しておりませんが、現会頭のハラノは私の父です」
再びざわっと声が上がる。
クルト交易の御曹司と知って、みんなの態度が変わったようだ。
俺の前に並んでいた列が乱れてジェイルくんの方に向かうのを尻目に、俺とヒューリアさんはこっそり逃げ出した。
ジェイルくん、後は任せた!
先に行っているので、生き残れたら追ってきてくれ。
ラノベやゲームだと、こういうシーンではそれっきりなんだけど。
なあに、ジェイルくんの腕なら商人の一人や二人や数十人くらい、平気だろ?




