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サラリーマン戦記 ~スローライフで世界征服~  作者: 笛伊豆
第二部 第二章 俺が集金人(フィナンシャル・ディレクター)?

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19.たらし込み?

「グレン。

 ヤジママコト殿をお送りせよ」

 王太子殿下が抑揚のない声で命じ、俺とヒューリアさんは無事に中庭から脱出した。

 助かった。

 これ以上似合わない演技を続けると、ボロが出そうだったからな。

 あの二人、何かと絡んできそうだし。

「うまくやりましたね」

 廊下を歩きながら、グレンさんが振り返ってニヤッと笑った。

 この男も凄いよね。

 切り替えの早さは冒険者並だ。

 そういえば、実家は子爵だけど広大な土地を治めているとか言っていたな。

 つまりは実務系の貴族か。

「私より王太子殿下が凄いですよ。

 いつもあんな風なんですか?」

「人目がある所では常にです。

 ミラスの奴、王家じゃなくて俳優の家系に生まれていたら、不世出の名優になれたんじゃないかと思いますね」

 そう言うあんたも結構いい所まで行くと思いますが。

 ふと、グレンさんが口調を変えた。

「ところで俺はミラスとマコトさんの会話は聞いてないんですが、ハスィーについて何か言ってましたか?」

 おや、グレンさんはハスィーさんのことを呼び捨てにするのか。

 まあ、もと同級生なら当たり前か。

「はい。

 ハスィーさんのスキャンダルは嘘で、実際にはそんなことは無かったとお聞きしました」

「うーん。

 ちょっと、これはミラスには内緒にして貰いたいんですが。

 ヒューリアもいいな?」

「もちろんよ」

 ヒューリアさんが微笑んだ。

 何かまた、面倒な気配がすると思ったけど、仕方がない。

 それにしてもこのグレンさん、近習の枠に収まるタマじゃなさそうだな。

 グレンさんは、頭に手をやりながら言った。

「ミラスの言ったことは、間違いじゃありません。

 ハスィーに横恋慕しているとか、王妃候補から外れたことについて王宮と対立したとかいうのは誤解です。

 ですが」

「が?」

「ミラスがハスィーに夢中だったってのは、本当です」

 何と!

 やはりハスィーさんは傾国姫だったのか!

「でもそれは、恋愛というよりは純粋な憧れというか、崇拝に近いものでしてね。

 ミラスを見れば判ると思いますが、あいつの家系にはエルフがいます。

 母方の曾祖母がエルフだったそうです」

「そうでしょうね」

 あの美貌は、どうみてもアレスト家と同系統だ。

「エルフは特に長命というわけではないんですが、あいつが幼い頃までその曾祖母殿はご存命だったそうです。

 しかもエルフなので、お年を召しても亡くなる寸前までお美しいお姿だったと。

 ミラスは随分可愛がって貰ったらしくて、その方が亡くなられた時はしばらく引きこもっていたくらいで」

「なるほど」

 判ってきたな。

 これはあれだ。

 トニさんの同類だ。

 違うところは、ミラス殿下はいい方向にねじ曲がったということだ。

「そんなミラスが思春期真っ盛りにハスィーに会ったんです。

 もうイチコロですよ」

 毎度思うんだけど、俺の脳って魔素翻訳で相当無理してないか?

 イチコロなんていう単語、どっから持ってくるんだろう。

「まあそういうわけで、ハスィーを眺めているだけで幸福(しあわせ)だったミラスなんですが、王妃候補や側近候補にハスィーだけではなくてユマやラナエも入ってないことを知って切れまして」

「ああ、それでスキャンダルに」

「そういうことです。

 ハスィーの存在感が桁外れだったんで、結果的に傾国姫だけがクローズアップされてしまったんです。

 実際には、あまりにも恣意的な人選にさすがのミラスも爆発したというのが真相です」

 知らなかったなあ。

 ハスィーさんは、それでアレストサーカス団の「傾国姫物語」であんなに怒ったんだ。

 そういえば、俺にあれは嘘です、と繰り返し言ってたっけ。

 真相を知っているラナエ嬢の捏造だもんね。

 そっちの方が劇としては面白いから仕方ないけど。

 いや、でもそれが真相なら、どうして王太子殿下は訂正しなかったんだ?

 噂は消せないにしても、別のスキャンダルでも起こせば上書きくらい出来そうなんだけど。

「それをやっても、被害がユマやラナエに拡大するだけですから。

 その辺りは、ハスィーたちにも了解は取ってあります。

 ハスィーだけに被害を押しつけてしまった形になったので、かなりでかい借りが出来てますけどね。

 それに」

 グレンさんは、わざわざ立ち止まって言った。

「ミラスの奴は、ああ見えても結構策士でね。

 スキャンダルが消せないと見るや、それを利用した」

「利用、ですか?」

 グレンさんが肩を竦める。

「そうです。

 マコトさん、ちょっと考えても変だと思いませんか?

 もう学校が解散して2年以上たっているのに、未だに王太子の嫁どころか婚約者すら決まっていない。

 王妃候補を餌にして貴族連中を釣り上げておきながらです。

 普通なら、問題になってますよね」

 ああ、そういうことか。

 スキャンダルをバリア代わりにしているんだな。

 傾国姫に夢中でイライラしている王太子に、ウチの娘を王妃に、とはみんな言い出しにくいだろうし。

 何とか奏上申し上げても、あのアイスブルーの瞳を光らせながら「いらぬ」とか言われたら、もう引っ込むしかないもんね。

「ですが、それもそろそろ限界なんで、マコトさんがハスィーと婚約したのはグッドタイミングだったわけです。

 今のままでは、ミラスの奴も身動きとれないんで。

 これで、スキャンダルの幕を引ける」

 グッドタイミング(笑)。

 本当はどういう言い方しているんだろうな。

 まあ、グレンさんが純粋な貴族でありながら、下世話な事情にも通じていることは判った。

 ソラージュ貴族、なかなか捨てたもんじゃないね!

 俺は思わず口に出していた。

「ミラス殿下もラッキーでしたね」

 グレンさんは、不意を突かれたのか一瞬唖然とした表情を見せた。

 うん。

 そのギャップがますますカッコいい。

「何がでしょうか」

「グレンさんや、モレルさんのような優秀な人材がついているじゃないですか。

 ユマさんやラナエさんも凄いですけど、お二人も勝るとも劣るものではないと思いますよ」

 むしろ、攻撃型であるユマ閣下やラナエ嬢よりは、モレルさんとグレンさんの方が王太子付きとしては相応しいかもしれない。

 特に、あのお二人は場をご自分で仕切ろうとするからな。

 王太子の補佐としては、それはむしろ害になりかねない。

 だから安心して、と言いかけて俺は驚いた。

 グレンさんが顔を赤らめている?

 何?

 俺、何か悪いこと言った?

「……あの?」

 グレンさんは、物凄いスピードで前を向くと急ぎ足で進んだ。

 早口で言う。

「こいつは凄い。

 ハスィーがイカレるわけだ」

 何のことだ?

 後ろでヒューリアさんが「見境無しね」とか呟いていたが、置いてかれそうだったので慌ててグレンさんの後を追う。

 追いつくと、グレンさんはちらっと振り返って「何でもないです」と言ったきり、無言を貫いた。

 でも怒っているわけではなさそうなので、まあいいか。

 ヒューリアさんも何も言わない。

 あの大広間に出ると、グレンさんは俺の方を向いて言った。

「後ほど連絡します。

 あと、何かお役に立てそうなことがありましたらいつでも連絡してください。

 痩せても枯れても王太子なんで、結構使い勝手が良いですよ」

 いや、王太子殿下を道具みたいに。

 それに構わず、グレンさんは「少しいいですか」と俺に断ってから、ヒューリアさんを呼んで内緒話を始めた。

 あー、幼なじみで学校仲間が久しぶりに会ったんだから、色々あるよね。

 でも美男美女だし、両方とも有能だし、身分も合っているし、案外お似合いなんじゃないのか。

 ヒューリアさんなら、ルワード子爵家の女主人としてもうまくやっていけるだろうし。

「お待たせしました」

 話が終わったらしく、ヒューリアさんが来た。

 グレンさんは、俺に一礼すると戻っていった。

「今日はこれでおしまいだそうです。

 マコトさんの個人としての連絡先を教えましたが、よろしかったでしょうか」

「もちろんです。

 ありがとうございます」

「マコトさんの方から殿下にご用の時は、手の者をここに走らせれば通じますから」

「直接ですか?」

 王太子って、何か会うのにもコネとかいりそうだけど。

「マコトさんが王太子殿下からラミット勲章を授与されたことは、すぐに各部署に通知されます。

 これでマコトさんは殿下と懇意にしていると貴族社会で認識されますから、ぐっと交際の幅が広がりますわよ」

 なるほど。

 あの勲章にはそういう効果もあるわけか。

 同時に、ミラス殿下はハスィーさんと婚約した俺を許すどころか親しくさえしているということで、あのスキャンダルを収束させると。

 ミラス殿下凄い。

 やっぱあの殿下もただ者じゃないぞ。

 ユマ閣下やラナエ嬢に匹敵するタマだな。

 ソラージュ王国の将来って、安泰?

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