13.王太子府?
俺達は、簡単な飯を一緒に食ってから出発した。
満腹は避ける。
逃げるにせよ土下座するにせよ、身軽な方がいいからね。
戦うなんて選択肢は最初からないよ(泣)。
腹が減ったら、帰りにどっかで食えばいい。
ラナエ嬢が仕立てた儀礼用の馬車に、俺とヒューリアさんの二人で乗り込む。
あの人の先見の明には脱帽だよね。
王太子からの呼び出しに普通の馬車で行くわけにはいかない。
今回は、ジェイルくんは後ろの馬車に乗るらしい。
御者はシイルの同期の小僧だったが、隣にハマオルさんが座っている。
狙われるとしたら街中だろうしな。
って、誰が俺なんか狙うって?
まあいい。
形式上必要だというのなら、吝かではない。
ヒューリアさんの盛装に合わせたわけではないが、俺はアレスト興業舎の上級職用儀礼服だった。
今のところ、俺が所属している組織はアレスト興業舎だから、場違いということはない。
大貴族になると、それぞれ自分の家の制服というか、特徴を出した服を持っているらしいけど、ヤジマ家(笑)にはまだそんなもんはない。
ていうか、そもそも近衛騎士どころか子爵くらいまでは、自分の家を服でアピールしたりはしないらしい。
理由は単純で、金がないのと、そんなことをしても無意味だからだ。
その代わりに紋章とか、ちょっとした特徴をさりげなく服などに付けるそうだ。
大貴族の中には自家のカラーなどを持っている所もあるらしいけど、年中そればっかだと朴念仁に思われるらしく、あまり普及していないと聞いている。
「近衛騎士の方は、大抵正装を一着作ってそれで通すようです。
あるいは、自分を叙任してくれた家に合わせるとかですね。
学者や芸術家の方は、それはもう自由奔放ですわよ。
近衛騎士を近衛騎士たらしめているのは『自由』という概念ですので、下品にならない限り、何をしても大抵は許容されます」
ヒューリアさん、実に頼りになる。
何でもヒューリアさんは大方の貴族の令嬢と違って、大商人でもある父親にくっついて色々な国に行ったことがあるそうだ。
シルさんたちに出会ったのも帝国だったし、北方の国にも何度となく足を運んだという。
「バレル家は海運業を営んでいますから、貨物と一緒にかなり安全に移動できます。
お父様は、私をダシに使って商談を進めるのが得意でした。
小さい子供を連れていると、なぜか相手の脇が甘くなるとかで」
えげつないな。
「でも、危険ではないのですか。
誘拐などはないのでしょうか」
「ありますわよ。
ですから、私もある程度の護身術は嗜んでおります」
ホントかよ。
どうもこの男爵令嬢、とらえどころがないな。
お淑やかかと思うと奔放な所もあるし、それでいて貴族としての振る舞いは完璧だ。
最初に会った時にちょっと地が出たけど、それからはずっと理想的な貴族令嬢を演出している。
といっても、男爵という貴族の中でも位階が低い立場に合わせて、近づきがたい高貴さではなく、親しみやすい上品さを醸し出しているという凄さ。
まあ、「学校」出だからね。
ハスィーさんやラナエ嬢、ユマ閣下と同レベルと思っておいた方がいいだろう。
つまり、決して敵に回してはならない相手だ。
「マコトさんって、本当に分かり易い方なのですね」
ヒューリアさんが言った。
「そうですか」
「はい。
でも、それがかえって容易ならぬ方である、という印象を強めています。
マコトさんだけには敵対したくない、というよりは嫌われたくない」
何だそりゃ。
分かり易いって、弱みじゃないのか?
「マコトさんが本気になられたら、多分まったく判らなくなるでしょう。
完璧な拒絶や絶対的な敵対には、対抗するすべが有りませんから。
誰だって、そんな目に遭いたくないと思いますよ」
俺って、何かのアニメのチートキャラか?
そういえば、ラナエ嬢にも似たようなことを言われたっけ。
よく判らんので無視したけど、俺ってそんなに警戒されていたのか。
こんなに無害で大人しい、ごく普通の近衛騎士なのに。
話を変えよう。
「そういえば、フレア……さんはどうしてますか」
「楽しそうですわ。
マコトさんの所に移るために、今家具などを選んでいます」
ちょっと待て!
いや、それは引っ越してくるんだから家財道具は必要かもしれないけど、そもそもフレアちゃんは身一つでソラージュに来たはずだろう!
自分の家財なんかあるのか?
「かなりの額を持ち込んできているようです。
今までは仮住まいということで遠慮していたのが、マコトさんが引き受けて下さるということで、買いまくっています」
どうしよう。
あの屋敷、そんなにでかくないんだけど。
「ご心配なく。
バレル男爵家が斡旋した家ですので、きちんと納まるようにさせます。
今は、自分の自由に出来ることが楽しいので少し羽目を外しているだけですわ」
だといいけど。
まあ、今から心配しても始まらないか。
窓の外を見ると、意外にも人通りが少なくなっていた。
道も、貴族街よりは狭い。
「王太子って、お城にいるのではないのですか?」
「現在、セルリユ城は行政庁などの官庁や儀礼用の施設として使用されています。
王族の方々は、その他の支城や屋敷に分散してお住まいになっておられるとか。
王太子殿下はすでに王太子府を構えていらっしゃいますので、そこに向かっているのでしょう」
王都の中心街から、少し離れた所にありますのよ、とヒューリアさんが付け加えた。
そうなのか。
王太子というから、てっきりあのでかい城に住んでいるのかと思ったけど。
ラノベとは違うのか。
いや、ちょっと待て。
王太子府?
そんな単語、どっから出てきた?
聞いてみればいいか。
「王太子府って何なのでしょうか」
「王子殿下は、王太子就任の儀を終えられると、自らのスタッフを揃えて独自の執務機構を立ち上げることが出来ます。
その大半は王政府からの出向者で占められますが、ご自分で選んだ者を集めることが可能です」
スタッフって言うのか。
ていうか、魔素翻訳でそういうメンツなんだろうけど。
「自分のスタッフですか」
「簡単に言えば、将来の統治機構の構成員ですわね。
現在の王陛下には、当然ですがご自分の側近や高官がいらっしゃるわけです。
将来王太子殿下が玉座を引き継ぐ時に、スタッフの方々もそれらの地位を引き継ぐことになります」
ああ、なるほど。
「学校」で決められたという側近とやらのことか。
つまり、今のうちから将来の王政府の主な構成員を揃えておこうという話だね。
日本の総理大臣が、入閣する大臣を選ぶようなものだろう。
それの王制国家版か。
ちょっと違うけど、昔「銀河○雄伝説」で読んだ「元帥府」みたいなものかな。
王太子殿下も、自分の宇宙艦隊司令部を持ったということだ。
あるいは、日本の江戸や鎌倉時代の「幕府」に近いのかもしれない。
それとも自分をトップとする影の内閣か。
あ、この「影の内閣」って黒幕じゃなくて、イギリスとかでやっている野党が作る内閣のことね。
政治には関わらないけど、その時点での政策とか施政方針とかを決めて、将来の与党返り咲きに備えるというか。
俺もよく知らないけど。
でも確かに、代替わりした時に前の権力者に仕えていた連中をそのまま引き継いだら何かとやりにくい。
もちろん全取っ替えというわけにはいかないだろうけど、側近として気心の知れた配下を育てておけば、自分が王様になったときに操り人形にされる危険は少なくなる。
そういう意味では、将来の自分の政府のシミュレーションをやっていると考えてもいい。
それとは別に、確か「府」というのは政府の役所というか政務所の意味だったはずだ。
つまり、王太子府というのは王政府の下請けというか、業務の一部を請け負っているのかもしれないな。
日本の幕府だと、天皇の宮廷を押しのけて政治権力を乗っ取ってしまったわけだが、ソラージュ王国ではその機構が健全に働いているのだろう。
そういう所はちゃんと王制国家なんだな。
ギルドとかが強すぎて、何だかソラージュって王様が象徴にされているように思っていたけど、そうでもないと。
てことは、王太子って結構ヤバい?
少なくとも、王子様というだけじゃなくて、政府の権力の一端を担っているわけだ。
ラノベとか童話に出てくる王子様は、大抵の場合は自分自身の権力は持ってなくて、王様に言いつけるとか虎の威を借りて威張っているんだけど、こいつは違う。
自分自身の権力基盤があるのだ。
間違っても怒らせないようにしないとね。
「あれです」
ヒューリアさんが指さす方を見ると、ちょっとした砦のような、立派な石造りの壁があった。
屋敷じゃない。
明らかに戦闘用の建築物で、手前には堀らしい水面が見える。
皇居の小型版みたいだ。
「お城ですよね?」
「城、というほどの規模はないでしょう。
砦ですね。
名前もあったと思いますが、思い出せません。今は王太子府と呼ばれているはずですわ」
つまり、文字通りこいつは王太子の拠点なわけだ。
突然反乱が起こっても、独立してある程度は持ちこたえられるようになっているのかも知れない。
やだなあ。
そんな物騒な所に行きたくないけど。
しょうがない。
誰何の声がして、馬車が止まった。
後ろからジェイルくんが駆けていって、警備兵と何か話している。
おいおい。
マジで臨戦態勢ということか?
ソラージュNO.2の権力者に、俺は呼び出されたんだよね。
どうよ?




