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サラリーマン戦記 ~スローライフで世界征服~  作者: 笛伊豆
第二部 第二章 俺が集金人(フィナンシャル・ディレクター)?

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11.インターミッション~フルー・アレスト~

 アレスト家は一応は由緒正しいソラージュ貴族だが、実を言えばもとからアレスト領の領主だったわけではない。

 アレスト家の源流は北方エラで、まだ建国される前から現在のエラ王室に従っていた貴族家の従者だったとされている。

 先祖はよく判らないがエルフの家系にそぐわず、その貴族家の御伽衆だったとか愛人だったとか、その辺りの事情は伝わっていない。

 家として表に出たのは現在のソラージュに移ってからで、はっきりしたことは判らないが、どうやらエラでの政争に敗れた主君に従って落ち延びて来たらしい。

 その主君は、ソラージュの地でも現在の王室に敗れて歴史の闇に消えた。

 我がアレスト家はうまく立ち回り、どさくさに紛れてソラージュ王国の法衣貴族の爵位を得る。

 ソラージュが発展するに従い、我がアレスト家も順調に勢力を伸ばしていたが、飛躍のきっかけになったのはホルム帝国の建国だった。

 というよりは、その前段階において現在の帝国領土内で戦乱が拡大し、ソラージュとの国境が脅かされたことだ。

 当時はまだ、南方の国々とソラージュの国境線が確定していなかった。

 山脈を挟んで、その辺りはお互いに自国領土だと主張しあっていたわけだが、南方での勢力争いに乗じた当時の自治領が、北に向けて進撃を開始したのだ。

 一時は現在のアレスト市を含むかなり広範囲の土地が占領され、ソラージュの軍と度々衝突した。

 ソラージュ側は何度目かの会戦で何とか山脈の向こう側まで相手を押し返すと、街道の要衝に砦を築いた。

 砦には急遽編成された国境守備軍が派兵され、常駐の将軍が赴任する。

 また、後方支援の拠点として当時まだ未開の原野だった盆地にアレスト市の前身となる補給基地が構築された。

 野生動物が多く生息することから何となく開発がタブー視されていた土地で、当時は王室の直轄地とされていた場所だったが、ここを抜かれるとソラージュ南部全土が南方諸国に開け放たれる。

 戦略的な防衛計画の立案が急がれた。

 軍事の要衝である砦の辺り一帯は、王室の直轄領のままとされた。

 それとは別に後方支援用に作られた物資集積基地を恒久的な拠点とするため、山脈から盆地にかけての広範囲な部分を王室の直轄地から切り離して、アレスト領が作られたわけだ。

 その辺りの土地が王室の直轄地のままでは何かと面倒な上、有事の際の即応性に欠けるという判断があったらしい。

 そして当時の王政府の相談役を務めていたアレスト家当首、ハルロム・アレスト子爵が伯爵に昇爵され、アレスト伯爵として封じられた。

 実は、そんな何もない未開の土地である上に今にも南方諸国が押し寄せて来そうな領地など、誰も欲しがらなかったようだ。

 当時のソラージュ王と親しかったアレスト子爵が見かねて名乗り出た、ということになっているのだが、ひょっとしたら五月蠅いご意見番を遠ざけたかった王が押しつけた可能性もある。

 ともあれアレスト家はこれによって領地貴族となったのだが、アレスト家当主が領主としてこの地を統治したことは、実は一度もなかったらしい。

 補給基地から発展した街がアレスト市と命名され、王国の経済力によってどんどん発展していく間も、砦を支える支援拠点としての必要性から領主代行官が統治を行っていたようだ。

 帝国が建国され、和平が訪れると、今度は貿易の要衝としての重要性から更に経済的な発展が続いた。

 とはいえアレスト領はあいかわらず辺境の未開の地が大部分を占め、自給自足できる程度の開発は進められたが、誰かが欲しがるほどの魅力はなかったらしい。

 帝国との国境はとりあえず平穏だったが、何かあったら真っ先に戦場になるような領地など、誰が欲しがるものか。

 そのうちにアレスト伯爵も代替わりし、戦乱の危機が去って砦の常備軍が削減された時には、アレスト伯爵家は地方領主としての地位を確立していた。

 新たに伯爵家を継いだ当時の当主は、最初は自分で領地の統治を行おうとしたようだ。

 だが帝国との貿易中継点としての重要性からギルドが強大な力を持つに至っていたアレスト市では、既に統治者としての領主の重要性は失われていた。

 私、フルー・アレストが当主を継いだ時点では、そもそもアレスト家が当地にいる必要がほぼ無くなっていた。

 もちろん王室との密約によって、万一の場合は当主がアレスト市に詰めなければならないわけだが。

 そのときが来るまでは、アレスト家の一族は事実上どこにいても良いとされていたのだ。

 むしろ王都にいることが推奨され、位階には不釣り合いなほどの邸宅も提供された。

 私は先代に習って王政府から派遣された領主代行官にすべてを託し、私自身はたびたび王都に赴いて、というよりはむしろ常駐して、アレスト領の発展のための工作に従事した。

 具体的には王都で行われるパーティのたぐいに欠かさず参加し、出来るだけ貴族や有力な商人との知古を得ることに務めたわけだ。

 引退した私の父も、貴族院議員として同様の活動を行っていた。

 妻のライネとは私がまだ爵位を継ぐ前から参加していたパーティでしばしば顔を合わせているうちに親しくなり、お互いにエルフということで、利害の一致から結婚した。

 後から判ったことだが実に良くできた妻で、趣味が様々なパーティに参加して珍味を食べまくることだという、私にとっても都合が良いものだったことも大きい。

 これはエルフとは関係がないが、いくら食べても太らないという特質も好ましいと言えた。

 ちなみにエルフがエルフ同士で結婚したがるのは、長年一緒に過ごしているうちに、片方だけが外見上だが老けていくのを見るのが耐えられない、ということがあげられる。

 寿命自体は人間やドワーフと変わらないので、あくまで外見上のことなのだが。

 幸いアレスト家を継ぐ息子に恵まれ、その息子も結婚したことで、とりあえず貴族としての義務は果たせたと思う。

 父親が亡くなり、貴族院議員の席が空くと、私はすかさず爵位を息子に譲って貴族院議員の立場を確保した。

 後は、影ながら息子を支援してアレスト家を維持していけば良いと考えていたのだが。

 孫娘たちが次々に結婚し、その結納金の負担がのしかかった所で、王室が始めた「学校」の負担金に急所を突かれた。

 息子の末娘のハスィーが王太子殿下より2歳年下だったことで、参加を断る口実が消えた。

 金がない、という弁解は通じなかった。

 伯爵以上の領地貴族はよほどの理由がない限りは無条件で参加、という圧力がかかってきたのだ。

 最悪の場合は、王政府に領地を返却することで莫大な補償金が入ってくる。

 そんな立場の貴族家が、貧乏なはずがないというわけだ。

 だが、実際問題として金がなかった。

 商人なりギルドなりから借金をすれば良いではないかと言われそうだが、貴族家がそれを行うことは禁じられている。

 というよりは、投資目的などの理由がはっきりしているものならともかく、生活費の穴埋めにということでは審査に通るはずがない。

 違反が立証されれば、最悪廃爵される可能性すらあるのだ。

 屋敷にあった家財などの動産をほとんど売却し、何とかつじつまを合わせたアレスト家だったが、ハスィーが王太子に見初められたという噂がたったことで、更に事態が悪化した。

 ハスィーは逸材だった。

 エルフとして見た場合ですら頭一つ飛び抜けている美貌だけでなく、内部から沸き上がるとてつもないエネルギーが、出会ったすべての者を圧倒するほどだったのだ。

 更に、その資質が「学校」で磨かれたことで、王太子妃にこれほど相応しい人物はいなかろうと評されるほどになった。

 だがアレスト家は領地貴族ではあるものの貧乏伯爵家で、とても王妃を出すほどの余裕はない。

 王政府も諸々の事情でそんな展開は望んでおらず、この話は立ち消えになった。

 それでも結納金などいらないから是非嫁に欲しいという声は多かったが、王太子に関わるスキャンダルが公になったことで、その声も絶えた。

 否、それでも欲しいと言う声も少なくなかったが、こちらからお断りせざるを得ない者たちばかり。

 ハスィー自身も一連の事態に傷つき、一時は引きこもりになりかけたため、幼少の頃に過ごしたアレスト市に帰したのだが。

 持ち前のカリスマと実力で、あっという間にギルドの執行委員にまで上り詰めたのには驚かされた。

 これほどまでに価値を証明してしまっては、もはやハスィーが外国に嫁ぐという選択肢も諦めざるを得ない。

 ソラージュの資産をみすみす海外に放出するようなものだからだ。

 実際、噂を聞きつけたり、王都でハスィーを見初めた国外の貴族や王室から申し込みがちらほらあったが、そんなことは王政府が許可するはずがない。

 八方塞がりだった。

 幸い王陛下はご健勝でいらっしゃるため、王太子が至高の座につくまではまだ時間がある。

 それまでには何とか、と考えていたのだが。

 突然、ハスィー自ら嫁ぎたい人が出来たと言ってきたのだ。

 相手はギルドの臨時職員で、ハスィーの部下だということだった。

 いくら何でも平民とでは、と難色を示す間もなく、その男はいきなりララネル公爵家の近衛騎士に叙任されたというではないか。

 とてつもない逸材であることは間違いないだろう。

 それでなくてもハスィーが認めた男だ。

 我々に反対する気はない。

 だが、依然としてアレスト家の家計は火の車とまではいかないが破産スレスレで、とても結納金を払えるような状態ではなかった。

 ここで正直に払えないと言ってしまっては、相手を逃すことにはならないか。

 心配しながら出会ったマコト殿は、すべての予想を覆した。

 彼は「迷い人」だった。

 なるほど、ハスィーが認めたわけだ。

 ハスィー自身に匹敵するほどの、魅了。

 いや、カリスマといったものではないのだが、引きつけられる。

 ハスィーが圧倒するカリスマなら、マコト殿は包み込むような抱擁力というべきか。

 伝説として語られている、ホルム帝国初代皇帝陛下を思わせるほどの安心感?

 これが「迷い人」か!

 噂では、すでにララネル公爵令嬢は言うに及ばず、ミクファール侯爵令嬢や帝国皇女なども靡いているらしい。

 これは手に余る、という認識はアレスト伯爵である息子と一致した。

 アレスト家に入れてはならない。

 我々など、一瞬で取り込まれてしまう。

 むしろ、ハスィーを嫁にやることで独立した家を立ち上げさせた方がよい。

 いずれは当主の妻の実家として、アレスト家がその配下にうまく納まることが期待できる。

 婿養子には出来ない、という宣言にも、マコト殿は感情を害さなかった。

 それどころか王都には暗いので、協力しては貰えないかと丁寧に依頼してきた。

 ありがたい。

 半生を賭けて築いた私のコネが、ついに役に立つ時が来たのかもしれない。

 全力で後援してみせよう。

 しかし、心配なこともある。

 果たして、ハスィーはマコト殿の正室に納まることが出来るのだろうか。

 公爵家、侯爵家、帝国の皇族を相手に回すだけでなく、今後はますますライバルが増えていくことが予想される。

 そのためにも、家族として出来るだけの助力は惜しまないつもりだ。

 ハスィーよ、頑張れ!

 祖父は精一杯応援するぞ!

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