10.出頭命令?
ハマオルさんと一緒にジョギングして、途中で示現流モドキの突進を何度かやると、さすがに汗びっしょりになった。
裏庭に帰ってくるとシイルの同僚の御者の小僧が待っていて、風呂が沸いていると教えてくれた。
ありがたい!
ホテルに居たときは、水を被るしかなかったからな。
自宅バンザイ!
ハマオルさんも誘ってお湯を浴び、何か用があるというハマオルさんと別れて飯に向かう。
朝食は無礼講というか、適当だった。
いくら貴族でも、お客様もいないのにマナーを守って云々ということはやらない。
いや、正式の貴族家ならやるらしいけど、俺は嫌だ。
そう言って強引に簡易版を導入して貰ったんだけど、誰もつきあってくれないのでボッチ飯になった。
さすがに使用人たちと一緒に食うのは、逆に使用人側が気を遣うので駄目らしい。
いいんだよ。
ボッチには慣れている。
アレスト興業舎にいた頃からそうだったしな。
というよりは、俺も一人の方が気楽でいい。
何せ、もともとはコミュ障気味のオタク未満なのだ。
あ、でも俺はフィギュアを集めるとかブルーレイ買うとかゲームにハマるとか、あるいはライブでオタ芸やるとかといった玄人ではない。
せいぜい好きなラノベを読んでアニメを見る程度で、それ以上のことをやる余裕もなかったしな。
時間的にも金銭的にも。
現代の若者はみんなスマホでオンラインゲームやって自宅でもゲーム三昧というような誤解があるけど、大多数はそんな暇も金もない。
生活するので精一杯だ。
正社員で会社に入れたからといって、油断はできないんだよ。
なのに。
突然、異世界転移とか。
ああ。
暗くなってきた(泣)。
飯を食って、俺の執務室ということになったらしいらしい書斎に行ってぼやっとしていると、ジェイルくんが来た。
この時間に来るということは、このスーパーサラリーマンは「出勤」してきたな。
どこに住んでいるのか知らないけど、まずアレスト興業舎の王都出張所で一仕事終えてから、こっちに来たのだろう。
ホントに凄いよね。
大昔にいたという、伝説の「モーレツ社員」って奴?
今は「社畜」だけど。
「おはようございます。
よく眠れましたか?」
「おはよう。
たっぷり眠ったよ。
あのベッドいいね」
「それは良かった。
さて、本日の予定ですが」
お前は秘書か!
いや、従者だったっけ。
ジェイルくんの話では、アレスト興業舎の出張所が落ち着くまではソラルちゃんは向こうでの仕事になるそうだ。
それまでは、ジェイルくんが俺の秘書を代行するとか。
立場が逆な気がするけど、ジェイルくんの仕事は俺という広告塔を王都の貴族社会でいかに宣伝するかという要素が強いので、むしろ俺にぴったりくっついていなければ仕事にならないらしい。
当分の間は、ジェイルくんの指示のままに俺が駆け回るということになる。
俺の意志は完全無視ね。
まあ別にいいけど。
俺はいつまでたってもぺーぺーのサラリーマン気分が抜けないけど、もう立場も仕事内容も全然違ってきてしまっている。
もはや経営者ですらない。
何なの? と聞いたらフィナンシャル・ディレクターだと教えてくれた。
いや、こっちに英語名の職業があるわけじゃないよ!
俺にはそう聞こえたということだ。
でも、自分で聞いておいて意味が判らないんだよね。
フィナンシャルは判る。財務とか財政とか、そういう意味だったと思う。
ディレクターはテレビや映画のじゃないだろうな。
編集という意味もあるけど、サラリーマン的に言えばここはむしろ「取締役」だ。
つまり、フィナンシャル・ディレクターは財務担当役員となる。
だったらそう言えばいいのに、俺の脳って何をカッコつけているのか。
ただ、財務担当役員と言ってしまうと、むしろ会社の社内で財政を担当している人のことになってしまうので、無理に英語にしたのかもなあ。
ディレクターは監督とかの意味もあるから。
後でジェイルくんに俺の役割を説明して貰って、やっと判った。
ラナエ嬢やシルさんが俺に求めている役割って、つまり資金調達係らしいのだ。
要するに、金持っている人を口説いて投資させろということだ。
アレスト興業舎は、まだ今のところギルドの関連団体で、つまりギルドの所有物だ。
設立・運営資金はハスィーさんが自らの名義でしている借金なので、独立するためには借りている金をギルドに返さなければならない。
その金を持ってこい、と言われているらしい。
俺、そんな話は全然知らなかったんだけど。
いきなり言うと、俺の心臓が止まるからぼかしたんだろうな。
王政府に召喚されただけなのに、王都に永住しろみたいな言われ方をしたのはそのせいだったのか。
単なる顔見せなら、王都に行ってすぐに戻ってくればいいだけだからな。
つまり、金を集めなければ俺はアレスト市には帰れないということだ。
ハスィーさんにも会えない。
婚約したってのに、あんまりではないか(泣)。
ま、俺だっていつまでもギルドの臨時職員とかアレスト興業舎の舎長代理とかを続けられるとは思ってなかったけどね。
だって、俺は給料に見合った働きしてなかったし。
せっかく近衛騎士とか色々訳の判らない肩書きがついたんだから、それを使って仕事しろ、ということだな。
俺はサラリーマンなのだ。
命じられた仕事をするだけだ。
まあ、今は顧問というか役員だけど。
「認証式を終えたのですから、これでマコトさんは王都の貴族社会に正式に紹介されたことなります。
そのうちに招待状などが来ることもあると思います。
もっとも昨日今日でいきなり招待してくる方は多くないでしょうね。
しばらくは自由に動けるはずです。
その間に、手早く義務を済ませてしまいましょう」
「義務って?」
ジェイルくんが、手帳のようなものを見ながら言った。
「まずは、近衛騎士叙任のお礼ということで、ララネル公爵殿下に正式にご挨拶ですね。
アレスト伯爵閣下はすでに訪問済みですから、略式でいいでしょう。
ミクファール侯爵閣下は王都に滞在中ということですので、現在ご都合を伺っています。
後は、バレル男爵閣下ですか」
そんなにいるのか。
うん。
バレル男爵は、むしろフレアちゃんの引き取りということだね。
ミクファール侯爵ってラナエ嬢のお父上だったっけ。前に、ラナエ嬢を引き取りに来た使者を追い返したことがあったから、これはきちんとお詫びしといた方がいいか。
ララネル公爵は、初対面なのに儀式では随分世話になったもんなあ。
確かに、義務だね。
これが終わるまでは、王都での活動はやっちゃいけないレベルだろう。
ああ、めんどくさい!
ラノベとは違うぞ。
ラノベなら、いきなり王子様とか王様に会ってそれで終わるからな。
それで思い出した。
あれ、どうなるんだろう?
「あれとは?」
「ほら、あれだよ。
ハスィーさん関係の」
「ハスィー様の……ああ、アレのことですか。
どうなのでしょうね。
今のところ、何も言ってきてませんし。
こちらから何かするのも筋違いですから」
「そうだよなあ。
そもそも噂しか聞いてないもんな、俺たち」
そう、王太子殿下のことだ。
ハスィーさんに固執して王政府と対立までしたというエルフ萌え(違)の王子様ね。
ハスィーさんの縁談が、そのせいで悉く頓挫したというか、始まる前に立ち消えたという曰く付きの人だ。
そういや俺、そのハスィーさんと婚約したことになっているんじゃない?
気づかなかった。
俺、ヤバいんじゃないの?
「まあ、先方もいきなり暗殺などの極端な手段には出てこないとは思いますが」
ジェイルくん、もっと明るい予想を!
「大丈夫でしょう。
マコトさんは現在、ソラージュ貴族社会のトレンドですから、おいそれとは手を出せないはずですよ」
トレンドの意味が違うよ!
むしろ客寄せの熊か、パンダだよ。
「何か言ってきたら、その時点で対処すればいいんですよ。
今は目の前の仕事を片付けてきましょう」
ジェイルくんがそう言うんなら、そうなんだろうな。
でも結局の所、王太子がどう思っているとか、噂でしか知らないんだよね、俺達。
ハスィーさんも似たようなものだろう。
そもそも「学校」が終わってから数年たっているのだ。
その間に王太子も成長しただろうし、今何を考えているのかなんて、判るはずがない。
まあ、いいか。
たかが近衛騎士相手に本気になる王子様がいるとも思えないしね。
ひとまずそう結論して、俺とジェイルくんがスケジュールの確認などをしていると、いきなりソラルちゃんが飛び込んできた。
「ジェイル所長!
あ、マコトさんも!」
「どうした?」
ジェイルくんが、瞬時に上司モードに切り替わる。
だが、ソラルちゃんはそれに構わず、胸に抱いていたカバンから立派な書状を取り出すと、ジェイルくんに渡した。
「王太子府から召喚状です。
マコトさんに、すぐ出頭せよと」
な、なんだってーっ!




