12.王太子?
青天の霹靂!
「どうしよう」
「どうしようもありませんね。
名指しで来いと言われたわけですから、行くしかないでしょう」
「回避できないのか?」
「死ぬか行方不明なら可能ですが、それ以外なら瀕死の重傷でも出頭する必要があります」
「行方不明になろう」
「健在で王都にいることを証明してしまっているから駄目です。
逃げたと思われるだけです」
何でこんなラノベみたいな会話をしているんだろう。
それだけ、パニクッてるんだろうな。
冷静に見えるけどジェイルくんも。
「そんな話をしていていいんですか?
出頭日は今日ですよ」
一人冷静なソラルちゃんが突っ込んできた。
ジェイルくんが紙をのぞき込んで言う。
「本当だ。
本日の昼過ぎと指定してある。
余程急いでいますね」
嫌な予感しかしない。
「飯を食ってからか」
「そうですね。
昼食を少し早くしましょう。
行ってから待たされる方が、遅れて行って王太子殿下を待たせるよりはマシです」
それもそうか。
飯を付き合えとかではなくて良かった。
さすがに王族との食事についてはマナー的に自信がない。
いや、そもそも会って話すこと自体が困難な気がする。
「後ろについて、サポートしてくれるよね?」
「無理ですよ」
「何でだよ。
認証式だってアレスト伯爵の時だって、やってくれたじゃないか」
「あのですね」
ジェイルくんは額に手を当てて俯いた。
「今までは、従者がそばにいてご用を足すという前提での会見でした。
ですが、今回は王族が貴族を謁見するんです。
その場に貴族以外の者がいられるわけがないでしょう。
身分とは、そういうものです」
そうか。
そもそも、近衛騎士自体が「貴族の護衛」という名目で生まれたものだったっけ。
それはつまり、そういう場では貴族以外は排除されるからだ。
その近衛騎士が、非貴族の従者を連れて出かけるわけにはいかないのは当たり前だ。
すると、俺に単独で王太子とやらに出会えというのか?
ハスィーさんに横恋慕している、この国で二番目に偉い人に?
ハスィーさんの婚約者として?
駄目だ。
「そうだ!
貴族って言っても、別に爵位がある人に限定されているわけじゃないんだろう?
貴族出身の人ならいいんじゃないか?
貴族の家族とか、親戚とか」
「それはそうですが。
でも、そんな方おられますか?
王都に」
そうだった。
まずアレスト家の方々は無理だ。
王太子と確執がありそうだもんな。
ハスィーさんやユマ閣下、ラナエ嬢などの俺の貴顕の知り合いって、全員アレスト市だし。
ララネル公爵殿下を、たかが近衛騎士の俺が呼びつけるわけにもいかない。
ミクファール侯爵閣下も同じ。ていうか、むしろ中ボスくさいし。
俺は孤立無援でラスボスに立ち向かわなければならないのか。
するとソラルちゃんが口をはさんできた。
「いることはいますね。
貴族家の方で、マコトさんが同行を頼める方が」
「誰?」
「ヒューリア様ですよ」
そうか!
バレル男爵家のご令嬢がいた!
あの方は王太子と同年代だし、商人として働いているくさいからこういう修羅場でも大丈夫だろう。
何とか頼めないか?
「至急、使いを出します」
ジェイルくんがソラルちゃんに命じようとした時、シイルの同期の小物である御者の何とかいう小僧が入ってきて、おずおずと言った。
「すみません。
バレル男爵家のヒューリア様とおっしゃる貴婦人がいらっしゃいました。
お目通りを願っております」
何と!
ラノベでも有り得ない都合の良さだ。
それにしてもこの子、普段言い慣れない言葉なので、つっかえっかっかえだった。
それでもきちんと取り次ぎが出来るとは。
偉いぞ。
君はいつか出世するだろう。
保証は出来ないけど。
「応接室にお通ししてくれ」
ジェイルくんが慌てて命じて、ふうっとため息をついた。
「申し訳ありません。
私も混乱しているようです」
「俺も同じだし、いいよ」
ソラルちゃんが「ヒューリア様のお世話をしなくては」と言って飛び出していくと、俺はジェイルくんと顔を見合わせた。
「都合が良すぎますよね?」
「うん。
裏で繋がっているくさいけど、でもどうして?」
「まあ、それは直接ヒューリア様にお聞きすればいいとして、とりあえず何とかなりそうですね。
召喚状には同行者を禁止するとは書いてありませんから」
そうなのか。
俺、まだこっちの字があやふやだからなあ。
散々絵本を読んできたけど、文章って発音が判らないとイメージが湧きにくいんだよね。
魔素翻訳で言葉が通じてしまう分、言語取得の意欲も低くなるし。
でも、これからは頑張らないとな。
ジェイルくんを同行できない事態、今後もありそうだし。
俺の戦いは、新たなるステージに移ったということか。
嫌だなあ。
でも仕方がない。
このゲームにはリセットも放棄もないのだ。
俺は、それからそそくさとよそ行きの服に着替えると、応接室に向かった。
ヒューリアさんは、いつもより着飾っているようだった。
今日はフレアちゃんはいない。
何しに来たんだ?
「おはようございます」
「おはようございます。
突然お邪魔して、申し訳ありません」
ヒューリアさんは優雅に返して、悪戯っぽく笑った。
「私のご用はございませんか?」
知ってるらしい。
大々的に宣伝でもされているのだろうか。
王太子が新任の近衛騎士を呼びつけた事を。
「是非ともお願いしたいことがあります」
「そうでしょうね。
ですから、来てみました。
お役に立てて嬉しいですわ」
ヒューリアさんって、ユマ閣下やラナエ嬢と同年代に見えるんだけど、時にぐっと年上的な落ち着きを見せることがあるんだよね。
まあ、ハスィーさんもそうなんだけど。
ドワーフって、やっぱりエルフみたいに実年齢と外見が違うのだろうか。
「何をお考えになっているのか大体判りますが、私はユマと同じ年ですよ。
つまり、ラナエやハスィーよりひとつ上ですわね。
ついでに言えば、王太子殿下のひとつ年下になります」
そうなのか。
え?
てことは、ヒューリアさんも?
「はい。
私も王太子殿下の『同級生』です」
やはり。
そうか、それでか。
バレル家は男爵だけど、大商人でもあるからな。
経済力から言って、貴族の位階がどうあれ「学校」の計画からバレル家が外されるわけはないか。
「王太子府にも、私の同級生がおります。
昨夜連絡がありまして、今回の件を知らされました。
マコトさんの王太子府デビューですわね」
いや、そんな学校デビューみたいなものでは。
しかし凄いな、「学校」関係者のネットワーク。
考えてみれば、3年間クラス替えもなく一緒に過ごしたわけだ。
それだけじゃなく、勉強や訓練で協力し合っていなかったはずがない。
同級生同士が親しくなって当然だろう。
「それが、そうとも限りません。
やはり、気の合うタイプとそうでない方がいらっしゃいますので、頻繁に連絡を取り合っているのは同じグループや気の合う友人だった者だけですね」
ラッキー。
ヒューリアさんの知り合いの人が、たまたま王太子のそばについていたから連絡が来たわけだ。
俺ってツイてる?
「そういうわけで、朝食もそこそこに飛び出してきてしまいました。
昼食、ご馳走して下さいますか?」
もちろんですとも。
俺が何も言わなくても、ジェイルくんが動くよ。
ジェイルくんが、お茶を運んできたソラルちゃんと一緒に退出してしまうと、俺たちはソファーのテーブルを挟んで何となく黙った。
改めてヒューリアさんを眺める。
美人だ。
顔形もそうだけど、今日は特にドレスに気合が入っている。
これ、盛装に近い服装なんじゃないのか?
それも、パーティ用とかじゃなくて、重要な会合に出席するための正装というか。
ドレスとしてはむしろ地味なんだけど、その分高貴さや凛とした落ち着きが強調されている。
ヒューリアさんが、もともとそういうイメージがあるからだけど。
突然、ヒューリアさんが言った。
「マコトさん、王太子殿下にお会いしたことは……ないですわね」
「ありませんね」
「では、お噂を聞かれたことは?」
「それもないです。
ハスィーさんやラナエさんの前では、何となくタブーでしたので」
ヒューリアさんは、にっこり微笑んだ。
「でしたら驚くかもしれませんわよ。
ソラージュの王太子殿下には」
何だよ。
脅かさないでよ。
そんなにアレな人なの?




