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サラリーマン戦記 ~スローライフで世界征服~  作者: 笛伊豆
第二部 第二章 俺が集金人(フィナンシャル・ディレクター)?

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16.正体?

「先ほどはすみませんでした。

 ああしないと怒られるもので」

 王太子殿下は、実に気さくに言った。

 俺達は、テラスのテーブルに向かい合って座っている。

 正確に言えば、俺とヒューリアさんの向こう側に王太子殿下が腰掛け、その後ろにモレルさんが休めの姿勢で立っているという構図だ。

 俺は未だに衝撃から立ち直っていなかった。

 さっきの玉座にいた王太子殿下と、目の前にいる少年が結びつかない。

 でも造形はそっくりだし、モレルさんの態度からして間違いないだろう。

 そう、この快活で表情豊かな若者は、ソラージュ王国の王子様なのだ。

「ヤジママコトさんですよね?

 初めてになりますが、ミラス・ソラージュです。

 この国の王太子やっています」

 ぺこりと頭を下げる。

 ラノベだ。

 マジでこんな王子様がいるとは。

 しかも、こっちは近衛騎士と男爵令嬢なのに、身分の違いをまったく感じさせない。

「ヤジマは家名ですので、マコトと呼んでいただければ」

 やっといつもの挨拶が出たが、王子様は容赦しなかった。

「なるほど!

 じゃあマコトさんで。

 僕のこともミラスと呼んで下さい」

 ラノベは止めたい。

「ミラス、慌てすぎよ。

 マコトさんが落ち着くまで待って。

 初めての人にはあなたの態度、ショックなんだから」

「そうだね。

 ご免なさい、マコトさん」

 さっきヒューリアさんが言っていた「王太子に会ったら驚く」とかいうのはこのことか?

 確かに驚いたよ。

 王太子殿下も衝撃だったけど、ヒューリアさんのその口調が最大の驚きだよ!

 王太子殿下の名前を呼び捨て?

「ここはプライベート空間なので。

 僕たち、学校時代はお互いに身分を忘れて呼び合っていたんですよね。

 まあ、そうしてくれない人たちが大多数でしたけど」

 王太子殿下は苦笑いした。

 プライベートね。

 もう慣れたけど、魔素翻訳って実にアレだな。

 それはそれとして、普通はそうだろう!

 俺が日本の皇太子殿下を呼び捨てにするようなものだぞ。

 普通の神経じゃ出来ない。

「モレルも呼び捨てにしてくれなかったよね」

「殿下は殿下でいらっしゃいますから」

 王太子殿下が後ろを振り返って言うと、モレルさんが少し笑って答えた。

 やっぱ鬼が笑ったようにしか見えないけど。

「モレルさんも『学校』の仲間だったんですか?」

「はい。

 自分は侯爵家の者ですので」

「モレルはレベーリ侯爵家の嫡子なので、将来は侯爵閣下ですわ」

 それが近習?

 どうなっているんだ、この国は。

「因習の弊害ですよ」

 ミラス王太子が憂鬱そうに言った。

「『学校』の成績を元に、僕の側近を選ぶという話だったはずなんですが、実際に選ばれたのはモレルみたいな将来自分の家を継ぐ者だけでした。

 それも身分が高くて、継承を破棄しにくい者ばかりで」

「つまり、将来的に自分の家を継ぐ必要があるから、王太子殿下の側近を続けにくいと?」

「それが狙いでしょうね。

 成績にしたってそうです。

 僕たちの同級生の中には、規格外と言える優秀な者が何人もいたのですが、それらはすべて外されました。

 つまり」

 ミラス殿下は肩を竦めた。

「僕の周りにそういった者を置くことを嫌った連中がいたわけです。

 モレルともう一人は例外でしたが、選ばれたのは僕と大して親しくもなければ、成績もパッとしない者ばかりでね」

 なるほど。

 やっぱり王族や貴族社会には色々あるんだな。

 学校を作って次世代の人材を育成しようとしたはいいけど、うまくいきすぎてしまったわけか。

 それはそうだろうな。

 俺から見ても、ユマ閣下やラナエ嬢なんかほとんど怪物クラスだし。

 ハスィーさんなんか、王宮に入れたらそれこそ傾国しかねないくらいで。

 現政権の重鎮たちにしてみれば、あの方たちを率いた王太子殿下なんか、自分の目が黒いうちは絶対見たくなかっただろうな。

 下手すると、王様が存命のうちに下克上が始まりかねない。

 しかし、それはそれとして聞いておかなければならないことがある。

「あの、いいでしょうか」

「何です?」

「本日呼ばれたのは、どのような理由でしょうか」

 そうだよね。

 そもそも、なんで俺が王太子殿下の愚痴を聞かなければならんのだ。

 そんな天上の話なんか、一介の近衛騎士には関係ないだろう。

 だがミラス殿下は、真面目な顔になった。

 凄い美形だけど、ハスィーさんにはちょっと劣るな。

 本物のエルフと、そうじゃない者の差か。

 そんな俺に構わず、王太子殿下は真剣な表情で言った。

「ご迷惑だったかもしれませんが、一刻も早く伝えておきたかったので。

 マコトさん、僕とハスィーの噂はご存じですよね?」

 知ってます。

 アレスト興業舎では、劇まで演ってます。

「あれ、嘘ですから」

 は?

「つまり、僕がハスィーに執着しているとか、ハスィーに言い寄る者を敵視しているとかいうのは、全部間違いです。

 だから、安心して下さい。

 僕はマコトさんの敵ではありません」

「あ……はい。

 それはありがたいことです」

 俺がモゴモゴ答えると、ミラス殿下はぱっと破顔した。

「良かった!

 変に誤解されたままだと、たまったものではありませんからね!

 マコトさんみたいな人を敵に回したら、僕なんか破滅ですし」

「そんな大げさな」

「そう思われますか?

 僕にしてみれば、マコトさんがご自分の事をそれほど判っていないみたいなのが逆に信じられませんけれど」

 ミラス殿下は、わざわざ指を折って数えながら言った。

「『傾国姫』のハスィーが婚約者に選び、

 『略術の戦将』のユマが近衛騎士に叙任し、

 『完璧(ザ・パーフェクト)』のラナエが仕えている。

 こんな物凄い人に僕なんかが対抗出来るはずがないでしょう」

 何、その麻雀の倍萬みたいな役は。

「それだけじゃない。

 帝国の皇女殿下や教団の僧正猊下の支持を得て、辺境とはいえ既に侮れない勢力となっているギルド関連団体を事実上率いている。

 騎士団や警備隊にも顔が利く。

 おまけに野生動物を思いのままに操れるとか。

 正直、近衛騎士程度で納まっているのが不思議なくらいですよ」

 それ、俺のことだよね?

 全然実感がないけど。

 しかし、聞き覚えがある単語が出たな。

「すみません。

 『傾国姫』や『略術の戦将』って、そんなに広まっているのですか」

 ハスィーさんの二つ名は王都どころか帝国にまで鳴り響いているらしいけど、ユマ閣下もそんなに有名だとは知らなかったぞ。

 それと、ラナエ嬢には「完璧(ザ・パーフェクト)」っていう二つ名があったのか。

 ぴったりだけど。

「ああ!

 実は、あれってもともとは僕の『学校』仲間がつけた渾名みたいなものだったんですよ。

 ハスィーの『傾国姫』も、何かのはずみで学校内部でだけ通じていた二つ名が漏れて発散してしまった結果なんです。

 まあ、ぴったりだったからでしょうね。

 ハスィーをひと目でも見たら、誰でも傾国姫だと納得してしまいますし」

 それはそうだな。

 全然、違和感がない。

 単に絶世の美女というだけじゃないんだよね、ハスィーさんの場合。

 何か抗えない力を感じる。

 トニ・ローラント元領主代行官も、犠牲者だったのかもしれないなあ。

 罪な女だ、ハスィーさんは。

「とにかくそういうわけで、僕つまりソラージュ王国王太子ミラス・ソラージュは、マコトさんに敵対するものではないということを判って下さい。

 とりあえず、友達になっていただけるとありがたいのですが」

 友達ね。

 俺、日本にいた頃でも友達が少なかったんだけどなあ。

 あまり欲しいとも思わなかったし。

 でもまあ、いいか。

 ていうか、断るって判断有り得ないでしょう。

 こっちこそ、王太子殿下に敵対していいことは何もない。

 友達になって貰えば、良いことはいっぱいありそうだし。

 考えるまでもないな。

「判りました。

 でも、友達は結果としてなるものだと思いますので、今は協力者、ということでお願いできますでしょうか」

 それを聞いて、ミラス殿下は益々嬉しそうだった。

「まさにそれですよ!

 現実的な判断という奴ですね。

 いいなあマコトさん。

 モレルもそう思わない?」

「殿下のお心のままに」

 モレルさん、物凄くいい人か、あるいは最高の腹黒なんじゃないか?

 それはそうと、また気になる言葉が。

「ミラス殿下の学校仲間とは?」

「そんなに大したものではありませんよ。

 一応、僕を中心としたグルーブを作っていたんです。

 僕が会長で。

 学校の生徒で作る会なので、『生徒会』と呼んでましたけどね」

 学園ものかよ!

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